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ショパン・ワルツ主要14曲

ショパンのワルツについて

作品の特徴:
・ウィンナ・ワルツを好まなかったショパン
・フランス・パリでの社交界を思わせる粋で洗練されたサロン風ワルツ
・実用的な舞踏音楽としてのワルツから、内面の心情吐露のワルツまで
・ワルツリズムを借りた抒情詩が多い(一部、マズルカ化)
・「ワルツ」というありふれたリズムを用いても、ショパンの独創性が見事に発揮
・比較的演奏しやすく、ショパン演奏への入り口として、しばしば用いられる

ワルツというのは皆さんもご存知のように3拍子のリズミカルな音楽で、実は舞曲(より噛み砕いて言えば「ダンス・ミュージック」)です。 日本語では「円舞曲」と訳されますが、これも奏鳴曲(ソナタ)、諧謔曲(スケルツォ)ほどではないにしても、 訳語の方が意味不明という実に皮肉な現象となってしまっています(蹴球って何だっけ、籠球って何だっけ、というのと似ていますね)。 クラシック音楽愛好家でなくても一般人でも「ワルツ」という言葉の認知率はほぼ100%で、 これは「ワルツ」という音楽がインターナショナルで、音楽的に市民権を獲得していることの何よりの証拠です。

このように誰でも知っている「ワルツ」という言葉ですが、一般的にワルツの本場はウィーンであることに異論を唱える人は少ないのではないかと思います。 ワルツの発祥はまさにドイツ・オーストリア圏で、ワルツ王・ヨハン・シュトラウスが数々の優雅で華やかなウィンナ・ワルツを作曲して、 特に本場ウィーンを中心に爆発的な人気を博していました。

このようにワルツは、ショパン以前から既成のジャンルとして開花して最盛期を迎えていたわけですが、 この先人たちが築き上げてきた伝統ある舞曲の世界にショパンも足を踏み入れたように見えたのは、 単なる気まぐれや模倣では決してなく、むしろショパンはワルツという先人たちが作り上げた既成の概念・常識を覆して 独自の世界、新境地を切り開こうと意図してのことであったことは、彼が残した数々の名作ワルツが何より物語っています。 ショパンはワルツの世界に足を踏み入れたのではなく、ワルツという既成のジャンルに ショパンしか書き得ないオリジナリティを盛り込み、不朽の名作を生みだそうという野心からだと思われます。

ショパンは19歳の時に祖国ポーランドからウィーンへ演奏旅行に出かけましたが、ショパンの音の小さく華やかさのないピアノ演奏は 受けが悪かったようでした。「ウィーンの聴衆はヨハン・シュトラウスのウィンナ・ワルツには盛大な拍手を送るけれど、 僕の作品やピアノ演奏には全く無関心」と愚痴をこぼしていたほどです。 しかしショパンは自分の作品の方が優れているという確信があったのだと思います。 ショパンは聴衆に迎合するのではなく、独自の美意識・スタイル・信念に基づいて、独創性溢れる作品を次々に生み出していきます。 ショパンの音楽は現在の僕たちにはロマン派の中の高貴な純音楽という印象ですが、 古典派からロマン派への移行期の時代にあっては、時代を先取りしたような斬新さがあり、 それを当時の一般の聴衆はなかなか受け入れられなかったというのが真相だと思います。

時代背景の話はこれくらいにして、先を急ぎたいと思います。

ショパンが作曲したワルツで現在知られているのは19曲です。 これは、第1番〜第19番とそのまま通し番号が付けられていますが、例によって作曲順ではありません。 一般的に、ショパンのワルツでよく知られているのは第1番から第14番までで、第15番から第19番は彼の学習当時の習作で、 内容的には第1番〜第14番に比べるとやや見劣りするのは仕方がないと思いますし、それ故にか演奏される機会は極めて少ないです。 つまりショパンのワルツ全19曲には第14番と第15番に大きな溝があることになります。 これはポロネーズで言えば、第7番と第8番に大きな溝があるのと同様の現象です。

ショパンのワルツ第1番〜第14番も、生前に出版されたものか、死後出版されたもの(遺作)かで大きく2つに分かれます。 生前に出版されたのは第1番から第8番までで、第9番から第13番までは作品番号付きの遺作、第14番は作品番号なしの遺作です。 この中で一般的に特に人気が高いのは、第1番「華麗なる大円舞曲」、第6番「小犬のワルツ」、第7番嬰ハ短調Op.64-2、 第9番変イ長調Op.69-1「別れのワルツ」、第14番ホ短調遺作といったところです。

ショパンのワルツは、いかにも舞踏用の円舞曲といった趣の優雅で華やかな作品から、 ワルツリズムを借りて自己の内面を表現した抒情詩といった趣の内省的な作品まで、実に様々な性格を持った作品があります。 ショパンはむしろワルツにおいて、後者を強く意識していたのではないかと思います。 また同時代の作曲家ロベルト・シューマンは、ショパンのワルツを舞踏用の円舞曲として踊るとしても、 「少なくとも相手の婦人の半分は伯爵夫人でなければならない」と言っているように、 ショパンのワルツはウィーンの大衆的なワルツと違い、パリの華やかな上流階級の社交界を思わせる 高貴で洗練された響きに満ち溢れているのは特筆すべきだと思います。

ショパンのワルツは規模の大きいものでも演奏時間が5分30秒程度で、中には第6番や第11番のように2分弱で終わってしまう小品もあります。 ショパンの作品の中でも規模が小さい上、難易度も比較的易しいものが多く、比較的取り組みやすいのも特徴です。 例えば第3番イ短調Op.34-2、第6番「小犬のワルツ」、第7番嬰ハ短調Op.64-2、第9番変イ長調Op.69-1「別れのワルツ」、第10番ロ短調Op.69-2、 第12番ヘ短調Op.70-2など、ショパンの入門としてピアノレッスンで取り上げられることの多い作品が結構あります。 このような抒情的なワルツは、ワルツ特有の第1拍目のアクセントが影を潜め、 ショパンがポーランドで生まれ育ったことによって自然に身に付いたマズルカリズムが意識的にか無意識的にか現れることがあります。 それが、ショパンの孤独な悲しみと哀愁が身に染みる名作ワルツが生まれる秘密だったように思われてなりません。

ショパンはワルツという既成のリズム、ジャンルに足を踏み入れても、ショパンのオリジナリティが見事に花開いており、 誰にも真似のできない至高の境地に到達していることに感嘆させられます。

第1版:2002年10月
第2版:2017年2月

ワルツ第1番変ホ長調Op.18「華麗なる大円舞曲」

作曲年:1831年
この作品は「華麗なる大円舞曲」というタイトルの付いた作品で、ショパンのワルツ全19曲の中で最もポピュラーな作品ではないかと思います。 ショパンのワルツの中では舞踏用の円舞曲に最も近く、非常に快活で甘美かつ優美で分かりやすく親しみやすい作品とも言えます。 そのためかピアノの発表会でも取り上げられることが多いです。 その一方でショパン特有の詩情、孤独感や哀愁、メランコリーといった内面的な魅力は少なく、 彼の他の作品に見られるような独創性には物足りなさを感じます。

この曲は序奏とコーダを伴った3部形式で書かれていますが、様々なテーマが繰り返し登場するメドレー形式に近い構成を取っており、 甘美で優美で通俗性のある華やかなテーマが次々に登場するところや反復記号が多用されているところなど、 ウィンナ・ワルツとの顕著な類似点が多数認められます。反復が多用されすぎているきらいがあり、 それがややもすると冗長さを印象付ける欠点ともなっているようです。

この作品の構成は次のようになります。

序奏:右手のB♭音の単音のみで構成
主部:第1主題:変ホ長調(繰り返し)、第2主題:変イ長調:右手の8分音符の単音連打などによって構成(この第1主題+第2主題を2回反復)
中間部:
主題A:変ニ長調:優美な旋律+変イ音連打によって構成(反復あり)
主題B:変イ長調:右手装飾音を含んだ和音+パッセージで構成、その後、主題Aが戻る(このB-Aに反復あり)
主題C:変ロ短調:右手で装飾音の連続する単音の連続によって構成、その後、主題Aが戻る(このC-Aに反復あり)
主題D:変ト長調:優美な単音旋律部(プラルトリラーを含む)とその発展(変奏)(反復あり)
主部:第1主題:変ホ長調(反復なし)、第2主題:変イ長調、第1主題(第1主題は1拍目の音が変化している)、コーダへのつなぎ
コーダ:変ホ長調:同音連打+8分音符パッセージが音を変えて繰り返し、装飾音の連続、第1主題の変形など、それまでのモチーフの再転用、華やかな終結

