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カーテンコールのあとで〜スタニスラフ・ブーニン〜名著の紹介

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ショパン入門用お薦めCD
ここでは、ショパンのピアノ曲をほとんど知らない、または全然知らない、 興味はあるけれど、初めに何を聴いたらよいか分からない、何かきっかけが ほしい、という方のために、入門用のお薦めCDを紹介します。


ショパン名曲集
(ピアノ=アシュケナージ)

ショパン弾きとして世界的に名高いアシュケナージが、ショパンのタイトル付きの名曲を弾いています。 きれいな音で誰にでも分かりやすく丁寧に弾いてくれます。ショパンの入門編の名曲集のファースト・チョイスとして最適です。


ショパン名曲集
(ピアノ=ブーニン)

1985年のショパンコンクールで文句なしの優勝を勝ち取った世紀の天才ブーニンが、ショパンの名曲を弾いてくれます。 完璧なテクニックと想像力溢れる個性豊かな彼のショパン演奏には、多くの聴き手を惹きつけて放さない魅力があります。

〜カーテンコールのあとで〜スタニスラフ・ブーニン〜名著の紹介〜

カーテンコールのあとで〜スタニスラフ・ブーニン〜名著の紹介


カーテンコールのあとで〜スタニスラフ・ブーニン

※これは、ブーニン自身が自らの四半生を綴った自叙伝です。 1985年第11回ショパンコンクールで聴衆からの圧倒的な人気と素晴らしい成績で、文句なしの優勝を勝ち取った「世紀の天才ブーニン」 とは、一体どんな人なのか?どんな音楽教育を受けたのか?どんな考え方をする人なのか? ショパンコンクール前後の心境はどうだったか?そのような様々な疑問を持ったファンの方々には、是非本書を手にとっていただき たいと思います。ブーニンの想像力溢れる個性豊かなピアノ演奏の源となる様々な体験が、彼自身の演奏からは分からない 私的な出来事に至るまで赤裸々に綴られています。

彼の音楽体験の土台となった旧ソ連・共産主義体制に対してのブーニン自身の 姿勢は実に毅然としたもので、彼の文才が長けているのか、翻訳者の方の名訳によるものか、非常に辛辣で鋭い文体となっている のが大きな特徴です。一部どう考えても大げさとしか思えない表現もありますが、彼一流のウィットに富んだ言い回しには 憎めないユニークさがあって、なかなか楽しませてくれます。 共産主義体制の下では、何も「生産」しない知識階級の文化人、芸術家の扱いは甚だひどいもののようで、 旧ソ連国家の歪んだ組織や構造がもたらす矛盾点を鋭く指摘しています。芸術に関して知識や理解のの乏しい役人の多い文化省の 管轄の下に置かれた音楽院、音楽学校内の策略と陰謀と誤解に満ちたポスト争いの顛末についても深く立ち入った記述を している他、国家自体が芸術家を自国の収益のための「奴隷」として扱うやり方や、 自国の社会主義の作り上げられた偽の理念を宣伝するために、芸術家をプロパガンダとして利用するやり方などについて 具体的に述べることにより、共産主義体制下で生活したことのない我々読者にもその社会構造の問題点が理解できますし、 旧ソ連・共産主義体制の歪んだ社会構造に対するブーニン自身の怒りが伝わってきます。

演奏会で扱う曲目も、当局によって著しく限定されてしまい、自国の社会主義に不都合な思想や不利益をもたらす恐れの ある作曲家、例えば、 西側のブルジョア的な作曲家(モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ショパン、リスト、ラヴェル、ドビュッシーなど 多数)はなかなか演奏できる機会に恵まれないのが実情だったそうです。 価値のある芸術作品をレパートリーに加え、表現力に磨きをかけようとするピアニスト、音による「真実」を追い求めるピアニスト にとって、これは非常に耐え難い苦痛で、場合によっては芸術家の向上心そのものを殺いでしまう危険もあるのではないか、とブーニンは 指摘しています。 国外の演奏旅行の間も、同伴が付き添う必要がある他、ソ連当局の監視員が常に当人の言動、一挙手一投足に目を光らせている という異常な状況と、それに対する彼自身の怒りも綴られています。

ブーニンは、ショパンコンクール優勝当時、名門モスクワ音楽院の学生でしたが、その後の演奏活動などでは依然として 社会の構造に潜む矛盾と歪んだ管理体制のため、行動が制限されることが多かったようです。その怒りが頂点に達したのが、 国外の演奏旅行の同伴者決定を巡って繰り広げられたモスクワ音楽院内での醜い争いだったようで、最終的にブーニンが 下した判断は、何と退学!!!まさか!と顔を青ざめた教授たちの「卒業証書は欲しくないのか?」との問いに対して、 「こんな醜い争いにはもううんざりです!それに私にはロン=ティボーやショパンコンクール優勝という肩書きが ありますから、それに比べたらそんな卒業証書なんか紙くずに等しい」みたいなことを言い捨てたそうですが、 何か、胸がせいせいしますね!慌てふためく教授たちの前で、してやったり!と心の中でほくそえむブーニンの表情が 手に取るように分かり、感情移入して読める部分です。

もう一つの山場は、ズバリ旧ソ連から西ドイツへの亡命劇の一部始終です。何とか愛する母親も連れての逃亡を企て、 各方々の伝手を頼りに逃亡の手配をするブーニンの行動力の素晴らしさも見ものですし、当局の監視の目を見事 かいくぐっての逃亡劇はスリル満点です(ちょっと大げさかも?)。絶体絶命のピンチを切り抜けながらの逃亡も、 失敗に終わればソ連当局からの厳しい処罰があることは目に見えているだけに、ブーニン自身も必死で、その様子が 手に取るように伝わってきます。「手に汗握る」とは、まさにこのことですね。あのブーニンをしてそこまでしてもとにかく 逃げたいと思わせる旧ソ連の共産主義体制って一体何なんだろう?と考えさせられますね。

もちろん、こういう音楽とはあまり関係のない話ばかりではなく、ロン=ティボー国際コンクールや、ワルシャワの ショパンコンクールも、それぞれ1章ずつ設けて、現地の詳しい状況やコンクールの詳しい状況、出場者のレベル、 コンクール中の微妙な心理、緊張感などが事細かに説明されています。自分もコンクールに参加して胃を痛めるような 錯覚に陥ったりするくらい表現力はリアルで、改めてブーニンの筆力には脱帽です(事実、彼は幼い頃からかなりの 読書家だそうです)。僕自身もこれを読んでコンクールを擬似体験できたような気がします(これもちょっと大げさかな)。

とにかく、これはブーニンが生まれてからこの本の執筆に取り掛かる23年の間にブーニンが経験したあらゆる出来事が ぎっしり詰まった一冊です。いろいろなドラマが盛り込まれて一種のノンフィクション仕立てになっているので、 皆さんも共感しながら読むことができると思います。楽しみながら、ブーニンという人をより広く、より深く知ることが できる一冊です。

更新記録
2005/07/22 初稿
2015/09/24 第2稿