新たな目さ差しで「水墨」を見てみる
現代の水墨画2009
水墨表現の現在地点展
作品集前文
東京・練馬区立美術館主任学芸員 野地耕一郎
…呉一騏は、ストイックに水墨の動きを制御しつつ、墨色の美しさを追求してゆく構えだ。その描写は墨の濃淡やぼかしを多様に操作しながら、幾重にもつらなる山岳や天空を呼応させ、やがて交響樂のように変じてゆくスケールをもつ「山水画」と呼べるものだろう。ドライで冷涼な感触の中に、墨の湿度を馴染ませながら、なおクリアな空間感を広げている。作品のすみずみまで墨による黒と白による潔い表現を思わせるが、見る方に、彼の水墨技法の細かさや過剰さや丁寧さから伝わってくる強い情動を感じ、それに共振することが出来るはずだ。
細部の増殖的リズムやその解像度の高さが、それを制御する筆の動きのパターンと相まって、視線をそこに半ば強制的釘付けにする効果をもっているように感じさせる。細かい部分までを見せようとする醒めた視線は、抑制的な筆づかいによって、水墨がどこまでも滲んでいく混迷の状態から開放しているだろう。そういう意味では、彼の制作は現代中国水墨画とは切れていて、むしろ明代以前の古典水墨に立ち返っていこうとする姿勢がうかがえる。…(拔粹)
現代の水墨画2009・水墨表現の現在地点展
富山県水墨美術館学芸課主任 八木宏昌
呉一騏の水墨画には、人間の内なる「気」が強く感じられます。東洋の伝統的山水の姿を借りながら、山の深部から発する光が自然と融和する精神世界の境地へと誘います。呉の水墨画は、中国的でもなく日本的でもありません。水墨をふまえた独自の「光」の表現です。呉にとって山は自己内世界の象徴であり、山水は心象風景のようなものなのでしょう。静寂な中に気韻生動が感じられます。…(拔粹) 「趣味の水墨画」誌2009/3月号