個性で売るNYミステリー専門書店 

 アメリカの書店で面白いのはバーンズ・アンド・ノーブルやボーダーズなど、日本でいえば紀伊国屋や旭屋みたいな大型書店と並んで小型店の専門化が進んでいることだろう。
 例えば、日本にはない雑誌だけの専門店がある。私の住むマンハッタンのアパートのすぐ近くにも二つあって、例えば私の大学での研究分野であるマスコミ関係のコロンビア・ジャーナリズム・リビューといったお堅い専門誌から、ペントハウスなどお色気たっぷりの大人の雑誌、マッドといったおふざけの雑誌まで、色とりどりの雑誌が沢山並んでいる。
ミステリー専門書店もアメリカ全土にあるが、有名なのは何といってもニューヨークのミステリー専門書店だろう。
今日はテレビの天気予報ではビューチフルという快晴で暑いくらいのいい天気。カメラマン代わりに妻を連れてバスと地下鉄を乗り継いで、ミステリー専門書店を訪ねてみた。
 最初の店はマーダー・インク。ブロードウェーの地下鉄で西九十六丁目で降りてダウンタウンに向かって少し歩く。この店は、もともとは、「マーダー・インク(ミステリー雑学読本)」という著者で有名なディリス・ウインという女性がやっていたのだが、数年前に広い表通りに引っ越して来た。昔の店の名物の黒猫に代わって新しい、明るい店では時々ガスという大きな犬が出迎えてくれる。

ミステリアス・ブックショップ

 ミステリー専門店で共通しているのは、著者のサイン入りの新刊本が沢山並べられていることと、古本も売っていること。ここで私もルース・レンドルの署名の入ったA Sight for Sore Eyes を記念に買うことにした。 
マーダー・インクは、同名のPR誌を出していて、新刊の書評、古本の紹介などもやっている。メラニーという若い女性店員が親切に応対してくれるが、この人も新刊紹介をしていて、相当のマニアのよう。
お次は、ミステリーの研究者、書誌学者として有名なオットー・ペ=ンズラーが経営しているミステリアス・ブックショップ。古びた店構えだが、独特の雰囲気が漂っている。一階が新刊、二階は古本とシャーロック・ホームズ関係の専門書で埋まっている。
サリー・オーウェンという女性の支配人によると、古本関係では、ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドなどいわゆる正統ハードボイルド派の作品が一番人気があるという。もっとも彼女の個人のごひいきは、現代のジェームズ・リー・バークだそうだ。
初版本の値段を見てみたら、エラリー・クイーンの「Zの悲劇」が七五〇ドル(約九万円)、ロス・マクドナルドの「運命」が一〇〇ドル(約一万二千円)だった。
マーダー・インクの店内にて  とにかくこの店の良さは二階に行ってみないとわからない。はってあるポスターなどがミステリー・ファンには楽しめるだろう。
 最後が東八十一丁目にある「ブラック・オカアド」(直訳すると黒い蘭)。店の名前はレックス・スタウトの作品名から取ったという。
 大通りからちょっと引っ込んだ地味な店だが、女性経営者のバニーさんは実に陽気。「翻訳で二つしか読んだことないけど日本の作家では松本清張が好き」という。ここは一階が新刊、地階が古本関係。「日本からテレビや雑誌(注=ミステリーチャンネルとブルータス)が取材に来たわよ」といっていた。毎月読者向けにニューズレターを出しているので、住所を教えてくれれば、八月のパーティーの案内を送ってくれるという。
 若い青年がハードカバーの古本をきれいに透明のビニールをかけてもらって受け取っていたので、声をかけると、「コレクターだ」という。「二,三千冊集めたけど、五冊買っても一冊しか読めない」といっていた。昼間から本の収集とは優雅ですねというと、「いや、働いた収入の大半をつぎ込んでるだけ」と笑っていた。地味の店なのに、ひっきりなしにお客が訪れ、電話が鳴るのは女主人の人柄のせいかも知れない。
それにしても三つの店とも女性が活躍しているのは、女性にミステリー・ファンが多いせいなのだろうか。
 なお、昔あったもう一つの専門書店「ファウル・プレー」は今はない。

(1999年5月26日 信濃毎日新聞・掲載)


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