Explorer Spirit 木本哲の世界 巻頭エッセイ&後日談目次 アルパインクライマー アルパインガイド Satoshi Kimoto's World
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1 ウィルダネス
成長したチータは、短距離なら時速113キロで走るところが観察されているそうだ。しかもチータの一歩は7メートルだという。スピード表示があまりに違う自分の記憶はあてにならないが、チータは狩にはやはり自分の足をあてにしないわけにいかない。チータがほかのネコ族と違うのは、足の爪が引っ込まないことである。だが、これが走るスピードと大きく関わっているようだ。チータのネコのような顔も、獲物との距離感がつかみやすく、スピードを出して獲物に突進するのに都合よくできているのだという。チータとオオカミとどちらが速いのか、この場では優劣はつけがたいが、こと長距離となると、とてもオオカミには適わないのだろう。チータは持ち前のスピードで獲物を追いかけるが、500メートル前後で獲物の追跡を諦める。イヌイットが、オオカミはタフだと言ってるぐらいだから、オオカミはそうそう簡単に弱音はかないのだろう。
これに対して、百獣の王と言われるライオンは時速50キロ前後のスピードしか出ず、ライオンが獲物としているヌーやシマウマなどより、実は走るのが遅いのだという。しかし、ライオンはトップスピードに達するのにわずか3〜4秒しかかからないらしい。それが狩を成功させる大きな力になっているらしい。ライオンのあの太い足を見ればそれも頷ける。あの太い足には強力な筋肉がついているのだ。ライオンはさとられないように背を低くしてできるだけ獲物に近づき、獲物が動きだすまえにトップスピードに達し、狩を成功させるのだ。動物はそれぞれ自分の持ち前を活かして狩をしているのである。百獣の王ライオンの狩の成功率がもし100%だとしたらたいへんなことだが、他の動物が簡単につかまらないようなしくみになっていることを知ると、自然の妙に驚かされる。
チータの名前は、「斑点のあるネコ」を意味するヒンズー語からきているらしい。チータの顔の作りや柔軟性はネコそのものに思える。そのせいか、チータのようなネコがいたら飼いたいものだと思ってしまう。チータは獰猛な割にかわいらしく見える。そんなチータに似たワイルドキャットが欲しい。
アルパインクライマーとして狩に臨んだウォーカーシタデルの岩壁にはそれほど大きな難しさを感じていたわけではないし、寒気も想像していたほど強くはなく、気分的には相当の余裕があった。皆が登る気になっていたらかなり早く登攀を終えることができただろう。しかしすべてのアルパインクライマーがそう感じていたわけではない。やはり大きな自然の前では人間の弱さばかりが目だち、当初は持っていたのかもしれない登ろうという意志は薄弱となり、最後まで前面にでてくることはなかった。
どんなに大きな岩壁であっても強い意志がなければ、挑むことはできても登ることはできない。人間の心の動きや葛藤を見ていたら、あそこまで登ることができただけもよかったなと胸をなでおろしているというのが実感だし、僕の本音でもある。この登攀で得た一番の収穫は最も信頼できるイヌイットに出会えたことなのかもしれない。アルパインクライマーとしてはちょっと寂しいことだけど……。
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