得意・苦手は誰にでもある
人間誰でも得意なもの、苦手なものがありますよね。得意科目、苦手科目もありますね。
皆さんは音楽は大の得意科目だ(過去形の方も現在形の方もいると思いますが)と思いますし、ピアノも得意ですよね。
その得意なピアノでも、曲の中の一部のパッセージがどうも上手く弾けない、ということがあると思います。
プロのピアニストでもテクニックの各種パターン、例えばオクターブ、3度、6度、跳躍、連打など、
全てのパターンが得意という人は極めて稀で、皆、苦手なテクニックについては練習方法を工夫して、
1曲を通して技術的なムラがなくなるように努力しています。
ピアノ曲の場合、イントロやサビの部分だけ弾けばいいのならともかく、
多くの場合は最初から最後まで弾き通すことを前提として練習するわけですから、
苦手な部分を弾かないで済ませるわけにはいかず、ここがピアノの難しさの1つの理由でもあります。
1曲を完成させる以上、苦手箇所を避けて通るわけにはいかないのです。
ピアノ曲の場合、多くの部分はせっかく上手く弾けているのに、上手く弾けない苦手な部分があると、
曲全体の印象も今一つとなってしまいます。曲全体を通して、まんべんなく上手く弾くためには、
主に苦手箇所をつぶして、全体のレベルを底上げしなければならないわけです。
その方法がここでのテーマです。
苦手箇所の克服方法をまず列記します。
0. 曲全体を弾き通すだけでは絶対に上手く弾けるようにはならない
1. 苦手箇所を取り出して極めて遅いテンポでひたすら繰り返す
2. もつれる場合、ふらつく場合、付点付きのリズムにして、リズムを変えて練習する
3. 苦手箇所の前後の部分を含めて、練習単位の範囲を広げる
4. 上手く行かない場合、指使いを変える
5. 一旦練習を中断してしばらくの間、放置する(寝かせる)
それでは1つずつ詳しく説明していきます。
0. 曲全体を弾き通すだけでは絶対に上手く弾けるようにはならない
これは苦手箇所の克服のための非常に大切な心構えです。
曲を弾き通して最初から最後まで止まらずに弾けたことに満足してしまって、
曲の中の細部がいい加減なままで放置されていっこうに上手くならないという例が結構あります。
弾き通せば、確かに上手く弾けるところは上手く弾けて、定着していきます。
しかし苦手なところはごまかして弾いているので、いっこうに上手くならず、
得意な部分と苦手な部分の差を広げるだけの、ほとんど意味のない練習にしかならないです。
皆さんは心当たりはないでしょうか?
当然のことながら、練習の目的はその曲を上手く弾くことです。
上手く弾くというのは部分ではなく全体で、1曲を通して可能な限りまんべんなく上手く弾くことが目的です。
そのためには上手く弾ける部分ではなく、上手く弾けない部分に焦点を当てるべきです。
つまり、苦手箇所に「集中攻撃」をかけてつぶしてしまうことに全精力を注ぐべきです。
1. 苦手箇所を取り出して極めて遅いテンポでひたすら繰り返す
上述した心構え、前提が理解できれば、今度は苦手箇所を取り出して、部分練習することの大切さが分かると思います。
まずは苦手箇所を取り出して、非常に遅いテンポで弾いてみて下さい。
その際、テンポはいくら遅くても構いません。
いや、本当にこんなに遅くてもいいの?これでは何の曲か分からないじゃん、思うくらい遅いテンポで大丈夫です。
1つ1つの音と鍵盤を指が捉える感覚を確かめながら、かみしめながら、とにかくゆっくりゆっくりと弾いて下さい。
焦らなくてもいいです。というより焦りは禁物です。
ゆっくり何度も何度も弾いているうちに、手が鍵盤に馴染んで一体となる感覚が生まれてくると思います。
そこでわずかにテンポを上げて、また同じようにひたすら繰り返します。
こうして焦らず地道に、苦手な部分だけをひたすら繰り返していくと、不思議と上手く弾けてしまうことが多いです。
とにかく焦らないことが肝心です。
2. もつれる場合、ふらつく場合、付点付きのリズムにして、リズムを変えて練習する
速いパッセージを弾いていると、どうしても抜けてしまう音がある、どうしても粒が揃わない、
という壁にぶち当たることがあると思います。その場合も、上述したように、
極めて遅いテンポでひたすら繰り返すのが基本になりますが、それでも上手く弾けない場合、
その速いパッセージを2音ずつに区切り、テンポを落とした上で、音価(音の長さ)を1:3、及び3:1にして、
つまり2音のうち1つを他の3倍の長さで付点付きにして練習する方法があります。
何故この方法が有効かというと、人間の指というのは5本の指それぞれ長さも筋力も独立性も瞬発力も違っていて、
その特性の異なる5本の指で、これまた凹凸のある白鍵と黒鍵を弾き分けなければならず、
その必然的な結果として、一見すると滑らかなパッセージの中に、
弾きやすい音と弾きにくい音が混在しているからです。
どの音が弾きやすくどの音が弾きにくいかは、漫然と弾いていては意識化できないですし、
おそらくはっきりと意識化するのは難しいと言えます。
手の肉体的条件も個人差が大きいため、問題はさらに複雑です。
一方、速いパッセージの中の1つの音に着目してみると、始めの音と終わりの音以外は、
