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ショパンコンクールREVIEW

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〜第12回(1990年)ショパンコンクールレビュー〜

1. 結果

順位

受賞者

出身

その他受賞

1位

該当者なし

 

 

2位

ケヴィン・ケナー

アメリカ

ポロネーズ賞

3位

横山幸雄

日本

最優秀ソナタ演奏賞

4位

マルガリータ・シェフチェンコ

旧ソ連

 

コラド・ロレロ

イタリア

 

5位

アンナ・マリコヴァ

旧ソ連

 

高橋多佳子

日本

 

6位

カロリーヌ・サージュマン

フランス

 

※最優秀コンチェルト賞、マズルカ賞はともに該当者なし。

2. 詳細説明 & 感想

※本感想では日本人ピアニストの敬称は省略します。

第11回でスタニスラフ・ブーニンという大天才を世に送り出して知名度が上がったショパン国際ピアノ コンクールだから、次回は、どんな優勝者が生まれるか、と5年後のコンクールに期待していたショパン 愛好家は多かったのではないかと思います。しかしそのような大勢の期待を裏切るかのように 第12回ショパンコンクールでは史上初めて「1位なし」という結果に終わりました。 1989年のベルリンの壁崩壊に始まる東欧諸国の共産主義体制の崩壊、資本主義経済化という社会的には 極めて変動の大きい激動、混乱の時代のさなかに行われた今回のコンクールは、確かにその運営上 社会の動乱の影響を少なからず受けていたと言われています。それまで国家の威信にかけて、少数精鋭 で精選されたものすごい逸材を送ることで知られるソビエト連邦が崩壊し、どさくさに紛れて15人以上もの 音楽学生が自由応募で参加してしまった事実は、ドレンスキー教授を初め多くの教育者が嘆いていました。 1991年1月5日に日本テレビで放送されたショパンコンクールのドキュメンタリー番組でも、その混乱の 様子が別の切り口から示されていました。まじめにショパンを勉強しているとはとても思えないルーマニアの女性が、 遊び半分でショパンコンクールの予選に出場が許されてしまうという事態が実際に起こっていたことを 皮肉っぽく映し出していました。

しかし上位陣はやはり5年間の蓄積があるためか、優秀なピアニストが多かったようです。私はその一部しか 聴いていませんが、確かにレベルは高いと感じました。

最高位を取ったアメリカの俊英、ケヴィン・ケナーの ショパンについてはあまり省みられていないようですが、その極上の美音、完璧なルバートで聴衆から 大変な注目を集めた類稀な逸材もっと言ってしまえば天才だったと思います。僕自身、どうして彼を優勝させ なかったのか、と憤慨したほどです。 彼は、性格的に非常な完璧主義者で、繊細かつ神経質でもあります。ショパンコンクールの本選は恒例の ピアノコンチェルトですが、これは指揮者とどれだけ妥協できるかで勝負が決まると言っても過言では ないと思います。僕もそうですが、一つの作品にはある「理想」の演奏様式というものを頭の中で作り上げ、日々 頭の中でそういう音像を奏でているのです。そういう「理想」が指揮者に伝わらなかった場合、どこかで 妥協点を見出さなければならないのです。それができない徹底的な潔癖主義者の手からは、無情にも 栄冠はすり抜けていく運命にあります。そしてケヴィン・ケナーの場合も例外ではありませんでした。 本当に指揮者に自分の考えている音楽が伝わらず、リハーサルでのその混乱の様子は、一種病的とも 思える異様な雰囲気に包まれていました。

