テンポを上げる方法
「テンポを上げる方法」というセクションを設けましたが、
曲によってはそれほどテンポを上げる必要のないゆっくりした曲もあるので、
ここではある程度速い曲を対象に、指定のテンポまで上げる方法について説明します。
前項でも説明したように、正しく譜読みして音を拾って楽譜通りにゆっくりと練習して記憶が定着して手に馴染んできたら、
少しずつテンポを上げていくというのが、曲を完成させていく正しい過程ですが、
ここでは記憶が定着して手に馴染んできた後の、テンポを上げるという課題に焦点を当てます。
ゆっくり弾いていたときには弾けていたのに、テンポを上げると弾けなくなる部分が出てくるという現象を、
皆さんも経験したことがあると思います。
テンポを上げていくと車窓からの風景の流れ方が変わるように、
その曲を弾く上で単位時間あたりに脳が処理する情報量が増えるため、頭も手も忙しくなります。
そして、テンポを上げるに従ってその曲の得意な部分と苦手な部分の差が徐々に浮き彫りになってきます。
得意な部分は速く弾いても崩れず、苦手な部分が上手くいかない、という現象が起きます。
苦手な部分が何故上手く弾けないのか、その原因究明が大切ですが、
テンポを上げた場合に上手く弾けなくなる原因は、一般的に次の5通りに分かれます。
1. 運指法(指番号)が間違っている。
2. 楽譜を完全に覚えていない。
3. 脱力ができていない。
4. 音楽的に間違った弾き方をしている。
5. 技術的にその曲を弾くレベルに達していない。
自分が今弾いている曲の場合、速いテンポで弾けない原因がどれに当たるのかを自分でしっかりと考えて対処していくことが、
その曲を上手く弾く上で、あるいは一旦完成を見送るかを判断する上で必要になります。
それでは、それぞれについて説明していきます。
1. 運指法(指番号・指使い)が間違っている。
これはピアノの経験の浅い人の場合、よくあることです。僕たちのようにピアノの経験が長く難曲を弾く人でも、
正しい指使いだから早業のように弾けるのであって、間違った指使いでは到底弾けるものではないです。
多くのピアノ初心者の場合、明らかに間違った指使いで弾いていることが原因で弾けるようにならない場合が多いので、
テンポを上げた時に上手く弾けないという壁にぶち当たったら、
まずは楽譜に示されている指使いをきちんと守れているかどうかを、しっかりと確認して下さい。
ゆっくり練習している時は正しくない指使いでもそれなりに弾けてしまうことが多いですし、
とにかく音を覚えてそれらしく音を出せるようになることに必死で、
指使いまで気が回らないことが多いと思いますが、間違った指使いで弾いていると、
テンポを上げた際に破綻の原因になって、指使いの変更という記憶の上書き作業に更なる時間を費やすことになってしまうので、
曲に着手する早い段階から指番号をしっかりと守ることを意識して譜読み・音取りすることが大切です。
このことは、本来であれば「譜読み・音取り」のセクションで説明することでしたね。
あとで「譜読み・音取り」のセクションにこのことを追加しておきたいと思います。
中級者以上の方を対象に、余談ですが正しい指使いというのは1通りではなく、
何通りかあることが多いですが、これは人によって違います。
これは手の大きさ、指の長さ、太さ、柔軟性、筋力などが人によって違うためです。
その中で、自分にとって最も弾きやすいものを探す作業をするわけですが、
それでも指使いの原則というのは厳然としてあるので、それを守った上で自分なりの指使いを工夫する必要があります。
2. 楽譜を完全に覚えていない。
これもよくあることです。
その曲の本来のテンポで弾く上で必要とされる処理速度に対応できる状態になっていないケースです。
何か質問をされて、「あれ何だっけ?」としばらく考えて「あ、そうだ」と思い出して答えるのと、
質問された瞬間に脊髄反射的に即答するのとでは、同じ「正解」でも違うんですよ。
学力テストの場合は前者も後者も正解できたことには変わりないのですが、
ピアノの場合は、全ての音が常に後者に状態になっていなければ速い曲を弾くことはできないです。
全ての音が次々にすらすらと出てくる状態に持っていかなければ弾けないわけです。
しかしそうは言っても、人間は機械ではないのだから、なかなかそういうわけにもいかず、
1曲を通して覚えやすい部分と覚えにくい部分というのが必ずあると思います。
問題なのは覚えにくい部分です。当たり前のように次の音がすらすらと出てくる部分があるかと思えば、
「あれ次はどれだっけ?」としばし考えてしまう部分があったりと様々です。
皆さんも経験があるかもしれませんが、例えば英単語。
覚えやすい単語は一発で頭に入りますが、覚えにくい単語はとことん覚えにくくて、
辞書を引くと、既にそこには何回か辞書を引いた形跡がある、という経験はありませんか?
