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巻頭エッセイ後日談3
Kimoto Satoshi Alpine Climbing School
No.3 雪庇
大日岳の遭難事故は主任講師の過失を問われる形で決着しているが、言い換えれば、遭難事故の発生状況によってはガイドはもちろん山岳会のリーダークラスの人間の過失をも訴えることが可能だということかもしれない。大日岳遭難事故の主任講師と講習生との関係は山岳会のリーダーと新入会員との間に生ずる関係よりよほど山に対する理解は深いはずだから 。大日岳の遭難事故の推移は国の控訴によってどうなるのか見当が付かないが、過失責任は変わりはないだろう。控訴によって賠償金の金額がどの程度になるのかといったところが争点になるのだろうが、成り行きを見守りたい。判決の内容は自分が考えていたものとそう変わりはなく、納得できるものだ。
遭難事故の原因となった雪庇の崩壊に関して言えば、雪解けという自然現象がある限り、いつかは必ず崩壊するものであることは自明である。だから雪庇崩壊の危険を避けるには雪庇に近づかないに越したことはない。事故を誘発しないためには雪庇に近づかないこと――。これが唯一の対策である。この考えを基にすることができて初めて雪庇に対する登山技術が生まれてくる。
この遭難事故を通して雪庇崩壊のメカニズムが少しでも明らかになれば事故は減る。しかし、どんなに雪庇崩壊のメカニズムがわかっても雪庇による遭難事故を完全になくすことはできない。遭難事故の原因は自然現象だけではなく、人間の側の考え方にもあるからだ。いわゆるヒューマンエラーの問題も大きいのである。ヒューマンエラーを減らすことはできても完全になくすことは難しい。でも、この遭難事故のいちばん大きな問題点は、遭難事故を減らす目的で開いたリーダー講習会で遭難事故が起きたことである。登山の目的から考えると最大限の注意を払わなければならないのは明白だし、そこに存在する危険を最小限にする手立てに問題があったのは事実だろう。
裁判の結果は原告の主張にも被告の主張にも組しない中立的な立場から判断したものだったが、この遭難についてはもう一度詳しく考えてみようと思っている。報告書を読んでいてへえーっと思ったこともあるからじっくり考えてみるつもりだ。裁判そのものにはそれほど興味はないが、裁判を通して浮かび上がってくるものには多大な興味がある。それは、それらの事実一つ一つが危険の多い山で生き抜く術を考えさせるきっかけを与えてくれるからである。
Explorer Spirit 木本哲
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