ケヴィン・ケナーは実はその10年前1980年ダン・タイ・ソンが優勝し、ポゴレリチが話題を1人占めした 回に出場していたようです。彼はその時17歳、今回、10年来の再挑戦にかける意気込みは相当なものがあり、27歳と 参加者中最高年齢に近く、いわば「もう後がない」というプレッシャーとの戦いでもあったようです。 それに10代参加者がひしめき合うコンクールで27歳の大の大人が出る以上、ある程度完成された演奏をする のはもはや当たり前で、言って見れば、参加者の真の実力が年齢で規格化されてしまうのがコンクールの 現実のようです。従って、若くて才能溢れる参加者に混じって彼の演奏するショパンは高い完成度を もった非常に美しい演奏ではあるものの、ややつまらない印象を与えたのは事実のようです。

結局、ケヴィン・ケナーは最終調整等もうまくいかず、指揮者との折り合いもつかず、最後は散々だった といわれていますが、結局、彼が優勝を手にすることができなかったのは、単に数字上の問題だった ようでもあります。ショパンコンクールにも第1位を取るのに必要な最低限のボーダーラインがありますが、 それにわずかに未達だったため、様々に議論をされ、ショパンコンクールの権威にかけて、1位をださなかった というのが真相のようです。

このことをよく覚えておいて頂きたいです。コンクールの権威というのは、優勝者を出すことではなく、 優勝者を出さないことで保たれるというのがショパンコンクールのポリシーになったということをです。 何故こんなことを言うかというと、その10年後の優勝者の才能とショパンコンクール審査側の判断について僕自身 少なからぬ疑念を抱いているからです。

その問題のケヴィン・ケナーの神経質さと比較して、その年の第3位の横山幸雄は 言い知れぬしたたかさを持っていました。彼は本選ではヘ短調の方のコンチェルトを弾きましたが、その リハーサルではあまり指揮者(カジミェシ・コルド)とやりあわなかったようです。リハーサル終了後、彼は早速こう聞かれていました。

Q「横山君、おとなしかったね。」
それは故有ってのことであったようです。それは彼の返答を聞けば明らかでした。
Y「いやー、だって、指揮者のやりたいようにやるっていう感じだから…」
Q「でも、ケヴィンのときなんか、テンポのこととか、ものすごい…」
そこで彼は遮るように返しました。
Y「でもあの人の出したテンポで弾いてると満足そうな顔して指揮してるし、安心して弾ける方が いいと思って。」
Q「自分のテンポとは…」
これも彼は遮るように素早く返しました。
Y「もちろん全然違います。」
Q「大丈夫ですか。」
Y「ええ、大丈夫ですよ。どうにでも弾けますから。」
Q「自信だねー。」

確かに、彼はどんなにテンポを上げられても破綻しない驚異の演奏技術を持っていました。だからそれは自信の一面 ではあります。でも、僕はそれ以上に、指揮者の出したテンポで、指揮者が何をやろうとしているかを 素早く読み取り、その創造の瞬間に自分も立ち会うという柔軟性としたたかさがあったからこそ、 彼は、現在第一線で活躍できているのだと考えます。音楽家として成長していくための条件を彼は、 2位受賞のケヴィン・ケナー以上に身につけていたのだと思います。横山幸雄をふてぶてしいとか生意気とか 言う輩は多かったですが、私はむしろその頼もしさに大いに期待を持ちました。

もう1人、日本人では高橋多佳子が見事、第5位入賞を果たしました。彼女はコンクールの審査員長でもあった ワルシャワ音楽院のヤン・エキエル教授の門下生で、地元のポーランド人から大変な支持を集めていた。 というのも、第3次予選に進んだ中でただ1人のポーランド人コンテスタント、ヴォイチェフ・シフィタワ が体調不良を理由に、途中棄権してしまったため、ポーランド人は地元で学ぶ彼女にその代償を求めた ようです。彼女は第3次予選の結果発表で自分の名前が呼ばれると、目をまるくさせて「ちょっとうそー!!」 と、本当に信じられないといった表情でした。本選リハーサルでも「私、オーケストラとやるのは初めてなので 助けてください、って指揮者の方にお願いしたんです。…でももうちょっとゆっくりしてくださいって 言ってみます。」と言っていました。「どうにでも弾けますから」と自信たっぷりに語った横山幸雄と比較した ときに、これは興味深いです。
私は彼女の演奏は第1次予選の「スケルツォ第4番」の一部しか聴いていませんが、柔らかな音色でショパン への愛情が伝わってくる演奏でした。ただ、音の立ちあがりが遅い感じで、どこかフワフワとした演奏 でもあったようです。

