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No.8 低気圧
山岳ガイドとアシスタントガイドの2人が5人の顧客を連れて山に登るという構成は特におかしなものではないが、5人の顧客のうち4人もの人間が山で死んでしまうというのは、どう考えても、誰が考えても納得いくものではないだろう。どうやったらこの現実を理解することができるのだろうか。

また、僕としては山岳ガイドの資格のあり方に携わっているだけに、山岳ガイドの資格やアシスタントガイドのガイド資格がどうなっているのか、2人のガイドの研修履歴はどうなっているのかが気にかかる。実際、ガイドが関わる遭難事故が起きたときは、社団法人日本山岳ガイド協会に警察署からそういったガイド資格の有無やガイド研修の履歴、ガイドになる前の山行経験の履歴などの照会がある。ガイド行為は社会的に認められつつあるが、同時にガイドの責任も厳しく問われる時代になりつつある。やがて、現在自称ガイドとして活動している人にとっては、国際的にも、国内的にも、かなり厳しい現実が訪れることになるのかもしれない。

*

そもそもこの登山は紅葉見物を兼ねて白馬岳に登るのが目的だったようで、富山県の祖母谷(ばばだに)温泉から清水(しょうず)岳を経て、白馬岳山頂に位置する白馬山荘まで約11時間をかけて登るつもりだったらしい。10月7日午前5時10分、小雨の中、祖母谷温泉を出発した一行は約9時間余で標高2603メートルの清水岳に着き、ここまではほぼ予定通りの行動で余裕さえあったという。

白馬岳地形図

彼らの行動をそのまま時刻に直すと清水岳到着は14時10分ごろになる。この手前から白馬岳までは遮るものが何もない稜線で、山岳ガイドの言によれば、雨はみぞれに変わり、午後3時半ごろには猛吹雪になったのである。同日に遭難事故が起きた奥穂高岳では、7日昼過ぎから雪になり、氷点下になるほど冷え込んでいたという。これは2983メートルにある奥穂高岳山荘の主が発した情報である。長野地方気象台によると、7日午後9時の高層気象観測時点において、日本の上空3000メートル付近では風速25メートルの強風が吹いており、北アルプス山頂付近の状況について同気象台は「7日の日中も山沿いでは風速20メートルを超える強風だったとみられ、相当強い吹雪になったと推測できる」とコメントしている。

この日は祖母谷温泉を出発したときからずっと雨だったのだから、清水岳の先、白馬岳までの稜線を歩いていたときは最早体が濡れていたはずで、そのときの気温は白馬岳より南に位置する奥穂高岳の状況から気温の逓減率を考慮して推察すると、どう見ても清水岳山頂に至った段階で摂氏2.4度は下回っていたと思われる。風速は10メートル以上あるという状況であるから、風速1メートルにつき1度下がるといわれる体感気温はどんなに低く見積もってもマイナス10度からマイナス20度くらいにはなっていたはずである。それを考えると、稜線の歩行が、当初の予想よりはるかに過酷な条件を備えたものに変化していたことは間違いないだろう。これに登山の疲労が加わるわけだから、清水岳では余裕があったという顧客の体力が風の強い稜線歩行で一気に失われていったと思われる。おそらく彼らはこの稜線を体力的にも、精神的にも限界に近い状態で歩いていたのだろう。

大町署が山岳ガイドから電話で聞いた話によると、7日は午後2時すぎから吹雪になり、着衣が凍りついたような状態になったという。これが事実なら清水岳から先はずっと吹雪、しかも氷点下だったことになる。顧客1人が生還しているのでこの間の天候や疲労の度合いの状況は山岳ガイドと顧客という二つの立場から見た事実がやがて明らかになるだろう。猛吹雪になった当初は、7人は一丸となって歩んでいたようだが、やがて姉妹はかけていた眼鏡が凍り付いて曇り、歩みが遅れ始め、山岳ガイドを含めた3人と、アシスタントガイドを含めた4人との距離が開いていった。

