ニューヨーカーはミステリー好き 盛況だったニューヨーク・ミステリー・フェスティバル  

日本の大学ではミステリーを研究の対象にすることはほとんどないが、アメリカではさまざまな大学が大学の授業科目に取り入れている。そんなアメリカでも、もっときちんとミステリーを大学の研究対象にすべきだとする先生もいる。ニューヨークのハンター・カレジの文学部教授B・J・ラーンさんもその
んもその一人。「殺人はアカデミック 文学におけるミステリー教育と批評」という立派なニューズレターを発行している。
 ある日、この先生から五月二十二、二十三の両日、ニューヨーク・フェスティバル・オブ・ミステリー 1999という催しがあるので、参加する気持ちがあるなら、案内状を送るという連絡を頂いた。
 第一日は、大学教授、作家、評論家などそうそうたる顔ぶれによるパネル・ディスカッション、カクテル・パーティー。第二日は、ミステリー作家の小説の舞台や作家が住んでいた場所などを訪ねるミステリー散歩、そして前回ご紹介したミステリー専門書店を探訪して、本を手に入れるという実に充実した内容である。早速、第一日昼の部の参加費七十五ドルと第二日のミステリー散歩の参加費十五ドルを払い込んで申し込んだ。
 第一日の会場は、セントラル・パークの近く、有名な自然史博物館の並びにあるニューヨーク歴史協会のホール。朝早く起きて、午前九時ごろに地下鉄で西八十一丁目まで行き、初夏の日差しの中を七十七丁目の会場まで歩いたが、まず、建物の立派なのに驚いた。
 いつもは家内と二人だが、今日は私一人。当然のことだが、東洋人は一人もいない。少々心細くなったが、主催者のマーカンタイル・ライブラリー館長のハロルド・バウゲンバウムさんが、ラーン先生を紹介してくれた。 てっきり男の先生とばかり思っていた教授が妙齢の美人であるのにまたびっくりした。 一万円近い会費、しかもお堅い内容で、果たして一般市民が三百人も集まるだろうか。 そんな心配をよそに、会場はほとんど満員。私は最前列に陣取っての取材である。
 主催者のあいさつに続いて、元ニューヨーク市長で「市役所の殺人」などミステリーの共著もあるエドワード・コーチ氏が「ミステリー作りは難しいが市役所のことならよく知ってよく知っているのでね」とユーモアたっぷりに体験談を語った後、パネル・ディスカッションに入った。
「ニューヨークにおける古典的探偵小説のルーツ」という最初のパネルでは、ポーについてペンシルバニア州立大学のリチャード・コプレイー、シーリー・レジェスターについてハンター・カレジのラーン、アンナ・キャザリン・グリーンについてディストリクト・オブ・コロンビア大学のパトリシア・メイダ各教授が報告したが、特にラーン教授がポーに次ぐ探偵作家として発掘したシーリーが注目を浴びた。この作家はまだほとんど知られていないが、慈善家のバートンという探偵を主人公とする探偵小説を一八六〇年代に書いているという。
 次いで、「二〇世紀前半の古典的探偵小説」では、ワシントン大学ロースクールの教授で、エラリー・クイーンの評伝「王家の血統」で日本でも知られているフランシス・ネィビンズ氏が「『ギリシャ棺の秘密』などでクイーンは、具体的にニューヨークの五番街を舞台に設定するなど新しい試みをしている」と述べた後、ヴァン・ダインが学歴を詐称していたなど、この作家の知らざる部分に光りをあてた評論でMWA賞を受賞した美術評論家のジョン・ロアリー氏がダインの優れた特質を指摘、会場からの質疑も活発に行われた。  午後のディスカッションでも現代ミステリーの中で、黒人、ユダヤ人、七〇歳代の老人探偵など探偵役が多彩になっていることが論議され、全体として中身の濃いものだった。 翌日三グループに分かれてのミステリー散歩に私はウオール街近くのローアー・マンハッタンの部に参加したが、激しく雨の降る中を予約したほとんどの人が顔を見せ、ポーが勤めていた新聞社があった場所など最後までラーン教授の説明に熱心に耳を傾けていた。 その姿を眺めながら、私はなるほどニューヨーカーのミステリー好きは本物だと改めて感じ入った次第である。

(1999年6月23日 信濃毎日新聞・掲載)


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