この曲全体を通しての技術的な課題は、やはり同音連打です。 従って、同音連打が得意な人と苦手な人とで、この曲の難易度は著しく変わってくると思います。 参考までに、頻繁に登場する6つの同音連打の運指に関しては、全音では(321321)、 パデレフスキ版では(313131)となっており、その他、(323232)、(212121)などが考えられます。 いずれにしても易しくはないですが、一番弾きやすい運指を見つけるのも重要なポイントだと思います。 特に6つの音のうち後半は音がくっつきやすく、また鳴りにくい傾向があると思うので、 きちんと6つの音が全てはっきりと鳴るようにしっかり手に馴染ませるように練習する必要があります。

ワルツ第2番変イ長調Op.34-1

作曲年:1835年
この作品を含めて、作品34の3つのワルツは3曲まとめて出版され、「華麗なる円舞曲」という副題が付けられています。 その中の第1曲であるこの作品は、第1番「華麗なる大円舞曲」と同様に、優美で甘美な主題に特徴づけられる華やかで演奏効果の高いワルツですが、 ともすると冗長で内容希薄の印象が付きまとう第1番とは異なり、主題の旋律美や和声美とその展開の様式に飛躍的な向上が見られ、 内容豊かで充実したワルツとなっています。

第1番「華麗なる第円舞曲」とこの第2番Op.34-1の内容を比較した場合、第2番の方がはるかに内容が濃い傑作であるはずですが、 知名度や認知度は第1番の方が圧倒的に上という皮肉な結果となってしまっています。このような皮肉な逆転現象が起きてしまうのは どうしてなのでしょうか。このような傑作が第1番「華麗なる大円舞曲」の陰に隠れてしまうのは何とももったいないことだと思うのですが。

曲の難易度は、ワルツの中では最高レベルでワルツ第5番Op.42に次ぐ難易度と感じています。

曲の構成は、序奏とコーダを含んだ3部形式と考えられ、次のようになります。

序奏:変ホ音連打を含む単音主題+8分音符パッセージ+和音進行、パッセージのユニゾン、単音パッセージ
主部:A-B-A-B-C-C'
A:変イ長調:右手6度和音による優美な旋律 B:変イ長調:右手上昇パッセージ+プラルトリラー+下降パッセージ
C:変ニ長調で新たなテーマ出現→変ホ長調に移調(転調ではない)し同様に→変イ長調に移調し同様→右手のオクターブ和音下降で変イ長調で締めくくり
C':上記のテーマの中に右手に急速な上昇音階が挿入、同様に締めくくり
中間部:D-E-D-C''-C'''
D:右手3度、6度を交互に繰り返す優美なテーマ(変ニ長調)
E:不安定でやや激しさを秘めた楽句(変ロ短調)
C'':主部で示されたCの移調版(変ト長調で始まり変ニ長調で締めくくり)
C''':C''のテーマの中に右手に急速な上昇音階を挿入したもの
主部の再現:A-B-C-C'
上記の主部の提示部と同様だが、A-Bの繰り返しがない
C'の和音連続部の最後でコーダにつなぐための処理が施される
コーダ:変イ長調で、前半は右手の3連符+8分音符の細かく速いパッセージが常動的に続く、後半は主部のCのテーマは用いられ、2つの和音で華やかに締めくくる

主部は右手が6度の音程を保ちながら優美な第一主題を奏でる部分と、プラルトリラーを含んだ軽やかなパッセージを奏でる部分、 その後、変ニ長調、変ホ長調、変イ長調という予告なしの(いきなりの)転調によって華麗に盛り上がる終結部から構成されます。 この部分の高速に駆け上がる音階とその後の和音連打が技術的にはやや難易度が高いのではないかと思います。

中間部は変ニ長調に転調して優美で抒情的な旋律が奏でられ、このワルツを初めて聴いたときはこの部分に感動しました。 この中間部もさらにABAと3つに分けることができ、A部では右手が6度のゆっくりしたパッセージを 弾きながら、4指と5指でプラルトリラーを弾くというさりげない難所があります。中ほどのB部では、やや不安定で激しさを秘めた楽句と なっており、和音の6連打、オクターブを含む和音のパッセージ等、技術的にさりげなく難しい部分です。 中間部の終結部は、主部の終結部を調性を変えて(変ト長調、変イ長調、変ニ長調)登場させるという手法が採られて、華やかに締めくくられます。 この部分の高速の音階(特に前半の変ト長調)はこの曲に登場する高速音階の中で、最も難しいのではないか、と思います。 (余談ですが、変ト長調の上昇音階が何故難しいかというと、1指が3指または4指の下をくぐるときに、シ♭→ド♭が半音、 ミ♭→ファが全音と、オクターブ内で2度行われる指くぐり(ポジション移動)で 異動する距離が異なるためだと思います。特にミ♭→ファは移動距離が大きく、この音階が 弾きにくい最大の原因ではないか、と思います。同じようでも、変ニ長調の上昇音階の場合、ミ♭→ファ、シ♭→ドの どちらも全音なので、指をくぐらせる際の移動距離がほぼ等しいため頭を切り替える必要がなく、かえって弾きやすくなります。 さらに余談ですが、変ト長調の右手の音階の場合、上昇は難しくても下降が易しいのは当然とはいえ面白い現象ですね。)

主部の再現部は、この曲の冒頭の主部とほぼ同じものが使われていますが繰り返しは省略されています。 主部の終結部(C'部)の最後は盛り上がって、技術的に難しい華麗なコーダに 突入します。特にコーダの前半は難易度が高いです。3連符+8分音符の常動的なパッセージという点では ワルツ第6番「小犬のワルツ」の右手の音型と似ていますが、この曲のこの部分の方が難易度は上です。

このワルツはショパンの華麗系ワルツの中では第5番と並んで最高傑作と思います。

ワルツ第3番イ短調Op.34-2

作曲年:1831年
この作品も「華麗なる円舞曲」と題されたOp.34の中の1曲ですが、ショパンのワルツの中でも哀愁の色合いが最も濃い作品です。 ショパンが自作のワルツ全曲の中で、この曲を最も好んでいたという本人談があるようです。 これがショパン一流のアイロニーなのか本音なのか真相は闇の中ですが、これはショパンのワルツの中でも 非常に複雑な情緒を巧みに組み込んだ、まさに天才作曲家ならではの真の傑作といってよい哀愁のワルツです。

曲の構成については諸説あるようで、冒頭の16小節をどのように位置づけるかによって変わってきますが、 僕自身はこれを長い序奏と位置付けています。あくまで17小節以降が第1主題ではないかと思います。 その根拠としては、ショパンのワルツは第1番から第6番までは長短の程度の差こそあれ、 必ず序奏が置かれているからです。ショパンもここを序奏と位置付けていたのは、明らかではないでしょうか。 序奏の16小節は曲の中ほどと終結部にも全く同様のものが再登場していますが、それを除くと、 曲は大きく3部に分けることができます。 この曲のように、序奏と同じものを最後に持ってきて曲を結ぶという構成は、 ショパンの曲では他にマズルカ第13番イ短調Op.17-4やノクターン第10番変イ長調Op.32-2、ピアノ協奏曲第2番の第2楽章などに見られます。 そのいずれも冒頭は序奏という位置づけであることは明らかです。

構成:序奏:第1部(A-B-C-C'):第2部(A-B-C-C'):序奏(と同じもの):第3部(E):序奏(と同じもの:終結)

序奏:イ短調:右手は1拍目が休符、2拍目と3拍目に2重和音でリズムを刻み、左手第5指でバス音を保持しながら、1,2,3指の内声部で旋律を担う
第1部:
A部:イ短調:左手は典型的なワルツのリズムながらレントの遅いテンポで、右手が憂鬱な旋律を奏でる。このA部の最後の方の音は、 かの有名なベートーヴェンの「エリーゼのために」の主題に似ていますが、偶然だと思います(同じイ短調ですし)。
B部:右手は1拍目は6度や7度の和音で上の音にプラルトリラーがかかった音、それ以外は8分音符という音型。イ短調とハ長調を行き来する。
C部:イ長調:イ短調の平行調で、憂鬱で哀愁漂う曲調に穏やかで柔らかい光が差し込んでくる。柔らかく爽やかな曲調。
C'部:イ短調:前出のC部をそのまま同名短調化したもので、柔らかな光と爽やかな曲調に陰りが訪れる印象。
第2部:
第1部と全く同じものを反復。但し弾き方を同じにすると冗長になる恐れあり、わずかに弾き方を変えるピアニストも多い。
序奏(と同じもの):序奏の16小節がここで挟まれる。
第3部:E部:ハ長調で開始。そのまま右手は1拍目休符、2拍目と3拍目の伴奏和音のリズムを刻みながら、ゆっくりした8分音符の旋律は左手が担う。 途中からホ長調に転調するが右手と左手の役割分担は同様。
序奏と同じものが3度目に登場し、曲を結ぶ。