人間の記憶のメカニズムの不思議さを感じますが、覚えやすい部分と覚えにくい部分には不思議にも大きな差があるんですよ。
それを常に意識することが大切です。最終的には覚えにくい部分がどうしても覚えられず、
特に技術的に難しくない部分であるにもかかわらず、その部分を曖昧に弾いてしまうという現象も生じます。
これは非常にもったいないことです。確かにピアノを弾く上では記憶力の良い人の方が断然有利だとは思いますが、
これはある程度、訓練でも身に付きますし、ピアノを弾くための「頭」ができてくれば、
いくらでも対処は可能だと考えています。とにかくそういう意識を持って覚えにくい部分が頭に完全に定着して、
次の音がすらすら出てくるまで弾き続ける、これで速いテンポに頭が付いていけて自然に弾けてしまう場合も多いです。
それでも速いテンポで弾けない場合は、脱力ができていない可能性があります。
3. 脱力ができていない。
指使いも楽譜に書かれている通り、自分でも最善と思う指使いであるという自信があり、
楽譜に書かれた音を全てそらんじるほどにはなった、しかしそれでも速く弾けない、という場合、
弾けない原因として次に考えなければならないのは、脱力できているかどうかです。
「脱力」という言葉は皆さんも聞いたことがあると思いますが、これはピアノを弾く上で本当に重要な概念です。
筋の良いテクニックで速い曲を華麗に弾くだけでなく、美しい音を出すためにも重要だからです。
それでは、「脱力」というのは、一体どういうものなのでしょうか?
その名の通り、力をぬくことでしょう?と皆さんはお考えになるかもしれませんね。
しかし完全に力をぬいてしまうと軟体動物のようになってしまって、演奏に必要な力まで抜けてしまいます。
ピアノ奏法で言う「脱力」というのは、その部分の演奏に必要な最小限の力だけが適度に加わり、
それ以外の部分の筋は十分に弛緩している状態です。
演奏に必要な部分というのは具体的には鍵盤に接している指ですから、
極端な話、指だけ力が入っていれば、他の部分は必要な動きができる程度の力以外は必要ないわけです。
しかし、これが実は結構難しいようで、多くの人は指に力を入れると他の部分にも力が入ってしまうようです。
例えば、手首や腕・肩の筋肉がガチガチに硬くなった状態で、手首を上下に振りながら、
必死に1つ1つの音を押している初心者を見かけますが、これは脱力が全くできていない状態と言えます。
こういう弾き方をしていると速度が上がらないばかりか、ある程度の速度を出そうとしても、
腕や手首が疲れてしまって、同じテンポで最後まで弾き切る前に疲れ果ててバテてしまいます。
おまけにこのような弾き方で弾くと、汚い音しか出ないです。
脱力ができているかどうかを自己診断するのは難しいので、できれば指導者について習うのが一番ですが、
それでも事情があって独学・独習で弾いている人がその判断を自分でしたい場合、
その1つの指標になるのは、ずばり「疲れ」です。
1〜2分程度の中級の曲を弾いただけでバテてしまうほど腕や手首が疲れる場合、
それは筋力や筋持久力が足りないのではなく、脱力が全くできていないのが原因です。
このような場合、それまで身に着けてしまった悪い癖を治す意味でも、独学ではなく、
指導者について、癖を取り除くところから始めてほしいと思います。
この「脱力」を身に着けて、その感覚を体が覚えないと、さらなる上達は難しく、
万年、中級者止まりとなり、上級者の仲間入りを果たすことができないと思うので、
脱力ができていないかなあ、と思う皆さんは、是非、指導者について習うことをご一考下さい。
それでもどうしても独学を続行しなければならない方もいると思いますので、
機会を改めて、脱力の方法について説明したいと思います。
4. 音楽的に間違った弾き方をしている。
速い速度で弾けないというのはテクニック(メカニック)上の問題で、音楽の問題ではないでしょう、
という声も聞こえてきそうですが、実はそうではないケースも実際にはあるんですよ。
テンポが速く指の速い動きを要求される曲も、終始一定したテンポを維持するわけではなく、
そこには暗黙の了解事項に則った自然な緩急や呼吸、抑揚があることが多いです。
それを無視して機械的に一定のテンポで弾こうとしても、作曲者がそのような機械的なテンポを想定していないわけですから、
それで弾けるという保証は全くないわけです。
皆さんは機械的に弾くよりも音楽的に弾くことの方が難しいと思われるかもしれませんが、むしろ逆なんです。
これは経験によって身についてくるものなので、焦らず取り組むしかないです。
自然な緩急や抑揚が分からないという場合は、やはり指導者について習うのが一番です。
5. 技術的にその曲を弾くレベルに達していない。
以上、1〜4について検証してきましたが、そのいずれにも当てはまらない、しかし速く弾けないという場合は、
技術的にその曲を弾くレベルに達していないか、あるいは弾けない部分が苦手で脳がその部分を受け入れられる状態になっていない、
ということが考えられます。このような場合、無理は禁物です。
悔しいようでも、一度、その曲から離れる勇気も必要です。
そのレベルに達していないのに背伸びして無理に弾こうとすると、変なクセがついてしまい、
後々その修正作業に時間がかかることにになってしまい、百害あって一利なしです。
日々努力を続けていれば、必ず弾けるようになる時が来ると信じて、
一旦その曲から離れて、自分のレベルに合った、あるいは少し頑張れば弾けそうな曲に取り組んで下さい。
結果は必ずついてくると思います。