巻頭エッセイ
Kimoto Satoshi Alpine Climbing School
商業登山Explorer Spirit 巻頭エッセイ 4
エベレストやチョーオユー、シシャパンマなどで展開されている「公募登山」と銘を打つ最近のガイド登山は、登山のジャンルに当てはめると、かつて一般的だった「遠征登山」のカテゴリーには入れず、「商業登山」という新たなカテゴリーを作ってそこに入れる。登山について詳しく知らない一般の人から見れば、「遠征登山」にしろ「商業登山」にしろ、どちらの登山であっても、エベレスト登頂やチョーオユー登頂、シシャパンマ登頂などというそれらの登山活動から得る結果はまったく変わらないので、これまでの「遠征登山」と何一つ変わらない価値を持っているように思えることだろう。しかし、実際のところ、これら二つの登山は性質が大きく異なる。
ではどこが違うのだろうか。すぐに思い浮かぶ最大の相違は、隊員を登らせるために隊長と隊員の間に金銭の授受が行われることである。そして、通常、登山隊は、ガイドとクライアント(顧客)という関係が成り立つ隊員で構成されていることである。世界最高峰エベレストやチョーオユー、シシャパンマのような商業登山が盛んな山では、クライアントばかりかガイドも積極的にルート工作に従事しないというのが普通で、ルート工作の仕方にも端的に違いが現れる。これは登山対象となる山が大きくなればなるほど顕著で、一つの山、一つのルートに複数の登山隊の入山が許可されるようになって急速に発達した登り方である。
こんなことを書くと、それではいったい誰がルート工作を行うのか、という疑問を抱くかもしれない。でも、この答えは簡単である。ルート工作を行うのは、大きな商業登山隊に雇われている高所ポーター、すなわちシェルパである。このような山でルート工作を行うのは、強いシェルパを抱える大きな商業登山隊が率先して行うのが普通で、他の登山隊はその登山隊にルート工作とルートの維持を依存し、ルートを作り、維持するのに見合うだけの装備や通行料を支払ってルートを共用するのが普通なのである。
こういったシステムは極地法と呼ばれる方法を用いた「遠征登山」の長期にわたる経験の上に成り立っているもので、特別なものではない。しかも、商業登山隊が活躍しているこれらの山では、今では麓から山頂まで固定ロープが張られるのが普通だから、このような山の一般ルートを登る登山を企てている限り、単独登山かあるいはチーム登山かといった登山隊の構成の違いによる差は生じない。逆に、そのような山で活動する小さな登山隊は、大きな商業登山隊の力に依存するしかなく、彼らが作ったルートに張られた固定ロープを積極的に利用して登山を行うのが一般的である。たとえ目的の山で単独登山を企てていたとしても、登山者本人がその山を登るためにルート工作に参加することはまず考えられない。つまり、そのような山のそのようなルートでは、すでに単独登山そのものが成り立たない現状があるのだ。
厳しい条件を抱えた山が一般の人々に開放されるというのは実際そういうことである。それは何も世界最高峰のエベレストやチョーオユー、シシャパンマといった海外の8000メートル峰という特殊な山について考える必要はない。日本国内の槍ヶ岳や穂高岳、剣岳など身近な岩山に開かれた一般登山道についてちょっと考えてみるだけでも理解できるだろうし、納得できるはずだ。もしこれらの岩山に梯子や鎖が付いていなかったとしたらどうだろうか。もし鎖がなく、杭が打ち込まれていなければ、単独登山にもそれなりに意味はあるだろうが、ルート上の危険箇所に鎖がかけられ、杭が打ち込まれ、岩場に足場が穿たれ、誰もが登れる状態にルート工作が行われている現状では、単独登山の価値はかなり低められていることは間違いないだろう。ヒマラヤという高所で享受するこの効果は、国内の岩山登山以上に大きい。だからこそ世界最高峰エベレストのような高峰が一般の人々に開放されたのである。
エベレスト単独登山のニュース映像を見ながらこんなことを考えていたが、それと同時に今年の春のマナスル登山のことについても少し考えてみた。マナスルのような8000メートルちょこっとの山を無酸素で登ること自体はそれほど難しいことではないが、世界最高峰エベレスト、チョーオユー、シシャパンマという商業登山が盛んな御三家とも言うべき山から離れると登頂の確率はけっこう低いものなんだなと思ってしまう。しかし、その原因をつきつめて考えてみると、その裏には天候用件以上に頂上まで固定ロープが張られているのかどうか、という問題があることがわかる。その点を考えると、マナスルにはエベレスト登頂者がたくさんいただけにエベレストがどれだけ恵まれた山であるか誰もが感じていることだろう。もしエベレストの最終キャンプから先頂上まで固定ロープがなかったとしたら、未だに難波康子さんが遭難した時と同じ悲劇がたびたび繰り返されることは間違いないだろうが、今は頂上まで固定ロープが張られているのでそれはない。こんなことからも、昔と比べてエベレスト登山がどれだけ易しくなったかということがわかる。
※巻頭エッセイは月一回の発行を目標にしています。
Explorer Spirit 木本哲
- Kimoto Satoshi All Rights Reserved.
Copyright ©2005
本ウェブサイト内のコンテンツの著作権は木本哲に属します。本ウェブサイト内に掲載の記事・写真・図版・映像などの一切の無断転載を禁じます。|目次|プロフィール|国内登山|海外登山|著書・著作|ガイド登山&登攀|映像&撮影ガイド登山
スクール|無雪期|積雪期|企画ガイド|個人ガイド|海外プラン|イベント&直前情報|装備表|日本の山
自然教室|登山教室|岩登り教室|沢登り教室|アイス教室|登攀専科|夢工房|インドア講習|机上講習
募集案内と参加お申し込み注意事項|ガイド山行のお問い合わせ・お申し込み|お問い合わせ窓口(E-mail)
近郊の山と沢|近郊の岩場|周辺の山|周辺の沢|氷雪テクニック|ギア|ウエア|生と死|お便り|リンク
読み物|トピックス|コラム|エッセイ|フォト&エッセイ|フォトギャラリー|サイトマップ|ワールドマップ
雑記帳|会員募集|スポンサー募集|バナー広告募集|スポンサー&バナー広告お問い合わせ|協賛