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巻頭エッセイ
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ウォレマイ・パインExplorer Spirit 巻頭エッセイ 10
名前からするといかにもおいしそうな気がするけれど、見たところこいつはちょっと食えそうにない。でもその昔、恐竜はこんな植物を食べて生きていたらしいから人間が食えないとはいい切れない。しかしおいしくはないだろう。ここでいうパインはあくまでパインでパイナップルのことではない。パインはマツ科の植物、針葉樹のことである。このウォレマイ・パインという木はディックソニアという名のシダの仲間と同じで恐竜時代、つまり中生代に栄えていた針葉樹である。今から1億5000万年から2億年前の、恐竜が大地を闊歩していたジュラ紀からからずっと生きながらえている植物の名前である。
このウォレマイ・パインが見つかったのはわずか12年前、1994年のことであった。オーストラリアのニューサウスウェールズ州国立公園野生生物局の保護官であり、ブッシュウォーカーでもあるデビッド・ノーブルが、シドニーの西200キロにあるブルー・マウンテン自然保護区の一部をなす面積50万ヘクタールのウォレマイ国立公園内の降雨林に覆われた山峡で見つけたのだ。
そのときの様子を伝える報道によると、『週末の山歩きをしていた8月のある日、1800フィート(およそ550m)もある渓谷の中へロープで下降して行くと、生い茂った植生の中に42本の見たことのない樹木の一群があった。高さは120フィート(36.5m)以上、幹の周囲は10フィート(3mほど)で、枝の先端には球果があり、表面が泡立ったような樹皮をしていた』という。ここに示す通り発見時はわずか42株だったらしいが、最古のものは樹齢400年ほどだったという。今年は極度の乾燥のためにこの木の自生地付近でも山火事の発生が心配されており、絶滅するのではないかと危惧されている。このような貴重な自然が残っているためかこの地域は2000年に自然遺産に登録された。
このウォレマイ・パインは学名をウォレミア・ノビリス(Wollemia nobilis)といい、発見者ノーブルを記念する学名がつけられたナンヨウスギ科ナンヨウスギ属の常緑の高木である。これと同類の種にナギモドキ(Kauri Pine)、シマナンヨウスギ(Norfolk Island Pine)、ナンヨウスギ (Hoop Pine)、ヒロハノナンヨウスギ(Bunya Pine)、チリマツ(Monkey Puzzle Pine)などがある。これらの種は中生代には南北両半球に広く分布していたらしいが、現在はアフリカを除く南半球にのみ分布し、大陸や島しょを中心に19種が観察されている。これらの種が南半球に広範囲に生育していることから、これはかつて大陸が一つだった証と見られている。
中生代はシダ植物に代わってこのような裸子植物が繁栄した時代であり、中生代末期の白亜紀に被子植物が現れるまで長い間裸子植物は植物の主役の座にあった。ウォレマイ・パインは現在でこそ絶滅寸前の種であるがもちろんかつては進化の先頭を走っていた種である。実際、種子は子供に弁当を持たせて遠足に行った先で成長を促すようなもので、栄養つきの、しかも乾燥にも強い画期的な繁殖器官である。もちろん条件が整わなければ長い間休眠することもできるのだ。このような繁殖法を選んだ種子植物は、3億年前くらいから種子を持たないシダ植物を圧倒し始め、現在まで延々と繁栄を続けているのである。それはシダが湿気の多い場所でしか繁栄できないのとは対照的である。
最初の種子植物は現在のイチョウ、ソテツ、マツやスギが属している裸子植物である。ソテツやマツやスギは何となく葉がとげとげしくて性質が似通っている気がするが、イチョウはこれらとはちょっと性格が異なり一線を画している。しかし、僕たちには馴染み深いこのイチョウ自体も化石植物であり、現生植物としてより化石植物としての方がよく知られている。日本ではだれもがイチョウの存在を知っていたが、西洋ではイチョウが現存しているとは考えられていなかったくらい珍しい植物だったのである。
イチョウの近縁の化石種は古生代から知られ、中生代ジュラ紀の頃には非常に繁栄していたらしく世界的に分布していたようである。絶滅したイチョウ科の植物はイチョウを含め17属あったとされている。現在のイチョウのもともとの自生地の有力候補は中国の安徽省と言われているが詳しいことはわからない。日本には平安時代後期から鎌倉時代にかけて持ち込まれたと見られているが、弘法大師空海の伝説とともに神社仏閣にはたいがい植栽されているので日本人にとってはどの木より馴染みの深い木である。
イチョウは街路樹としても有名で馴染み深いものだが、雌雄異株の植物のため、成長し、開花をするまでその雌雄の別がわからないことから、最近は街路樹としては嫌われる傾向にある。ギンナンの実の種子を覆う肉厚の外皮が熟して腐ったあの匂いが嫌われてしまうのである。子どものころはこれをたくさん拾い集めて中の種をとったものだった。イチョウは葉っぱが大きく、黄葉し、落葉することから広葉樹のように思われがちであるが、実は立派な針葉樹の仲間である。
ウォレマイ・パインが真夏のオーストラリアでクリスマス・ツリーに使われているというニュースからふとこの木に興味を持ちさまざまな思いをめぐらせて見たのだが、北半球でクリスマス・ツリーといえばやはり寒冷に強いモミの木が優勢だろう。僕が住んでる奥多摩周辺でも山沿いにはモミの木がたくさん生えている。モミは都市化が進むとしだいに姿を消すそうだから、モミの木が自生しているところは自然が豊かということになるのだろう。自宅にはランやウツボカズラなど北方系の植物とは違う南方系の植物があるが、青梅の辺りは寒さが厳しすぎるようで、冬を乗り越えるのがたいへんだ。
ウォレマイ・パインは絶滅の回避と種の保存を目指して、昨年から苗木が売りに出されるようになった。珍しさと自然保護意識も手伝って若干値が張るが、人気を博しているようである。インターネットを通じて世界中の人々に庭木や観葉植物としても販売しているようである。この木が神社仏閣を彩るイチョウと同様、庭木やクリスマス・ツリーに活路を見出して庶民の生活に深く関わるようになれば、確かにウォレマイ・パインの絶滅は避けられるだろう。しかし、バイオの時代である今は、すでに発見された植物についてはたとえ自生地が消滅したとしてもまず絶滅の心配はいらないのだろう。
だが、ウォレマイ・パインが発見された付近には希少動物や絶滅が危惧されているそれ以上に貴重な動植物が生息している。さらにまだ発見されていない動物がい、植物があるかもしれない。ウォレマイ・パインの発見が自らの生命とかけがえのない地球の動植物の保護に役立てばこれほどすばらしいことはない。その資金を人間の知恵とウォレマイ・パイン自らが持つ希少価値が作りだしている現実を知ると何やら絶賛したくなる。希少動植物の自生地の保護を訴えて活動する自然保護官や植物学者らの壮大な夢に心から敬意を表したい。彼らの夢に乾杯。メリー・クリスマス!
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