この曲は哀愁漂う曲調も素晴らしいですが、僕自身はそんな陰鬱な流れにわずかに光が差し込んでくる瞬間を迎えるC部とC'部に強く惹かれます。 何とも物憂げでありながらも爽やかという相反する要素を見事に融合・同居させ、微妙な陰影と濃淡をつけた音楽性豊か、香り豊かな色彩感には 惚れ惚れするほどです。また第3部のE部の左手が担う比較的高音の旋律も、何ともやるせない不思議な情熱が内包されており、 ホ長調に転調してからの美しく簡素な響きも特筆すべきものです。まさしく「ピアノの詩人」と言うにふさわしい音の世界そのものです。

ショパン自身が自作のワルツ全曲の中でこの曲を最も好んだ理由も、そこにあったのではないかと僕は信じています。 まさにショパン自らの会心作のワルツ3番、皆さんも味わいながら聴いてほしいと思います。 技術的にも易しい曲ですので、皆さんにも是非ご自分で弾きながら味わってほしい1曲です。

ワルツ第4番ヘ長調Op.34-3

作曲年:1838年
「華麗なる円舞曲」と題されたOp.34の3つのワルツの最後を飾る作品です。 極めて速いテンポで明るく快活なワルツです。右手の細かく駆け回る音型は、後のOp.64-1の「小犬のワルツ」を想起させるものがあり、 一部では「子猫のワルツ」と呼ばれることもあるようですが、ショパン自身は自らの作品にタイトルを付けることを嫌ったと言われることから、 このような後付けのタイトルはショパンの意にそぐわない可能性が高く、僕自身はこの作品を「子猫のワルツ」と呼んだことはありません。

ところで「名曲に名演あり」と言われますが、名曲でなくても名演は存在します。この作品はショパンの他のワルツと比べると 際立って優れた特徴がないように感じますが、この曲には圧倒的な名演が存在します。皆さんもご存じ、スタニスラフ・ブーニンです。 ブーニンが1985年第11回ショパンコンクールの第2次予選で弾いたこの曲の演奏は、それまでの常識を覆す速いテンポで斬新かつ自由闊達な演奏で、 並み居る審査員、ワルシャワの聴衆を大変驚かせ大きなインパクトを与えるものでした。 このワルツを弾き終わると、まだ第2次予選のプログラムの途中(ただし最後は英雄ポロネーズを残すのみ)だというのに、 聴衆から拍手が沸き起こり、ワルシャワフィルハーモニーホールは爆発的な拍手で熱狂のるつぼと化しました。 その流れをそのままに勝利宣言・凱歌のような英雄ポロネーズという流れ・・・

閑話休題。この作品の構成は例によって序奏とコーダを含む3部形式で書かれています。

構成:序奏(ヘ長調)-主部(ヘ長調)-中間部(変ロ長調)-主部:再現部(ヘ長調)-コーダ(ヘ長調)

序奏:右手8度、左手10度で右手と左手の第1指が交差した状態でのヘ長調の属和音から開始。半音単位で細かく上昇する右手の音型で主部への流れを作る。
主部:ヘ長調:左手でヘ長調の伴奏音型(但し3拍目の和音がほぼサブドミナントとなっている点がユニーク)、右手で8分音符の細かいパッセージを弾く。反復あり
中間部:
前半:変ロ長調:左手の伴奏音型は典型的なワルツリズム。右手はプラルトリラーを含む単音の快活な旋律。
後半:変ロ長調:右手に装飾音を付加した音型が連続する。1小節の長いトリルも頻出。最後はヘ長調の主音F音を半音上げ(G♭音)、それを第4音とする 変ニ長調という意外な遠隔調にいきなり転調するという斬新な試みがある。最後はB-C音の長いトリルの後、B音に♭を付けることにより元のヘ長調に戻している。
主部の再現:主部と同じヘ長調の快活なテーマが再現されるが反復されず、そのままコーダに向けて新たな楽句が登場。即興的でラプソディカルなパッセージ。
右手の細切れの楽句を最後に一瞬沈黙し、不連続的にヘ長調でコーダが開始され短いコーダの後、跳躍を伴った4つの和音で華麗に終結。

この作品はテンポは速いですが、難易度はそれほど高いとは思いません。ただし主部の左手の伴奏音型は3拍目がサブドミナントである点が 他のワルツとは異なるユニークなもので(他のワルツは伴奏音型の2拍目と3拍目は同じ和音か少なくとも和声的には同じ役割を果たすことがほとんどです)、 その斬新な手法のため、弾きなれたワルツと勝手が違うと感じることもあると思いますが、ここは慣れが重要です。 右手のパッセージはパターン化されているので、速いテンポで弾くのもそれほど苦にならないはずです。 強いて言えば、ヘ長調のF-A-C-E(ファ-ラ-ド-ミ)の繰り返しで上昇していくところで音を外しやすいので、 遅いテンポで弾いてしっかり手に馴染ませることが大切です。

皆さんもこの曲を得意の1曲にして、ブーニンの気分を味わってみてはいかがでしょうか。

ワルツ第5番変イ長調Op.42

作曲年:1840年
このワルツはショパンの華麗系ワルツの1つの頂点とも言える傑作ではないかと思います。 3分40秒から50秒ほどで終わってしまう比較的短い作品でありながら、非常に華麗で優美でスケールが大きく内容の濃い充実した作品となっていることは 特筆すべきことと思います。

この作品は序奏とコーダを含むという点で他のワルツとの類似点はありますが、構成的にはやや独特です。

曲の構成:序奏-主題A(変イ長調)-副主題B(変イ長調)-C(変イ長調)-B-D(変イ長調)-B-E(ハ短調-変イ長調)-B-A-B'(変形)-コーダ

序奏:変イ長調:E♭-F音の右手の長いトリルから入り左手で和音を添えることで変イ長調の調性が立ち上がるという手法
主題A:変イ長調:1小節のうち右手で弾く8分音符の第1音と第4音が旋律を担い、一方の左手はワルツ恒例の3拍子のリズムを刻み、 結果的に右手と左手で異なるリズムを刻むという一種のポリリズム(複合リズム)となっている (ショパンの他の作品では例えばスケルツォ第4番の主部の中ほどの後半にも同じような手法が見られる)。
主題B:変イ長調:左手は通常のワルツリズム、右手はアルペジオを含む8分音符の華麗なパッセージ、これを間に挟みながら、様々なテーマが登場する。
主題C:変イ長調:単純でありながらも優美な旋律。3拍目の3度の和音に注意を要する。
主題D:変イ長調:3度・4度・5度などの和音による優美な旋律・ハーモニー。和音が続くため技巧的にやや高度。
主題E:ハ短調・変イ長調:次々に登場するテーマの中で最も艶やかで優美でシックな雰囲気、伯爵夫人と踊るワルツというシューマンの言葉はこの部分にぴったりと当てはまるという印象がある。
コーダ:変イ長調:これまで登場してきた様々なモチーフを再利用して巧みに処理し、華やかに展開。最後は右手と左手の力強いユニゾンで終結。

このワルツはこうしてみてくると各主題の調性はいずれも基本的にはほとんど変イ長調で変わり映えしないような印象を持たれるかもしれませんが、 細かい部分にはショパンならではの細かい工夫が施されていて、特に主題Eとコーダでのモチーフの処理の仕方や転調法は一種独特です。 コーダはこの曲の規模からするとかなりの規模でバランスを欠いているきらいはありますが、 非常に技巧的でピアニスティックでスケールが大きくこの曲の最大に聴きどころと言っても過言ではないほどです。

このワルツはショパンのワルツ全19曲の中では難易度が最も高いワルツと個人的には考えています。 それでも上級レベルの方であれば、十分ものにすることができると思います。是非、挑戦してみて下さい。