山岳ガイドはほかの4人を先に行かせ、その後、ビバークするために、姉妹を横たわらせツエルト(簡易テント)をかぶせようとしたが、強風でツエルトが飛ばされ、3人のザックで姉妹の体を覆い、自らは救助要請のため午後4時半ごろ、その場を離れたという。ツエルトは皆でかぶるものでかぶせるものではない。かぶせたり包んだりするのは遺体や荷物である。僕の経験では意識の薄い人間はツエルトを抑えていることなどできないからツエルトが風に飛ばされたのは当然のことと理解できるが、3人のザックで姉妹を覆ったところで寒気を防ぐ効果があるとは思えず、そういったことを平然と口にしてしまうところが理解できない。報道ではこの姉妹2人の状態をビバークしたという表現で報じていたが、とてもそんな状況ではなかったろう。このあと、姉妹と離れた山岳ガイドは、稜線に出てから約50メートル登った場所で、先行していた4人グループと出会ったというが、そのときは既にメンバーの1人が倒れていたという。

山岳ガイドは7日午後5時半ごろ、山頂直下の2840メートルにある白馬山荘に「吹雪が激しくなって、行動が取れなくなった」と救助を求めたそうだが、救助に向かった山小屋従業員によると、4人はツエルトをかぶってうずくまり、1人は声をかけても反応がなく、もう1人はうなっていたのだという。現場周辺はあられ状の雪が横なぐりに降り、視界はほとんどなかったらしく、真っすぐ歩くことも困難な状況で、反応が弱かった1人は、白馬山荘より近い2730メートルの頂上宿舎に収容されたのだが、山小屋へ向かう途中で動けなくなったという。

救助された先行グループの3人は頂上宿舎に収容され、そのうち1人は収容先で死亡した。おそらく過度の疲労とストレス、低体温症によって命を絶たれたものと思われる。9日になって姉妹2人の遺体を発見し収容した救助隊の話によると、姉妹が斃れていたのは宿泊予定先だった「白馬山荘」から約300メートル離れた地点だった。斃れた顧客は皆山小屋と眼と鼻の先で斃れたと行っても過言ではない距離で命を絶ったのだった。

6日にこの一行が泊まった富山県側の山小屋の従業員は、出発前、山岳ガイドに「雨ですけど大丈夫ですか」と声をかけたと記事に書いてあった。その際、山岳ガイドは2年前の同じ時期にも、雨の中、同じルートを登った経験を挙げ、「大丈夫」と答えて出かけたのだという。このコースの走破にはかなり自信があったのだろうが、2年前と条件がまったく同じだから大丈夫だとだれが言えるだろうか。自然は毎年同じようなリズムで変化していくが、いつも同じとは限らない。今回はちょっと予想が外れただけだといえばそれまでのことだが、その代償はあまりにも大きい。コースを走破する自信は必要だが、過信は自惚れを招くだけで登山にはそぐわない。山岳ガイドに必要なものは過去の経験を活かして現在の行動を精確に判断することではないだろうか。奇しくも7日は低気圧が最高度に発達し、冬型気圧配置が最も強まった日であった。

※遭難者の行動を理解するには精確な情報が必要だが、ネットで拾った情報をもとに情報を取捨して再構築したものなので、必ずしも正確とはいえないが、白馬岳遭難の粗方の行動は理解することができるだろう。現時点では、情報が錯綜しているが、いずれ整理されるだろう。

白馬岳の遭難事故に限らず、穂高岳や五竜岳、小蓮華岳などあちこちで起こった事故はみな天気のことを考えていない遭難事故だった。自然に向かう者として必要な基本的な事象に眼を向けていなかったのだから、自然が行ったこの仕打ちは甘んじて受けるべきものなのだろう。しかし、人の命はそんなに安いものではないと思う。ガイドはもちろん登山者にはどんな状況に陥っても生き抜く方策を考えられる力があるかどうかが重要になってくるが、それには目的地に縛られない柔軟な心を持つことが必要になってくる。僕は遭難事故が起こるたび命の値段を考えることがある。ガイド料は安ければいいという人が多いのは事実だと思う。だが、それは自分自身の命の値段でもあるのではないだろうか。

自分が関わった遭難ではないけれど、疲労凍死に陥る典型的な行動と気象のパターンだから、他人事とはいえ何だか割り切れないものが残ってしまう。もっと命を大事に扱おうよ……。

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