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ショパン・エチュードOp.10-1〜指の長さと柔軟性が求められる超難曲

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〜ショパン・エチュードOp.10-1〜指の長さと柔軟性が求められる超難曲〜
 
ショパン:エチュード ハ長調Op.10-1:体感難易度 10/10, 個人的思い入れ:8/10

この「管理人のピアノ練習奮闘記」コーナーの最初を飾るのは、この曲、エチュードOp.10-1です。 2002年に本コーナーを開設して真っ先に書きたかったのがこの曲だったという、全く個人的な理由によります。 皆さんは、もっと有名な曲、自分が弾くような曲を期待しているのかもしれませんが、 ショパンの有名な曲については、いずれ必ず書きたいと思いますので、まずは僕自身の話にお付き合いいただければと思います。

冒頭にしては、本当にとんでもない難曲をもってきてしまったと自分でも思いますが、 非常に苦労した思い出の曲ということもあり、インパクト重視でこの曲から始めたいと思います。

このエチュードOp.10-1は個人的には好きな曲で、中学校2年生の頃、アシュケナージの演奏で聴いたのが この曲の出会いでした。アシュケナージのショパン・エチュードOp.10&25のカセットテープで、 これをかけると真っ先に始まるのがこの曲でした。非常に速く力強いアルペジオ曲で調性はハ長調ですが、 和声進行、ハーモニーが魅力的で、当時の全音楽譜の解説にもアルペジオで弾くと難しいので、 コードを押さえながらその進行を確認すると、その美しさが分かるだろう、という意味のコメントが載っていたと記憶しています。 僕はこの雄大なハーモニーとその微妙に移ろいゆく和声進行に感動して、これもいずれ自分で弾いてみたいと強く思うようになりました。 それ以後、時々この曲の最初の部分をかじってはいたんですけど、数十分弾いても手に馴染んでこなくて、 結構音をよく外すので集中力が切れてしまい、この曲に真剣に向き合うことなく、時は流れていきました。

そしてついにその時を迎えます。時期は1993年、大学に入って2年目の夏でした。 この夏はショパン・エチュード全曲完全制覇を大目標に掲げていて、 「いつ弾いても音を外すこの曲が弾けないようでは、この大目標は達成できないだろう」と考えて、 この曲と真剣に向き合う覚悟がやっとできました。

しかし、ハ長調の規則性のあるアルペジオなのに、何度弾いても手に馴染まず、音抜けが治りませんでした。 うーん、おかしいなあ、大抵の曲は最初は難しく感じても手に馴染んでしまえばその先スムーズに行くことが多いのに、 この曲は何かがおかしい・・・と僕は深く考え始めました。 当時よりもピアノの経験が豊富な現在(2016年)の僕は、何が原因か、はっきり分かります。 この曲は、ショパンの曲の中では手の大きさ、指の長さが意外に求められる曲です。 僕は手をいっぱいに広げた時、親指の先から小指の先までは23.5cmで決して小さくはないと思いますが、 その割に指が短いです。実はこの曲は指が短いと結構大変なのです。 先程も述べたように、この曲は微妙な和声進行が魅力的なのですが、この和声進行を担うのは分散アルペジオです。 つまり和声毎にアルペジオの構成音も様々に変化し、それは幅広いアルペジオを正確に打鍵するために、 指の間の間隔を目いっぱい拡張させる必要が出てきます。指の長い人が結構指を拡張させて弾く曲なのに、 指の短い僕にそれは非常に酷というわけです。

それではこの曲は指の短い人にとってどれほど酷な曲なのか。それを具体的に示したいと思います。 例えば、31小節目です。この曲を弾いたことがある人、この31小節目のアルペジオ、 つまり、C,Es,A,Es,C,Es,A,Es(ド-ミ♭-ラ-ミ♭-ド-ミ♭-ラ-ミ♭)という音列をどのような指遣いで弾いていますか? 僕はここを楽譜に書いてある通り、1-2-4-5-1-2-4-5で弾いているのですが、 これはかなりの難儀です。ド-ミ♭-ラを1-2-4で弾くのは何でもなく初級者でもできそうですが、 その後、4指を横に倒して、4指と5指の間を広げた上で5指を右前方に突き出すようにして、上のミ♭を5指で 素早く的確に捉えるというのは、まさに至難の業と言えます。僕は5指は他の指と比べると相対的に長いのですが、 それでもこの動きはかなりしんどいです。とにかく何度も弾いて体で慣れるしかないでしょうね。 もし2指と3指がもう少し長くてよく広がれば、C,Es,A,Es,C,Es,A,Es(ド-ミ♭-ラ-ミ♭-ド-ミ♭-ラ-ミ♭)を 1-2-3-5-1-2-3-5と、A(ラ)の音を3指で取ることも可能だったかもしれないと思います。 要するにピースサインをした時によく広がる人は、1-2-3-5-1-2-3-5で弾けるのではないかと思います。 皆さんもここ、弾いてみて下さい。A(ラ)音は3指で取る弾き方の方がしっくりくるでしょうか? 僕はピースサインを出して写っている自分の写真を見ると、指が非常に短くて2指と3指の間の広がりが非常に狭くて、 しかも目いっぱい広げても2指と3指で4度(つまりドからファ)までが精いっぱいで、それ以上広げようとすると 指がつりそうになるほどですので、 もともとこのような指の長さと柔軟性が求められる曲にはあまり向いていないのだろうと思います。