ワルツ第6番変ニ長調Op.64-1「小犬のワルツ」

作曲年:1846-47年
作品64の3つのワルツはショパンの晩年に書かれたショパンの生涯最後のワルツです。恋人のジョルジュ・サンドとの不思議な関係が 安定期を過ぎ、破局を迎えようとしていた頃の作品とされています。

その作品64の3つのワルツの第1曲目を飾るこの変ニ長調のワルツは「小犬のワルツ」のタイトルが付けられています。 このワルツは我が国では、ショパンのワルツ全曲の中でも最も有名なものの1つで、ピアノレッスンではショパンの導入として 課題に出されることも多く、またピアノ学習者のピアノ発表会の定番の作品ともなっているのは皆さんもご存知の通りです。

このワルツが「小犬のワルツ」と呼ばれる理由については、はっきりとした背景があります。 ショパンは当時、恋人のジョルジュ・サンドと同棲生活を続けていたわけですが、そのジョルジュ・サンドが飼っていた小犬が、 自分の尻尾を追いかけてくるくると回る習性を持っていたようで、サンドがショパンにその様子をピアノで表現した曲を作ってほしい と頼んだそうで、そうしてできたのがこの「小犬のワルツ」というわけです。 確かにこの曲を聴くと右手が4音単位で旋回する快活なパッセージ、そして3連符と8分音符で構成される快活なパッセージは、 いかにも愛らしくすばしっこい小犬の様子がピアノの音で見事に表現されているようで、 抽象音楽一筋だったショパンが描写音楽を書かせても超一流だったことが証明されています。 しかし何とこの作品は作曲を依頼したジョルジュ・サンドにではなく、ショパンの謎の恋人説として憶測されているポトツカ夫人に献呈されてしまったのは 何とも皮肉です。それがショパンの強い意図なのか気まぐれなのかは知る由もありませんが・・・

この作品はショパンのワルツの中でも第11番と並んで最も規模が小さく、演奏時間は通常1分40秒から1分50秒ほどです。 海外ではこのワルツのことを「1分ワルツ(minute waltz)」と呼ぶこともあるそうです。しかしどう考えても1分では弾けないですし、 敢えて名前を付けるのであれば、2分ワルツとしてほしいところですが、minuteには「瞬間」という意味があり、 要するに一瞬で終わってしまう短いワルツという意味で厳密な「1分」ではないことは明らかです。

この作品は短い序奏を伴った3部形式で書かれています。構成は次の通りです。

序奏:変ニ長調:単音(トリルを付ける版と付けない版がある)-展開する右手のパッセージ(そのまま第1主題に突入)
主部:
第1部:変ニ長調:右手の旋回する8分音符の中にプラルトリラーが挿入された音型(プラルトリラーを正確に弾くのが意外に難しい)
第2部:変ニ長調:右手の3連符+8分音符の音型+変ニ長調のスケール(音階)で構成される。
※第1部・第2部で左手のパターンは典型的なワルツの伴奏音型。
中間部:
変ニ長調:右手は2分音符+4分音符というパターンが基本で主部と比べると抒情的。 後半は前半と同じモチーフが繰り返されるが、装飾音が付加されている。 中間部の最後の最後で和声が変化し、ここが最も感動的な部分ではないかと思います。 最後は4小節の長いトリルの後、序奏とは違いますが、第1主題の前半の音型が4小節繰り返されて主部に入る。
主部の再現部:主部と同様のものが繰り返されるが、最後の最後、高音から駆け下りてくる高速下降音階を弾いて華やかに締めくくる。

この「小犬のワルツ」はいい加減に弾くのは結構簡単でも、実際に細かいパッセージの間に挿入された プラルトリラーをしっかり弾くためには正しい運指法と練習方法が必要となり、きちんと練習を積むことが必要です。 またこの曲の序奏の冒頭の単音にトリルを付けるか付けないかは版によって異なり、現在でも議論の対象となり決着がついていない問題のようですが、 最終的には好みの問題となってしまいそうです。

「小犬のワルツ」はショパンの作品の中でも非常にポピュラーで親しみやすい名曲です。 皆さんも是非、この曲に取り組んでみて下さい。結構面白い曲だと思います。

ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2

作曲年:1846-47年
この作品はショパンのワルツの中でも特に有名な曲の1つです。 タイトルは付いていませんが、それでもこの作品が特によく知られているのは、ショパン名曲集のCD・レコードに しばしば収められていることや、ピアノレッスンでショパンの入門として取り上げられる機会が多い作品でもあるからだと思います。 タイトルなしでこのような特別な扱いを受けているのは、ひとえにこの作品の内容が素晴らしいからという理由に尽きると思います。

前述したように、この作品64の3つのワルツは、ショパンが恋人のジョルジュ・サンドと破局を迎えようとしていた時期に作曲されたもので、 ショパンが36歳〜37歳の頃の作品ですが、39歳で亡くなったショパンにとっては晩年の作品ということになります。 ショパンの孤独な晩年の心境がにじみ出た哀愁漂う絶品のワルツです。

曲の構成は序奏とコーダのいずれもないシンプルな3部形式です。

具体的には、主部(A:嬰ハ短調 - B:嬰ハ短調)-中間部(C:変ニ長調 − B:嬰ハ短調)-主部の再現(A:嬰ハ短調 - B:嬰ハ短調)です。

主部:
A:嬰ハ短調で始まる哀愁の旋律部。左手は1拍目バス音、2拍目と3拍目は和音というワルツのリズムを取りながら、ワルツのような躍動感がなく、 むしろ哀愁漂うマズルカのような拍感。最初の4小節間、嬰ハ短調が続いた後、次の4小節はイ長調となるが重く沈痛な曲調は変わらず。 このA部を2等分すると前半と後半はともに最初の半分は同じテーマだが後の半分は異なる楽想となっている。前半は8分音符の連続で微妙なピークを作った後に 減衰・リテヌートして後半につなぐ。A部の最後は嬰ハ短調で終結。
B:ややテンポを上げて、左手はワルツリズムを刻みながらの伴奏、右手8分音符の連続という音型。右手のこの8分音符の連続は4-5-4-3-2-1という運指で弾くが、 各小節の前半が重要な音で4指、5指という弱い指が担う点がやや厄介なところ。各小節の後半は3指、2指、1指で弾くがこれは目立った音で聴こえなくてもよいところ。 右手の4指、5指が鍛えられていて独立性が獲得されているほど、この部分は安定して聴きやすい演奏となります。このB部はこの曲の中で合計3回登場しますが、 登場するたびに微妙に変化します。
中間部:
C:嬰ハ短調と同主長調の変ニ長調(平均律では主音は同じ)。曲の中に淡い光が差し込んでくるような印象だが現実味に乏しい。 長調ではあっても、何か遠く過ぎ去った幸せな日々を回想するような、やはり哀愁漂う旋律とハーモニーが心に響きます。 技術的には易しいですが、この部分の後半に登場する8連符がやや曲者でしょうか。しかし8連符を3拍に振り分けることは理屈上できないですし、 単純に2-3-3で割り振ってしまって全く問題ないと思います。
B:C部が終わると再び右手8分音符の連続するこのB部が再び登場します。
主部の再現:
これは主部と全く同様で、A-Bの順に演奏します。長さも全く同じで省略はなしです。 最後のB部の後半は速度と音量を落とし、最後の上昇スケールはリタルダンドとディミヌエンドで消え入るように終わります。

このワルツはショパンのワルツの中でも特に独創的でショパンならではの哀愁と旋律美に満ちた名曲です。 難易度は易しいと言われることが多いですが、ごまかしなくきちんと弾くのは結構難しく、この右手の8分音符を 完璧に弾ける人はなかなかいないです。全ての音の粒が揃っているかを冷静に自分の耳で聴いて修正していくことが求められます。

ワルツ第8番変イ長調Op.64-3

作曲年:1846-47年
このワルツを含めて作品64の3つのワルツはショパンの生前に出版された最後のワルツですが、その中でこの曲が第3曲目ということで、 文字通り最後の最後のワルツです。この曲とともにセットで出版されたワルツ第6番Op.64-1「小犬のワルツ」、ワルツ第7番Op.64-2はいずれも ショパンの作品の中でも非常に有名ですが、この作品はこの2曲の陰に隠れた、いわば「知る人ぞ知る」マイナーなワルツです。