当然のことながら両隣の音があります。
理屈から言えば、「指のもつれ」は、両隣の音と当該の音との相対的な質的/量的な差から生じます。
より分かりやすく言うと、隣の音があることが原因で、その問題の音がもつれやすくなるわけです。
隣の音がなければ簡単に押せる音が、隣の音があるために簡単ではなくなるわけです。
そこで、その隣の音の影響を受けやすいパターンと受けにくいパターンのそれぞれで練習すれば、
その反対側の隣の音の影響はその逆パターンになるため、隣の音の影響を受けやすいパターンで、
より大きな負荷がかかった状態での練習となって効果が上がる、というのがその理屈だと僕は解釈しています。
僕はピアノを習っていたその昔、この練習方法を教わって、ピアノ教室では言われるままに弾いていましたが、
その必要性を感じたことはあまりないです。確かにその絶大な効果は実感しましたが、
僕は速いパッセージは生来得意だったこともあり、ゆっくり練習を重ねれば問題なく弾けてしまうことが多かったです。
ピアニストの横山幸雄さんも、「ピアノQ&A」という本でリズム練習の方法について触れながらも、
自分ではこのような練習はほとんどしたことがない、とも述べています。
この練習法は必要性を感じる人だけが対象です。
3. 苦手箇所の前後の部分を含めて、練習単位の範囲を広げる
上記の方法で何とか自分が取り上げた苦手箇所が弾けるようになってきた、と言っても、
本当にその部分が曲の中で上手く弾けるのかは、まだ分からない状態です。
取り上げた部分を単独で弾けても、曲を通して弾くとやはりまだ弾けるようになっていない、
ということが往々にしてあるからです。それではそれをどのように克服するか。
それは取り上げた苦手箇所の前後のそれぞれ数小節を付け加えて、
同じように弾いてみることです。それで弾ければさらに範囲を広げていきます。
それでも弾けるようなら大丈夫です。曲を通してもその部分は問題なく弾けるようになっています。
問題は範囲を広げた時に弾けなくなっている場合です。
これは、最初に取り上げた苦手箇所の直前の部分からの影響を受けているため、
苦手箇所を単独で弾き始める場合と、指の「初期状態」が違っているために生じます。
本来の「初期状態」はその直前の部分を弾いた後の状態であるため、
こちらの状態に慣れさせていく必要があります。
そのため、今度は苦手箇所を含む、より広い範囲を1つの区切りにして、
上で述べたのと同様の方法で、地道に練習していくことになります。
徐々に1区切りを長くして実践体勢の練習に変えていって下さい。
4. 上手く行かない場合、指使いを変える
上記の方法でどうしてもうまく弾けない場合、指使いが最善ではない可能性が考えられます。
「でも楽譜通りの指使いで弾いているけど?」と思う方もいるかもしれませんが、
手の大きさも指の長さも太さも筋力も人それぞれ違うのに、皆、同じ指使いが最善であることは、考えられないことです。
指使いには明らかな間違いというのはありますが、正しい指使いは1通りではないことがほとんどです。
その人に適した最善の指使いというのは、正しい指使いの中で最も弾きやすい指使いです。
それを探すのも上手く弾くための1つの方法です。
と言っても間違った指使いは禁物です。あくまで理にかなった指使いの中から自分に一番合うものを探して下さい。
時間はかかると思いますが、自分に合っていない指使いで多くの練習時間を費やす徒労に比べると、
意味のある時間の使い方だと思います。
5. 一旦練習を中断してしばらくの間、放置する(寝かせる)
上に述べた方法で練習しても、どうしてもその部分が上手く弾けるようにならない、
というケースも稀ならずあると思います。
その場合、今現在の自分の実力がその曲のレベルに達していない、
あるいは自分の頭がその苦手箇所を受け入れられる状態になっていない、という可能性が考えられます。
ここまで頑張っても弾けるようにならない場合、それ以上、その曲に付き合っていると、
練習時間の無駄になる可能性が高いため、一旦、見切りを付けて
他の曲に取り組んでレベルアップを図る方が結果的に効率が良いと考えられます。
これだけ頑張ったのに悔しい、という気持ちも分かりますが、
ここは思い切って、一旦その曲から離れて、しばらく寝かせてみることをおすすめします。
そして数か月後、あるいは数年後、その曲に再び取り掛かってみると、あら不思議、
あの時の苦労が嘘のように、楽に弾けるようになっていた、なんていうことが結構あったりします。
この不思議な現象は、プロのピアニストもピアノ演奏の七不思議としてよく言及していますし、
僕自身も多くの経験があります。この不思議な現象の理由は僕には全く分かりませんが、
曲から離れて寝かせている間に、その曲を演奏するための記憶が整理されてきて、
脳の神経回路のシナプスが正しく接続されてくるのかもしれないです。
これは人間の脳の記憶のメカニズムの不思議さを感じさせる現象です。
その曲を一旦中断することは、諦めることではありません、
後々弾けるようになるためにも必要だと前向きに考えて下さい。結果はついてくると思います。