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Explorer Spirit   巻頭エッセイ 7   ガイドレシオ


国立公園の利用法を考える環境省の管轄下にある社団法人格を持つ唯一のプロフェッショナルガイド(自然ガイド・山岳ガイド)集団としてガイド行為のあり方を整備検討している社団法人日本山岳ガイド協会は、さまざまな問題を抱えている。そのようなさまざまな問題の中の一つにガイド1人に対する顧客人数の比率を考えるガイドレシオという問題がある。これは簡単に言えば社団法人日本山岳ガイド協会が認定する自然ガイドや山岳ガイド1人がクライアント(顧客)を一度に何人まで面倒を見ることができるかという問題である。

現在国立公園地域で自然ガイド・山岳ガイド行為を行って報酬を得ている個人や団体は、社団法人日本山岳ガイド協会認定ガイドのほかに、自称山岳ガイド、NPO法人、エコツアー団体、旅行業団体など多種多様な個人や団体がある。このような団体のうち旅行業団体の一部には日本百名山ツアー登山などで遭難事故が多発したことを受けてツアー登山協議会なる内部組織を作って積極的に登山活動実施時の安全策を模索し、社団法人日本山岳ガイド協会が認定するガイド資格をそのまま受け入れようとしている団体がある。その一方では、旅行業団体のいくつか、特に大手旅行業者のいくつかは相変わらず観光バス一台に収容できる人数を単位として考え、一台分のクライアント(顧客)に対して添乗員や地元ガイド1人という対応で済ませている傾向がある。

このままこの問題を先延ばししていけば、いつまでたっても登山の安全性やオーバーユースという考え方にまったく対応することができず、将来国立公園の利用を考えるときに齟齬をきたすことは明らかであろう。実際、国立公園が世界遺産に登録されたことを受けて、その地域を訪れる人間が急激に増え、後世に残すべく指定した貴重な数々の自然がオーバーユースという形で破壊されつつある現状がある。そういったことを考えると、実のところ、ガイドレシオという考え方は国立公園の適正な維持管理とそこを利用する個人の安全性に大きく影響する考え方なのだということがわかる。

ガイドレシオという考え方は、旅行業者の立場から見れば旅行単価を上昇させる要因でしかないが、クライアントの立場から見れば安全性を高める働きをする。もちろんその効果はそれだけにおさまらない。自然の立場から見れば環境破壊を食い止める働きをし、環境保全を促進する。ガイドの立場から見ればクライアントだけではなく、ガイド自身の安全性も高める働きを担うものである。

数年前、北海道の羊蹄山でツアー登山中のクライアントが道に迷い2人が死亡する遭難事故があったが、そのさいの過失責任はツアー登山を企画した旅行業者ではなく、ツアー登山を現場で実際に指揮したガイドが負うという結果になった。流れからいけば当然の結果といえるのかもしれない。だが、そこには大きな落とし穴がある。

つまり、現場でガイドを依頼された人間は旅行業者との関係で言えば弱者であり、ガイドが季節や状況に応じて自分が面倒を見るクライアントの人数を制限したくともガイドにはクライアントの数を制限する権限がまったくないという事実があるのだ。そこでは営業的に弱者であるガイドは旅行業者からガイドを替えるぞと言われれば仕事を失い、それで終わりなのである。仕事を得るためには危険を承知で出かけざるを得ないのだ。しかし、一方の旅行業者は自分の意のままになるガイドを見つけ出せばそれで済む。そこには儲け第一主義の感覚こそ必要であれ、クライアントやガイド自身の身の安全性を確保する思考など一つも必要ないのである。残念ながら司法の判断はクライアントやガイドの命をないがしろにする方向性を持つ判決でしかなかったのだ。この遭難事故以後も同様の遭難死亡事故が起きていることを考えると、旅行業者側にも相応の責任を持たせる考え方が必要だっ たといえるだろう。

また、ツアー登山同様エコツアーでもバス一台に乗り込むことができる人数が散策やガイドウォークの単位となっている。国立公園や自然遺産に指定・登録するほど貴重な自然を紹介するのに50人、60人の大きな団体で押しかけ、用意されたタイムテーブルに則って自然を容赦なく踏みつけ、拡声器を使ってそこにある貴重な自然の成り立ちを説明する。これでは環境保護団体でなくともこのエコツアーのあり方には疑問を生じるだろう。たとえ貴重な自然に触れてもらい、環境保全・自然保護の意識を高めてもらうという趣旨や目的があったとしても、実はそれはうわべだけの体のいい逃げ口上で、実際にやっている行為は環境破壊でしかない。

「芝の道」ではないが自然は踏みつけに弱い。たとえ少人数が歩いただけでも長い月日の間には立派な道ができる。そこを通る人数が増えたとしても踏み跡をはずさなければ芝の道は広がらずに済むのだが、ガイドの説明を聞こうとすればするほど大人数が一箇所にまとまって横に広がるのが常である。実際そうしたくなるのが人間だろう。その結果、「芝の道」の幅ががどんどん広がっていくのは自明ではないだろうか。また、訪問する人数が増えれば増えるほど土壌が傷み、植物の根を踏みつける機会も多くなる。そうなれば植物はしだいに衰えていく。自然はオーバーユースに弱いのだ。

ガイドレシオという言葉は単純だがそこに含まれる意味合いはあまりに大きい。登山コースや気象条件などに左右されるが、ガイド1人が面倒を見ることができるクライアントの数は知れている。自然ガイドや山岳ガイドの需要が増えるにつれ、かつてガイドが経験した多くの事例を基にそういった仕事に携わっているガイド自身がガイドレシオを決めようと利害を超えて立ち上がった。ガイドレシオ――。聞きなれないその言葉が発する大きな効果は、自然と人間、クライアントとガイドを含めたその双方の命を守る方策を考えるという役割を演じることである。

※巻頭エッセイは月一回の発行を目標にしています。

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