しかしなかなかどうして、これが結構いい曲なんですよ。ショパン晩年のワルツですが、ワルツ第7番で聴かれる晩年特有の哀愁とは打って変わって、 このワルツは明るく爽やかです。しかし変イ長調という調性のためか、明るさの中にも何とも言えない儚げな優しさと陰りがあります。 ショパンの初期の華麗系のワルツと違い、ふとした瞬間に感じさせる独特の哀愁があり、音楽性豊かで香り高い作品となっています。 この曲でショパンは意外で大胆な遠隔転調を多用して、新鮮な驚きを感じさせる斬新な作曲技法を披露していることにも注目させられます。 この作品もシューマンの言うような「伯爵夫人と踊るワルツ」のような雰囲気があります。 ワルツでありながら、中間部は2拍子系のリズムとなっている点も他のワルツにないユニークさがあります。 そのような意味でもこのワルツは他のワルツからは得られない、独特の魅力に満ち溢れています。

この作品は「知る人ぞ知る」マイナーなワルツで、この曲が好きということに一種の「ためらい」を感じる人も多いと思いますが、 20世紀の大ピアニストのルービンシュタインは「内緒の話だが、私はこの曲が密かに好きなんですよ」とある記者に語っていたそうです。 その話が公になってしまうのはどうかと思いますが、実は僕も個人的にはこの曲がかなり好きです。 以前、スタニスラフ・ブーニンが1985年第11回ショパンコンクールで優勝して、その翌年に来日した際、日本中はブーニンフィーバーで 沸き返っていましたが、その時の東京公演でショパンのワルツ集が演奏されて、その模様がNHKで放送されたときに聴いたのが、 この曲との初めての出会いでした。その演奏は録画して何回も、いや何十回も見ました。その演奏は速いテンポで颯爽とした演奏で、 この曲の儚げな雰囲気とはやや違いましたが、爽やかで素晴らしい演奏でした。

曲の構成は序奏がなくコーダのある3部形式です。

主部(変イ長調)−中間部(ハ長調)−主部の再現(変イ長調)―コーダ(変イ長調)

主部:
メインテーマ:変イ長調―ヘ短調:これを2回繰り返し―変ロ短調でメインテーマの変奏―嬰ヘ長調でメインテーマ、その後、調性不明で目まぐるしく入れ替わり、 せわしなく展開されていく、最後はハ短調になり中間部に突入。
中間部:
ハ長調:主部同様3/4拍子だが、2拍子系の音楽。右手は最高音を維持しながらハ長調の和音で伴奏リズムを刻む。左手が単音で旋律を担うという役割分担。 途中、B音に♭がつきニ短調に転調し、すぐにハ長調に戻るが、一瞬でヘ短調に、その後、変イ短調、その間、同様のテーマが左手で奏される。 最後は変イ短調の同主調の変イ長調に転調し主部の再現部につながれる。
主部の再現:
変イ長調のメインテーマが戻り、主部と同様のテーマが1回そのままの形で出てくるが、2回目は途中でいきなり♯系の楽譜に変わり、 メインテーマのモチーフでホ長調、嬰ヘ長調が一瞬登場するなど 意外な転調を見せる。
コーダ:最後は変イ長調に戻り左手のワルツリズムに乗って右手で8分音符を刻みながら最後に向かい、 最後は単音の8分音符の右手のパッセージになり、単音であっさりと終結。

この作品は難易度的には決して高くはありませんが、メインテーマの最後の方に出てくる右手の幅広い音型がややミスタッチしやすい部分です。 1指を滑らせて連続して使うなど特殊な運指もあり、慣れないと戸惑うかもしれませんが、弾きなれれば大丈夫だと思います。 しかし短い作品でありながら、様々な調性のオンパレードの趣があるので、演奏するにあたっては、譜読みに慣れていないと戸惑うのではないかと思います。 音楽性豊かで、ショパンが多用した意外な転調の妙を感じながら聴いてほしい、あるいは弾いてほしい、晩年の隠れた名作ワルツです。

ワルツ第9番変イ長調Op.69-1「別れのワルツ」

作曲年:1835年
このワルツ第9番以降のワルツは、いずれもショパンの死後に出版された遺作になります。 このワルツはショパンのワルツの中では技術的には比較的易しく、ショパンのワルツの入門として、ピアノレッスンで取り上げられたり、 ピアノの発表会で弾かれることも多い定番の名曲でもあります。

このワルツは「別れのワルツ」あるいは「告別」というタイトルが付けられていますが、皆さんはこの作品にまつわる背景・エピソードをご存じでしょうか。

ショパンは「ピアノの詩人」というだけあって、特定の女性に対する思いを昇華させることでできたピアノ曲が数多く存在します。 よく言われるようにショパンが思いを寄せた女性として、コンスタンツィア・グワドコフスカ(グラドコフスカ)、 マリア・ヴォジンスカ、ジョルジュ・サンドの3人が挙げられることが多いですが、この作品はその2番目の、マリア・ヴォジンスカにちなんだ作品です。 当サイトの「ショパンの生涯」のコーナーでも触れているように、マリア・ヴォジンスカはショパンと同郷のポーランドの貴族の娘で、 幼い頃から家族ぐるみで付き合っていて、いわば知り合いだったようですが、 1835年、ショパンが25歳の頃、旅の途上のドイツで久しぶりに彼女に出会った際、彼女が一段と美しい娘に成長していることに驚き、 心を奪われます(残された2種類の肖像画を見る限り、客観的には決して美人とは言えないと思いますが、あくまでショパンから見て、という意味です)。 ショパンがマリア・ヴォジンスカに惚れ込んでいることは周囲から見て一目瞭然であったとも言われますが、 ここまでなら、それまでのショパンにもよくあること、片思いで終わってしまうのですが、この時は違いました。 ショパンの方からも積極的にアプローチし思いを伝えたようです。マリアの方もショパンに惹かれ、両想いとなっていたそうです。 そのような満ち足りた交際期間中、ショパンはこのワルツを作曲して、彼女に贈りました。 このようなこの曲にまつわるエピソードからは、「別れ」や「告別」ではなく、「(愛の)告白」の方が曲のタイトルとして 適切なのではないか、なぜ「別れ」なのか、と首を傾げる方も多いと思いますが、それは2人の恋が実らなかったからです。 この時、ショパンとマリアは婚約を交わしたのですが、その約1年後、彼女の両親から何の理由も告げずに婚約破棄の手紙が送られてきました。 ショパンは病弱の身でありながら、パリの社交界で昼夜逆転の生活を送り、無理が重なっていたようで、 マリアの両親からは結婚の条件として、それまでのそのような不摂生をただすことを提示していたわけですが、 ショパンはそれを守らなかったというのが婚約破棄の理由ではないかと言われていますが、 ただ単に、自分のかわいい娘を、病弱な青年の元に嫁がせたくないという気持ちも強かったのではないかと思います。 さらにこの頃、ショパンはパリの社交界で幅を利かせる男装の麗人ジョルジュ・サンドとの交際も密かに噂されていたそうで もしその噂が事実だとしたら(そして実際ショパンはサンドと交際することになるわけですので事実だったのだと思いますが) 浮気したショパンに当然責任があり、これはとんでもないことで、マリアの両親の気持ちも分からなくはありません (ただショパンの立場から言い訳させてもらうと、ショパンから見てジョルジュ・サンドの第一印象は最悪で、 「なんて感じの悪い女なのだろう、あれでも本当に女なのだろうか」とも言っているくらいですから、 ジョルジュ・サンドの方がショパンに対して積極的で、それにショパンは流されてしまった、悪い女に引っかかってしまった、 というのが真相に近いとは思います)。 理由はどうであっても、マリアの両親から反対された以上、ショパン自身にはもうどうすることもできません。 ショパンは悲しみに打ちひしがれ、絶望に沈みました。そしてそれまでマリアから送られてきた数々の大切な手紙を束ねて、 その上に彼女からもらったバラの花を添えて、その上に「我が悲しみ(Moja bieda)」と書き記し、リボンで束ねました。 そしてショパンはそれを生涯大切な思い出としてしまい込み、生涯、大切に持ち歩いていたそうです。

このワルツは恋人との幸せに満ち足りた交際期間中、彼女に対する思いを伝えた愛の抒情詩であって、 別れに際して書かれた作品ではないため、「別れのワルツ」と呼ぶのは作曲背景には厳密には合致しないことになります。 しかし最終的に別れなければならなかった2人の運命を考えると、このような呼び方もありなのかもしれませんが。