今回のショパンコンクールでは、日本人勢の活躍には目を見張るものがありました。第2次予選通過の15人中、 日本人は7人。横山幸雄、高橋多佳子、有森博、田部京子、児玉桃、上野眞、及川浩治。 ショパンコンクールは今回からポーランドの支援金が大幅に削減され、日本のスポンサーが 多額の援助金を出資したことと多少関係しているようです。しかし、今回の審査員の1人、中村紘子が 「私は日本人だから当然かもしれませんが、もっと日本人が多くてもよかったのではないかと感じました。」 と述べているように、特別日本人ひいきだったわけではなく、純粋に、日本人の演奏レベルが世界レベル に対して相対的に上がっていることの当然の結果だと考えた方がよいようです。

ところで、今回のショパンコンクールでは、その豪華な顔ぶれの審査員も話題になりました。多忙な中、 本選だけ、審査員に加わったヴラディーミル・アシュケナージは、「極上ではないが、レベルは高い」と 述べています。日本テレビでの放送番組では、大勢の審査員の中から、世界的ピアニストのアシュケナージ、 審査員長のヤン・エキエル、ツィマーマンを育てた地元ポーランドの音楽教育の権威、アンジェイ・ ヤシンスキ、ポーランド生まれでショパンコンクール優勝経験を持つ名ピアニスト、ハリーナ・チェルニー =ステファンスカの4人に対し、今回(第12回)のショパンコンクールに出場したらどこまで行けると思うか、という ことを興味本位で聞いていました。それに対し、アシュケナージは、「本選までならいけるのではないかと 思うけど分からない」と答え、エキエルは「参加者になれないので何とも答えられない」と答え、ヤシンスキは「もちろん第1次予選で落ちてしまう。」と答えて いました。そしてステファンスカは冗談かどうか、「優勝しますよ!!」と言って笑っていました。 それはともかく、世界的なピアニストでも優勝できる自信がないことは、どうやら嘘ではないようです。 それだけコンテスタントの実力が上がってきていて、伯仲しているということです。

実はこのことは今回入賞を果たした2人の日本人、横山幸雄と高橋多佳子にもコンクール前の取材で 聞いていました。横山幸雄は、いまさら何を聞くのかといった憮然とした表情で「「行けそう」ですか? やっぱり本選に行くつもりなかったら僕は受けませんから。」と言っていました。一方の高橋多佳子は 「3次予選まで行ければ上出来だと思います。」と言っていました。横山幸雄の発言は自信過剰と感じた 人も多かったのではないかと思うが、私はそうは思わないです。彼はいわば、もう後戻りはできない、という 極限状態の中に自分を無理矢理追い込むために、そう発言したと私は思います。第1次予選ではOp.25-6の3度の エチュードというとてつもない難曲から弾き始めただけでなく、第2次予選ではOp.10-1,Op.10-2のエチュード を選曲するというチャレンジ精神に富んだ彼のこと。その有言実行の精神を貫く様は見ていて本当に 気持ちがよいです。私のショパンエチュードの難易度ランキングは、Op.10-1, Op.25-6, Op.10-2, Op.25-11, Op.25-8, Op.10-7という順です。彼はその難曲を自ら選曲して、それをプログラムの冒頭にもってくるという 危険な冒険をしたのです(といってもあれだけの演奏技術があれば彼にとっては決して冒険ではないのだろうけど) 。

史上初めて第1位該当者なしという結果に終わった第12回ショパンコンクール。私は非常に残念でしたが、 5年後に期待していました。その運命やいかに…

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