僕自身の運指の研究で、この部分は最初のC音を2指で取り、1指をEs音(ミ♭)に乗せて1-2-5-3の音群を捉えて、 以下同様に弾く弾き方をすると非常に弾きやすいことが分かったのですが、 運指を守らなければ、それは邪道ということになってしまい、また練習曲としての目的も果たすことができず、 何よりも作曲者の意図に反することにもなるため、頑張って1-2-4-5-1-2-4-5という指使いで弾きました。

その他にもこれに類する難所は色々あります。例えば1-2指で7度のアルペジオというのも、2指が短い僕には意外な難所ですし、 2-4-5でF-C-F(ファ-ド-ファ)という動きや5-3-2-1でD-G#-E-B♭を連続して下降するところなども嫌らしい動きです。 それらはすべて、指がもう少し長くて柔軟であればはるかに楽に弾けるであろうことは想像できます。 そのような不利な肉体的条件を抱えながら、苦心の末、何とか音を外さずに最後まで弾けるようになりましたが、 その演奏時間は2分15秒でした。ちなみにポリーニは1分52秒、アシュケナージは1分55秒で弾いています。 僕の知る限り、最も遅いテンポで弾いているのは、ロン=ティボーコンクールの優勝者の藤原由紀乃さんで、 確か2分15秒程度だったと思います。 もちろん、この曲をさらに弾きこめば、もう少しテンポを上げることはできたと思いますが、 既に夏休みも大詰めで、大学は後期の授業が始まろうとしていて、ここでタイムアップとなってしまいました。 最終的に何とかまともに弾けるようになったのに、この曲についてはここで終了となりました。 この曲が何とかまともに弾けるようになってから、たったの3日間で、その後はこの曲をまともに弾ける 状態には一度も到達できず現在に至っています。 まさに3日天下、本能寺の変で織田信長を自害に追い込んだ明智光秀のような状態でしょうか。

この頃、同時進行でショパンのエチュードOp.25-6、エチュードOp.10-4を弾いていたのですが、 Op.10-4は非常に易しく感じられましたし、何と言うことなく2分フラットで弾けるようになりました。 それまでの僕には到底考えられなかったことです。またその後、ベートーヴェンのワルトシュタインソナタの 第1楽章は全く非の打ちどころのない仕上がりになりました。Op.10-1に打ち込むことで 技術的にかなりの高みに到達できたことが実感できました。 苦労は決して徒労ではなく、僕は技術的にも確実に到達し、独自の進化を遂げていました。

当サイト開設当時の僕のこの曲の体験談では、「手が小さかったと言われるショパンはこのエチュードOp.10-1を どんな感じで弾いていたんでしょうね。」と皆さんに疑問符を投げかけていますが、 ショパンの場合は手が小さくても、指が長そうではあるので、この曲に関しては肉体的条件は僕よりも恵まれていたのだと思います。

インターネット黎明期にはピアノサイト巡りが大きな楽しみだったというのは他のコーナーでも述べている通りですが、 その時、たまたまショパンのエチュード難易度投票を受け付けているサイトを発見し、 そのアンケート集計結果を見ているうちに自分でも投票したくなり、 僕は一応、ショパンのエチュードに一通り着手し弾いたことがある立場から、投票しました。 このエチュードOp.10-1は、もちろん最高レベル(難易度5)にしておきました。 しかし、そのサイトの投票結果は、むしろOp.10-4の方が難易度が高いくらいで、 難易度というのは、かくも個人差が大きいものなのかと愕然としたのを昨日のことのように覚えています。 やはり僕の肉体的条件が結構特殊である可能性が高いと思います。 もう少し指が長ければなあ・・・と今でも思っています。 それでも、このエチュードOp.10-1は、ショパンのエチュードの中でも屈指の難曲と言われることは多いですし、 やはり超難曲であることには変わりはなさそうです。

最終的にショパンのエチュードを全て弾いてみた後でも、やはり僕の中で最難曲はこの曲でした。 次のエチュードOp.10-2も比較的すぐに取り組みましたが、これも別の意味でものすごい難曲でした。 つまり、ショパンはエチュードの冒頭2曲を超難曲で固めたことになります。 繊細で優しそうな顔をして、ショパンという人は何という意地悪なおじさんだったのだろうと思ったものでした。 しかし、これは僕たちピアノ弾きを困らせるためではなく、このOp.10のエチュードを献呈する相手のことを意識してのことだった と思います。その人とは、フランツ・リストです。リストに「手ごわい」と思わせる印象を与える、 つまりリストへの挑戦状という意味合いがあったと考えれば、冒頭2曲がとてつもない難曲というのも 理解できるというものです。

皆さんがこの曲に取り組む時は、そのような覚悟が必要かもしれないです。 でも身構えず、まずは取り組んでみて下さい。練習を進めるうちに僕がここで言わんとしていたことが 分かってくるのではないかと思います。そんなとき、またこれを読み返してみて下さい。

ご健闘をお祈りします。

初稿:2002年10月
第2稿:2016年1月18日

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