このワルツはショパンの死後に草稿が発見された遺作で、彼はこのワルツを出版する意図は全くなかったようです。 ショパンはこのワルツを、マリア・ヴォジンスカとの2人だけの大切な思い出として、例の「我が悲しみ」と記した 手紙の束とともに、生涯の大切な思い出として胸の中にそっとしまい込んだのです。 何とも悲しいエピソードで、僕はこの話を初めて聴いたとき、そのあまりの悲しさと感動と同情とに激しく感情をかき乱され、 涙が止めどなく流れたのを昨日のことのように覚えています。

ショパンの恋人としてはジョルジュ・サンドが有名ですが、ショパンがその生涯で最も愛した人は、きっとこの人だったに違いない、 という確信に近いものがあります(何の根拠もありませんが、直感による確信です)。 ちなみにマリア・ヴォジンスカはこの後、結婚したそうですが、決して幸せな結婚生活ではなかったそうです。 運命というのは何と皮肉なものだろうかと考えさせられてしまいます。

この話を聞いて、皆さんは不思議に感じることはなかったでしょうか? 話が長引いたついでに、このことについて僕自身が疑問に感じる点についても少し触れておきたいと思います。 ショパンとマリア・ヴォジンスカの婚約には当然のことながら2人の意思が大きく関わっていると思いますが(2人が惹かれ合っていたのは 確かな事実だと伝えられていますし)、婚約破棄に関しては「彼女の両親からの一方的な拒絶」という記述は数々の文献で一致しています。 この記述からは、この婚約破棄の意思決定に、ともするとマリア・ヴォジンスカ自身が関与していないかのような奇妙な印象を抱きます。 マリア・ヴォジンスカ自身の主体性が全く感じられず、この婚約破棄についてどう思っていたのかの記述が全く見当たらないのです。 ショパンと別れなければならないと滂沱の涙を流し両親に「そこを何とか」と頼み込んだのか、食ってかかったのか、両親が言うことだから、逆らえないと諦めたのか。 はたまた何とも思っていなかったのか。 当時マリア・ヴォジンスカは17歳〜18歳とショパンよりも8歳ほど若く、意思表示力が弱かった可能性がありますが、 この時代のこの地方の婚約に関しては、本人同様、両親の力が相当大きかったのでしょうか。貴族ということで規律も厳しかったのだと思います。 今の現代の日本なら、「駆け落ち」という選択肢もあったと思うのですが、当時はそのようなことは考えられなかったのだと思います。 婚約が破棄されてショパンと別れることが決定したとき、マリア・ヴォジンスカはどのような思いだったのか、知りたい気持ちは膨らみます。 上記のエピソードからはショパンは絶望の淵に追い込まれ、恐らく血を吐くほどに悲しんだに違いないのに、女性というのは意外に冷静なのかもしれないですね。 この2人のアンバランスがただ単に感受性の違いによるものなのか、本当はショパンの一方的な片思いに近い状態だったのか。 この状況を考えると、僕はむしろショパンの方に同情してしまいます。 こんなにあっさりと結婚を諦めてしまうのなら、そこまで強く思われてはいなかったのだ、だから、こんな人とは結婚などしなくてよかったのだと 思えればよかったのだと思いますが、当のショパンはそう思えるほど冷静ではなかったのだと思います。

・・・というのは余談でした。

この作品にまつわる背景の話がかなり長くなってしまいましたが、この曲の内容の話に移りたいと思います。

このワルツは上記のような作曲背景のためか、甘く美しい旋律とハーモニーが特徴となっています。

構成はワルツにしては珍しいロンド形式で次の通りです。
主題A(反復)→副主題1(B)→主題A'→副主題部2(CCDCDC)→主題A''

主題A:変イ長調:アウフタクトから右手のゆっくりした8分音符で奏でられる旋律は、まるでピアノの鍵盤を撫でるように優しい旋律です。 左手のバス音も半音階で下降したかと思うと上昇するという不安定さがあり、愛に酔っているような、言わば陶酔するような印象を与えます。 この旋律の単位は2回繰り返されます。
このテーマの終わりの方に登場する上昇する装飾音符的なパッセージは登場するごとに変化しますが(この変化があるため、 上記のようにメインテーマAをA'、A''と表記しました)、 この部分が技術的には一番難しいのではないかと思います。

副主題部1:
B:変ホ長調:付点音符基調となり、リズミカルになります。夢見心地の雰囲気を持つ変イ長調ではなく、やや現実的な色合いを持つ変ホ長調が 選択されているのもこのリズミカルな曲調にマッチしています。これは同じ楽句が繰り返されているようですが、 付点のリズムを微妙に変えるなど工夫が施されています。

主題A’:変イ長調:再び主題A'が変イ長調で戻ってきます。

副主題部2:
C:変イ長調:右手3度和音+単音+3連符+3度和音×3拍という単位で展開される部分で、ここは非常に優美なハーモニーです。
D:ハ短調→変ホ長調→ヘ短調→変イ長調:同じ和音を4分音符で2回+右手8分音符という単位で展開され、目まぐるしく転調する部分です。
この副主題部2では、上記のテーマCとDをC→C→D→C→D→Cような順で演奏します。

主題A'':変イ長調:最後にメインテーマAが戻りますが、ここは反復なしで、 最後の速い装飾的な上昇パッセージは減七アルペジオになり(最後の2音だけは違いますが)、 この夢のようなワルツは静かに終わりを迎えます。

このワルツはショパンのワルツの中でも技術的にはかなり易しめですが、テーマAの最後の方に登場する装飾的パッセージなど、 意外に難しい部分もあり、また音楽的に演奏するのはそう簡単ではないと思います。 陶酔するようなテーマAを味気なく弾く人もいますし、また逆になよなよとバランスを欠いた弾き方をしてしまう人もいて、 この曲本来の良さが損なわれてしまっている演奏がほとんどで、真の名演にはなかなか巡り合えないです。

とはいえ、ショパンのワルツの中では技術的には易しい方ですので、ショパンのワルツの入門としてもおすすめの1曲です。

ワルツ第10番ロ短調Op.69-2

作曲年:1829年
このワルツは前出の第9番「別れのワルツ」とセットで出版されていますが、作曲時期はさらにさかのぼり、1829年、ショパンが19歳の時の作品とされています。 深い悲しみと哀愁を湛えた旋律とハーモニーが心に染みる作品で、これが19歳の青年の作品というのが信じられないほどです。 スラブ民族特有の哀愁と言うほど単純なものではなく、これはひとえに「ピアノの詩人」ショパンが生まれ持った並外れた感受性の豊かさと メロディーメーカーとしての才能によるものと思います。

このワルツはショパンのワルツの中でも技術的には易しめで理解しやすい作品ということもあり、 ピアノ学習用としてよく取り上げられるもので、この曲を弾いたことがあるという方も多いのではないかと思います。

曲の構成は明快・単純な3部形式です。

主部(A-A'-B-A''-B-A'')-中間部(C-C')-主部の再現(A-B-A')

主部:
A:ロ短調:左手は典型的なワルツリズムの伴奏を奏し、右手で8分音符または4分音符の単音旋律を弾くというシンプルなもので、ロ短調から転調せず、 その意味でも特に何も変わったことをやっていないのですが、それにもかかわらず感情の襞に入ってくる哀愁漂う感動的な旋律です。 ショパンの才能が技法に埋もれずそのままの形でストレートに伝わってくる美しい部分です。
B:ニ長調:主部の中ほどでロ短調の平行調のニ長調に転調しますが、ロ短調の部分と同様の哀愁が漂います。 むしろ長調に転調することで哀愁の色合いが濃くなったように感じられます。 付点4分音符+8分音符×3を1小節の単位として、同じモチーフが音を変えて繰り返されるだけの単純極まりないものですが、 そこに込められた感情の色合いは非常に複雑で深いものです。
A:その後、A部が戻ってきます。
中間部:
C:ロ長調:中間部はロ短調の同主調に転調し光が差し込んできます。右手は単音で単純な旋律を奏でますがリズミカルな旋律も登場します。
C':ロ長調:前出の旋律はそのままですが右手が2重和音(2声)になっています。ここは2-4指と3-5指で3度和音、1-3指で5度和音という 2重和音のパッセージとなっていて、この作品の中で技術的には一番難しい部分ではないかと思います。 ロ長調のテーマがロ短調に変わるところは第4指がD♯を弾くかDナチュラルを弾くかで微妙に指の力の入れ具合を変えなければならないなど、 繊細なコントロールが求められます。
主部の再現:
ロ短調のA部が再現されますが、これは主部の提示部のように反復されず、すぐにB部に入りそのままA部が再現されて静かに終結します。

