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巻頭エッセイ後日談4
Kimoto Satoshi Alpine Climbing School
No.4 商業登山
ヒマラヤ登山の現状を知っている人は皆これらの状況を理解しているけれど、一般の人は何も知らない。エベレストに登ったと言えば、自分でルート工作をして、自分の力だけで登ったと思うに違いない。まさか頂上までフィックスロープが張ってあって、ただそれをたどればいいだけだなんて誰も考えやしない。まして頂上まで延ばしたフィックスロープを誰が張ったのかなど考えもしないだろうし、一般の人には興味すらわかない問題だろう。でも、エベレストや周辺の人気がある山のノーマルルートの現状はどこもかしこもそんな状態だ。難波康子さんが遭難した当時のようにサウスコルから頂上までフィックスロープが張っていないとしたら、今でもあの当時と同じような遭難事故が起きるだろうし、現在の入山者数を考えると当時よりもっと大きな大量遭難が起こる可能性だってある。
山野井泰史がアマダブラム西壁を登って一般ルートの南西稜に抜け出したとき、一般ルートには頂上までフィックスロープが張ってあったという。フィックスロープが張ってあるとないとではその先の行動に要する負担は大きく異なる。フィックスロープがあればどんな状況に見舞われたとしても心に余裕が生まれる。フィックスロープを頼って進むのはだれにとっても容易な行為なのである。ましてそれを利用するのが経験深い登山者ならなおさらのことなのだ。
頂上まで張り巡らしたフィックスロープのおかげでアマダブラムやエベレストの登頂率は格段に上がったし、危険も小さくなったが、それでもフィックスロープの切断事故でクライアントが亡くなるという遭難事故がたびたび起きる。つい最近もアマダブラムであったばかりだ。どんなに安全率が高まっても100%の安全などないのが山の世界だと思い知らされる一方で、本当に山が持つ難しさに挑戦をしようと思っている人はそのような山とは違った場所に出かけているのが実際のところである。冒険に値する場所は人があまり入らないところ、人が目をつけないところにこそある。
ちなみにエベレストの今年の登山状況はたった1日だけで500人もの人間が頂上に立つありさまであった。その混雑具合は真夏の富士登山のようなものかもしれない。たぶん、遠くから見ると、登山者が灯すヘッドランプの明かりが麓から山頂まで繋がっていたのではないだろうか。
Explorer Spirit 木本哲
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