ニューヨーク

 アメリカ探偵作家クラブとマーカンタイル・ライブラリー

 海外ミステリーのファンなら、だれでも アメリカ探偵作家クラブ、Mystery Writers of America(MWA、バーバラ・ダマト会長)のことをご存じだと思う。英国推理作家協会(CWA)と並んで、世界のミステリーをリードする存在であり、アメリカ探偵作家クラブの数々の受賞作はいち早く翻訳され、日本でも人気を集めている。
 ニューヨークのマンハッタンの中心部、東四十七丁目十七番地に、地上八階、地下一階の古びたビルが建っている。超高層のビルを見慣れているニューヨーカーには、地味で目立たないビルだが、MWAの本部事務局はこのビルの六階に置かれている。
 西五十一丁目の私のコンドミニアムから歩いて十六、七分なので、事務局長のメアリー・ベス・ベッカーさんを訪ねて見た。
 事務局は、ベッカーさんと補佐役のシェリー・ゼニスさんの女性二人体制で週日は朝から夕方まで忙しそうに働いている。
 それもそのはず、MWAは作家、評論家だけでなく、準会員として出版社や書店などの関係者の入会も認めていることもあって、会員数約二千三百人という大所帯なのである。内百四十人はカナダをはじめとする海外会員で、日本の会員も十一人いるという。私はこの三月に入れてもらったばかりだが、阿刀田高、夏樹静子、翻訳家の木村仁良、早川書房社長の早川浩ら各氏が会員になっている。
 また、国内に十の支部があって活発に活動している。
 ベッカーさんは、まだ九八年十二月に就任したばかりだが、オハイオ州クリーブランド出身で、元女優。記録映画の制作などに携わり、自分で監督して制作した作品もある。戯曲や台本を書いたことはあるがあるが、まだ残念ながらミステリーを書いたことはないそうだ。演劇家組合の会員でもあるが、アパラキアン・マウンテン・クラブという非営利団体での仕事の実績が評価されて、大所帯のMWAの事務局長になった。
 MWA最大のイベントは四月末にニューヨーク・シェラトン・ホテルで開かれるエドガー賞の受賞晩餐会。
実は私も今年初めて出席したのだが、七百人もの出席者が集まるので、だれがだれだかさっぱりわからない。三十年間出席しているという早川浩さんに助けてもらって、日本でも人気作家のエド・マクベイン、ローレンス・ブロック、研究家のオットー・ペンズラーなどの写真を撮るのがやっとだった。
 このメイン・イベントを無事にこなしたベッカーさんは、「これからはさらにMWAの活動を円滑にするように努めたい」と語っていたが、クリーブランド出身なので、同じ土地を舞台にしたミステリーを書いているMWA巨匠賞受賞作家のレス・ロバートと女流作家のマーガレット・ミラーが好きだという。
 ところで、MWAの事務局の家主はこの建物の一階から三階までを使って、外部貸し出し、館内閲覧を行っているマーカンタイル・ライブラリーだが、この会費制の図書館も実はミステリーに大いに関係がある。
 文学・ノンフィクションの蔵書六万五千冊の内、約一万 五千冊がミステリーで現在では手に入らない本も数多くあり、研究者には貴重な存在である。アガサ・クリスティーの全作を米国の初版本で所蔵しているほか、一九三〇年代以降のミステリーの貴重な初版本を数多く持っている。また、現代ミステリーも積極的に収集して、会員に貸し出している。 今年からは本欄でお伝えしたように新しい試みとして五月にニューヨーク・フェスティバル・オブ・ミステリーを主催、ミステリーの学問的な研究を推進する運動を始めた。
 九年前から館長を務めているハロルド・オーゲンブラオム氏は、ボストン大学卒のラテン文学の専門家で、数多くの著作がある学者だが、「ミステリーはもっと学問的に研究されていい分野だと思う。来年も三月か十一月にパリのミステリー図書館と協力して『ニューヨークの私立探偵小説』というテーマでミステリー・フェスティバルを開く準備を進めている」と大いに意欲を燃やしている。
(文芸評論家、コロンビア大学客員研究員としてニューヨーク滞在中)

(1999年8月25日 信濃毎日新聞・掲載)


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