このワルツはこのように構成もシンプルですが、素材(=旋律やモチーフ)が素晴らしいため、 聴く人の涙を誘う哀愁に満ちた佳作となっています。

ワルツ第11番変ト長調Op.70-1

作曲年:1835年
作品70の3つのワルツは作品69同様、作曲年代は全く異なるものを集めて、ショパンの死後出版された遺作です。 この作品70の3つのワルツは特徴が全く異なるもので、第1曲目が軽快な主部と優美な中間部、第2曲目は憂鬱で艶やか、第3曲目は夢想的でロマンティックといった ところでしょうか。 この作品70−1のワルツは、ショパンの作品の中でも特に規模の小さい小品が多いワルツの中でも「小犬のワルツ」とならんで、 特に規模の小さい作品で、演奏時間は2分弱というのが一般的です。

構成は単純明快な3部形式で、 主部(AABB)-中間部(CCDCDC)-主部の再現(AA)という構成です。

主部:
A:変ト長調:左手は典型的で軽快なワルツのリズムを刻み、右手はプラルトリラーと3拍目に高音への跳躍が頻繁にあり、 ミスタッチしやすい部分です。
B:変ニ長調:A部と同様ですが、右手が跳躍しながら広範囲を駆け巡る音型で、やはりミスタッチしやすい部分です。 遅いテンポでミスタッチせずに弾けるように 練習を積むのが遅いようで一番の近道です。

中間部:
C:変ト長調:主部と同じ調性ですが、B部は変ニ長調ですので、ここからは転調することになります。 2拍で和声を変えてテンポも落として変ト長調に転調することになります(C音に♭を付けるというシンプルなものです)。 このC部は優美な旋律で、右手が2重和音、3重和音主体の旋律を奏で、 その旋律とハーモニーの美しさは特筆すべきものです。
D:変ホ短調→変イ短調→変ト長調: この部分の、♭系の短調で目まぐるしく調性が変わる辺りの流れが感動的で息をのむほどの美しさで、 最初にこの曲を聴いたとき(1986年のブーニン来日公演の演奏のテレビ放送でした)、この部分が心の琴線にビビッと触れました。 ここがこのワルツの最大の魅力であり聴きどころではないかと思います。

主部の再現:変ト長調:中間部が終わると主部が再現されますが、変ト長調のAを繰り返し、B部を登場させることなくシンプルかつ唐突に終結します。

このワルツは非常にマイナーですが、♭6つの変ト長調という譜読みが難しい調性であることに加えて、 跳躍も多く技巧的にもそれなりに難易度が高い曲ということもあり、この曲を演奏するのはピアニストかショパンマニアのアマチュアに 限られるのではないかと思いますが、物好きな方は是非、チャレンジしてみて下さい。中間部の感動的な部分だけでも弾けるようになると気持ちよいと思います。

ワルツ第12番ヘ短調Op.70-2

作曲年:1843年
このワルツは個人的にはショパンのワルツ第1番〜第14番までの中では技術的には最も易しいと感じる曲ですが、 ショパンのワルツ1番〜14番までの中では最も人気が低い作品の1つではないかと思います。 しかし地味で変化に乏しい作品ではあるものの、優美で艶やかな旋律はやはりピアノの詩人ショパンのものです。 曲の調性は「ヘ短調」という表記ですが、むしろメインはショパンが最も好んだと言われる変イ長調で、これがこの曲の優美さを 印象付ける最も大きな要因となっているようです。

曲の構成は2つの要素を順番に登場させるということを2回繰り返すというシンプルなもので、強いて言えば「2部構成」でしょうか。 このような構成を採っているショパンの作品は他にノクターン第9番などがあります。

構成:第1部(A-A-B)-第2部(A-B)

第1部:
A:ヘ短調→変イ長調:右手は単音で4分音符または8分音符を基調とした比較的単純な旋律で、そこにプラルトリラーなどがところどころに挿入されています。 後半は8分音符基調になり動きが出てきますが、比較的単純な旋律です。 第1部ではこのA部を反復します。
B:変イ長調:比較的単純な旋律で始まりますが、途中右手に3度和音が連続する8分音符+プラルトリラーが登場し、 ここは初心者にはやや難易度が高いかもしれませんが、指が鍛えられていれば難なく弾けます。 途中、一瞬だけハ短調が出現しますが、このB部はほぼ変イ長調で転調はほとんどありません。

第2部:
第1部からのつなぎはなく、再びA部が戻ってきます。ここからが第2部です。 A部は反復されず、B部に移り、そのまま消えるようにあっさりと終わります。

この作品は音楽的にも技術的にも地味な作品ですが、ショパンのワルツの中では特に易しいもので(ワルツ3番や7番よりもはるかに易しいはずです)、 ショパンのワルツ入門用として、ショパンの「初ワルツ」として皆さんにおすすめの1曲です。

ワルツ第13番変ニ長調Op.70-3

作曲年:1829年
このワルツは作品70の3つのワルツの中では最も充実していて音楽的に価値の高い作品であるばかりでなく、 この作品の印象とは裏腹に、技術的にも結構高度なものが要求される作品でもあります。

このワルツも第9番「別れのワルツ」同様、ショパンが思いを寄せた女性に強く影響されています。 作曲当時ショパンは19歳でしたが、この頃のショパンは、同じ音楽院に通う声楽科の学生であったコンスタンツィア・グワドコフスカ(グラドコフスカ)という女性に 密かに片思いをしていました。その時のショパンの胸の内が昇華され結晶化された作品としては、ピアノ協奏曲第2番(ヘ短調Op.21)が有名ですが、 実はこの曲も同じ思いがベースにあって、その心情の吐露の結果、作品として結晶化したものと言われています。 彼が当時の友人に宛てた手紙の中には次のような一節があります。

「これは僕にとって不幸なことなのかもしれないが、僕には今、理想の女性がいる。この半年間、毎晩のように夢の中に彼女が出てくるのだが、 まだ一度も口をきいたことがない。僕は心の中で彼女に忠実に使えてきた。彼女のことを夢に見、彼女のことを想いながら 僕はコンチェルトのアダージョ(注:ピアノ協奏曲第2番・第2楽章(ラルゲット)のこと、当時のテンポ指示は「アダージョ」だったのでしょうか) を書いた。そして今朝、このワルツを書いた。これを君に送ろうと思う。 このワルツの中間部の左手が高音になっていて驚くかもしれないが、この音に託した僕の思い、君ならきっと分かってくれると思う」・・・

これは彼ではなくても僕たちでも十分に分かるというものです。中間部で右手でワルツリズムを刻みながらの主旋律に対して、左手がテノールの対旋律で追随する部分がありますが、 そのテノールの対旋律がこれでもか、これでもかと高音に上がってくる、そのやるせない情熱は聴く人の胸に迫り、 思わず目頭が熱くなります。ショパンがグワドコフスカにどれほど一途に惚れ込んでいたか、 どんなに言葉で説明するよりも、この作品のこの部分が何より雄弁に物語っています。 これを聴くと、どんなに思っても思っても決して叶えられることのない悲しい片思いをする青年の静かな悲鳴と嗚咽に聴こえてきます。 ショパンは結局、自分の胸の内を打ち明けることができず片思いで終わってしまったようですが、 そのやるせない思いは、素晴らしい珠玉の名曲として今日、このような形で残されていることが僕たちにとって何よりの財産です。

余談ですが、グワドコフスカはショパンの死後、この話を聴いたとき、「あの人は空想にばかり耽っていて、頼りにならない人だった」と 全く無関心だったようです。ショパンは胸の内を彼女に告白していたとしても、きっと成功しなかったのだろうと思われます。 それなら告白せずにその思いを密かに胸に秘めておいて、結果的には正解だったのだと思います。

作品の構成は典型的な3部形式で、主部(A-A-B-B)-中間部(C-C-D-D-C)-主部の再現(A-A-B-B)

