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Explorer Spirit   巻頭エッセイ 6   ストライカー


ワールドカップサッカー日本対クロアチの一戦で誰もが固唾を呑んだ瞬間があった。高原直泰からフリーでパスを受けた柳沢敦が、がらあきのゴールに間違いなくボールを蹴りこむだろうと思ったあの一瞬のことである。だが、右アウトサイドで蹴ったボールは、無情にも、無人のゴールスペースからかけ離れたあらぬ方角へ飛んでいった。これ以上ないという絶好のチャンスは、一瞬のちにはため息と悔やみきれない大きな落胆に変わったのである。

このとき、柳沢敦は、ボールをアウトサイドで蹴るか、インサイドで蹴るか、迷っていたらしい。おそらくこのとき柳沢が考えるべきは、アウトサイドで蹴るか、インサイドで蹴るかではなく、必ずゴールを奪うという単純な思考だったのだろう。それこそが点取り屋のフォワードに必要な冷静な判断力と集中力を生むのではないだろうか。この失敗を受けて発した「だからこそストライカーは一握りしかいないのだ」と言ったジーコ監督の言葉が、あまりにも大きな落胆を示していたように思う。

これと対極にあったのが日本対ブラジルの一戦で見せた中田英寿の強烈なミドルシュートであった。誰もが諦めてしまっているように見えたワールドカップサッカー日本代表選手たちの一群の中で、何とか点をもぎとろうとあくなき努力をしているように見えた。どうしてそこまでやるのだろう、何が彼をそこまで駆り立てているのだろう――。そう訝ったその先には引退の二文字があった。中田は何としても登りたかったのだ。何としても大きな壁を乗り越えたかったのである。そんな姿を見ていたらふと北極圏バフィン島サムフォードフィヨルドのウォーカー・シタデルで行った登攀が思い出された。

*

北極圏バフィン島のサムフォードフィヨルドの岩壁群に接するのは、僕を含めた登攀隊員全員が始めての経験であった。そのせいもあってか、僕自身、フィヨルドの大きさ、林立するそれぞれの壁の大きさを実感としてつかむことがなかなかできなかった。あの壁が500メートル、この壁が700メートル。あちこちに林立する壁そのものの大きさは過去の登攀記録からすぐに頭で理解することができるのだが、初めて入山するエリアだけに、自分自身が目にしている場所からその壁の基部までの距離感が得られないのだ。当然ながら、フィヨルドの端から端までの距離感が得られないので、壁から離れても、壁に近づいても、壁そのものの距離感がつかめないのである。

この登攀で壁の距離感を最もよくつかんでいたのは最初に登攀を諦めた2人の隊員だったに違いない。物資の補給を目的としたり体調不良を緩和したりすることを目的に再三ベースキャンプに下った2人は、懸垂下降を終えて凍りついた氷床に降り立つたびに、この巨大な壁の実質的な大きさを肌で感じずにはいられなかったことだろう。

おそらく壁の下から見上げると、高度差1230メートルの巨大な岩壁に挑んでいる2人の小さな人影は、そこらの岩を攀じ登るアリよりさらに小さく、ひ弱なものに見えたことだろう。そしてあれほど頑張っているのに登攀距離がまったく延びていなことに落胆もしたことだろう。もし、そうだとしたら、闘志とは逆に萎縮を感じたとしてもしょうがないことである。そして、もしそうだとしたら、その萎縮は二度と巨大な岩壁には戻れない類のものに成長していったことだろうということは容易に想像 することができる。

自分の経験を超えるはるかに大きなものに挑むには経験と闘志が必要である。勝つか負けるかではなく、勝とうが負けようが、いずれにせよ自分自身が持っているすべてのものを吐き出さないことには目標は少しも近づいてはこないのだ。どんなに対象が難しかろうと、この岩壁の難しさは高が知れている。確かに極地の影響を受ける岩壁の登攀条件は厳しいものだった。しかし、ルート図にある通り、最終的に挑んだこのアメリカ隊の登攀ルートの難易度は5.10+、A2でしかないのだ。報告されたルートの難易度に多少感覚の違いはあるが、そう大きく変わるものではない。

カナダ北極圏バフィン島で行う登攀がどうなるか事前にある程度予想することはできたが、あんな形になるとは思いもしなかった。しかし、最初から自分自身ではこんな壁は登れないと思いつつも、僕の言葉に騙されてか励まされてかわからないが、最後まで登攀に参加し、挑戦し続けた若者は、最後には、2人でも十分登れる壁だったね、と感想をもらした。もちろんそんな感想は最後まで自分自身の力で闘い抜いたからこそ会得し、発することができた言葉である。

実は、僕たち2人が悪天候以外の理由で行動しなかったのは、最初に諦めた2人が僕たち2人に代わって上部壁で10メートルあまりルートを延ばした1日と、僕が前進を諦め撮影に専念することに決めたのちに気持ちを切り替えるために取った休養日の1日を合わせた計2日しかなかった。もしパートナーの怪我がなく元気だったとしたら、最後の休養日は返上し、残りの丸2日間合計48時間は白夜という極北の絶対条件を活かして登攀の成否をかけた激しい行動をしていたことだろう。

*

4年に一度のサッカーのワールドカップは、Jリーグの隆盛とともに日本にも深く根付き、多くの国民に間違いなく熱狂をもたらしている。ワールドカップサッカーの日本代表が緒戦のオーストラリア戦に残り10分というところから逆転されて完敗し、トーナメント戦進出に赤信号が点滅したとき、ワールドカップに挑んだ日本代表選手は第二戦目以降そこにどんな意義を見出し、何を求めて闘っていたのであろうか。

※巻頭エッセイは月一回の発行を目標にしています。

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