主部:
A:変ニ長調:この部分は左手は典型的なワルツリズムの伴奏音型を刻み、右手で旋律を奏でるという点では 特に変わったことはやっていないように感じるかもしれませんが、右手で2声を担うので技術的には結構厄介です。 右手の4指、5指で旋律を担う一方で、内声部の8分音符は右手の第1指を連続して使うという、ショパンの他の作品にはほとんどない特殊な動きをします。 途中はその規則性が崩れますが、やはり2声構造は変わらず、その中で右手の4指・5指を使用するプラルトリラーも挿入されているなど、 技術的には結構嫌らしい動きをします。 ショパンは夢想的な雰囲気を出したいときに変ニ長調という調性を好んで用いていたようで、この曲もその一例ですが、 他には有名な「雨だれの前奏曲」やノクターン第8番なども変ニ長調という調性を用いることで、夢想的な雰囲気を出すことに成功しています。 これらの作品は、変ニ長調という調性以外では成立しないのではないかと思えるほどです。
B:変イ長調→変ト長調→変ニ長調:ここは右手の8分音符の重音トレモロ風の動きがあります。3度和音-6度和音のトレモロです。 その中に4指・5指のプラルトリラーが挿入されていたり、重音パッセージが連続していたりと、 テンポはゆっくりではあるものの(というより、ゆっくりであることが救いですが)、かなり弾きにくい音型となっています。 しかしこの重音のハーモニーの響きは本当に美しいです。

中間部:
C:変ト長調:右手でワルツのリズムを刻みながら旋律を奏で、左手が対旋律のような形のテノールで追随する部分で、ここがまさに、ショパンが友人に宛てた手紙の中で 言及している部分です。左手で変ト長調の8分音符のゆっくりした上昇スケールを奏した後、 左手で奏でる対旋律はこれでもか、というほどの高音に達し、最高で「変ホ音」まで到達します。 ここはグワドコフスカに対するショパンの熱い思い、やるせない情熱が、静かに高まる部分です。 上述したように、どんなに思っても思っても決して叶えられることのない悲しい片思いをする青年の静かな悲鳴と嗚咽に聴こえてきます。 決して外に向かって爆発するのではない、内に秘めた熱い情熱です。 演奏に際してはこの左手の部分は最大でメゾピアノくらいがよいでしょうか。左手の最高音だけ右手とタイミングをややずらしてわずかに強調して弾くのが僕自身の流儀です。
D:変ニ長調:ここは右手で3度和音と6度和音を交互に奏するなど、右手は和音の連続で動く部分で やはりさりげなく難しい部分です。この曲のB部と似たような動きです。 また曲は違いますがワルツ第2番(変イ長調Op.34-1)の中間部の初めの例の部分とも意外に似ています(調性も変ニ長調で同じです)。

主部の再現:
A:変ニ長調、B:変イ長調→変ト長調→変ニ長調と、冒頭の主部と同じものが同様に(AABBの順に)繰り返されて、静かに終結します。

このワルツ第13番は、一聴すると地味に感じるかもしれませんが、音楽的にも技術的にも意外に高度なものが要求される、 隠れた名作ワルツです。このワルツを書いたショパンの気持ちを想像しながら、聴いたり弾いたりしてほしい作品です。

ワルツ第14番ホ短調(遺作)

作曲年:1830年
このワルツは、ショパンのワルツ主要14曲の最後を飾るワルツで、主要14曲の中では唯一作品番号がついていない作品です。 ショパンのワルツとしては比較的初期のもので、短調のワルツとしては例外的に急速なテンポの華やかなワルツとなっている点が特徴的です。 ショパンのワルツの中でも比較的人気が高く、「全音ピアノピース」の一覧にも「華麗なる第円舞曲」、「小犬のワルツ」、ワルツ第7番(嬰ハ短調Op.64-2)、 「別れのワルツ」とともに収録されているように、ピアノレッスンで取り上げられたり、ピアノの発表会で選曲されたりするなど、 ショパンの名曲として位置づけられているワルツでもあります。

この作品の構成は、他の初期のワルツのような単純な3部形式とは異なり、 華やかな序奏とコーダを持つ3部形式で書かれており、ショパンがこの曲に力をいれていたことが伺われます。

構成は次の通りです:序奏(ホ短調)→主部(ホ短調:ABABA)→中間部(ホ長調:CCDC'DC')→主部の再現(ホ短調:A)→コーダ(ホ短調)

序奏:ホ短調:左手が広い分散和音、右手がホ短調の主和音(E-G-H)のみで構成される連続アルペジオで上昇する極めて華やかな序奏です。

主部:
A:ホ短調:左手の伴奏はかなり跳躍が多い上、右手にも同音連打やプラルトリラーが挿入されるなど、結構弾きにくいところです。 また和声進行も独特で、主題がいきなりドミナントで開始し左手の伴奏の最低音がホ短調の全音階を形成しながら上昇していくところなど、 調性は違いますが、エチュード・ヘ短調Op.25-2と似ていると言っている方がいましたが、確かにそっくりです。 ショパンのワルツ14番とエチュード作品25-2という似ても似つかない2つの作品の類似点をその方はよく発見したと思います。
B:今度は左手のバスが1小節毎にE音から半音ずつ下降していきながら右手も同時に半音ずつ下降していくという これもユニークな進行を見せ、右手にオクターブ幅でポジション移動するアルペジオ音型が登場し、ここが結構な難所です (これはエチュードOp.25-12「大洋」の動きに似ています)。

中間部:
C:ホ長調:主部のホ短調の平行調のホ長調に移り、主部の劇的かつ華麗な曲調とは打って変わって、 ここは穏やかで甘美で優美で心地よい旋律です。「束の間の心地よい夢」といった趣の夢見心地の気分に浸れる部分です。 その曲調と裏腹に左手の伴奏音型に跳躍が多いのですが、心地よく聴かせるためには、せわしなさがないように、 自然にさりげなくこれらの跳躍をこなさなければなりません。
D:嬰ト短調:右手は和音、左手で8分音符のイレギュラーなパッセージ+4分音符というパターンですが、 ここはこの穏やかな中間部の中にあって、やや劇的です。この嬰ト短調の劇的な「エピソード」は短いですが、 長い中間部を引き締める役割を意図したのではないかというのが個人的な見方です。
C':ホ長調:ここは前半はC部の前半と全く同様ですが、C’の後半は左手が跳躍ではなく8分音符の連続になり、 右手の穏やかで優美な旋律を、さざ波のように美しく彩る効果を与えています。

主部の再現:
A:ホ短調: 夢見心地の穏やかな中間部が終わると、劇的な主部が唐突に戻ってきます。 主部はABABAで提示されましたが、ここではAを再現しただけで、すぐにコーダに突入します。

コーダ:ホ短調:
このコーダは技巧的に書かれています。右手の動きは8分音符基調で、(5指)-(2指4指)-(1指)-(2指4指)-(5指)-(2指4指) のように間に2指と4指で作る3度和音や4度和音を挟んでいる音型が特徴的で、各指の独立性が鍛えられていない人には 結構厳しいのではないかと思います。また1指と2指、1指と3指で作る4度和音を間に挟みながら、4指5指でトリル様の動きも要求され、 これも結構な難易度となっています。右手が華麗に動き回り、左手は華麗に跳躍するという華やかさで、 最後に向かってアッチェレランドしながらホ短調の上昇・下降アルペジオを弾き、 最後は両手で1つ毎に左右に乖離していく和音を弾き、華やかに終結します。

このワルツは技巧的には第1番、第2番、第5番ほどの難易度ではありませんが、ショパンのワルツの中ではそれに次ぐ難易度だと思います。 その分、弾き映えも聴き映えもする曲で演奏効果も非常に高い曲であるため、このワルツを弾ける技術レベルに到達している方には 是非ともおすすめの1曲です。

曲目名曲度(最高5)体感難易度(最高10)一般的認知度(最高5)
ワルツ第1番変ホ長調Op.18★★★★ ★★★★★★★★ ★★★★★
ワルツ第2番変イ長調Op.34-1★★★★ ★★★★★★★★ ★★★★
ワルツ第3番イ短調Op.34-2★★★★ ★★★★★   ★★★★
ワルツ第4番へ長調Op.34-3 ★★★  ★★★★★★★  ★★★★
ワルツ第5番変イ長調Op.42★★★★ ★★★★★★★★★★★★
ワルツ第6番変ニ長調Op.64-1★★★ ★★★★★★ ★★★★★
ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2 ★★★★ ★★★★★★ ★★★★★
ワルツ第8番変イ長調Op.64-3 ★★★ ★★★★★★  ★★★
ワルツ第9番変イ長調Op.69-1★★★★ ★★★★★  ★★★★
ワルツ第10番ロ短調Op.69-2 ★★★★ ★★★★★ ★★★
ワルツ第11番変ト長調Op.70-1 ★★★ ★★★★★★★ ★★★
ワルツ第12番へ短調Op.70-2 ★★★ ★★★★  ★★★
ワルツ第13番変二長調Op.70-3 ★★★★ ★★★★★★★ ★★★
ワルツ第14番ホ短調(遺作) ★★★★ ★★★★★★★  ★★★★

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