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Explorer Spirit   巻頭エッセイ 8   低気圧


10月初旬の連休中、台風並みに発達した低気圧のせいで強い冬型気圧配置になり、吹雪に見舞われた北アルプスでは遭難事故が多発した。前穂高岳と奥穂高岳を結ぶ吊り尾根で2人、西穂高岳と奥穂高岳を結ぶ稜線上のジャンダルム付近で4人、白馬岳山頂付近で7人、小蓮華岳で1人、前穂高岳頂上直下で1人、五竜岳で1人、剱岳で1人、そのほか御嶽山で1人、北海道の旭岳で1人などこの低気圧が原因と思われる遭難が重なった。秋口は春口とともにこうした気象遭難事故が多いのが特徴だが、またもや起きたかという印象はぬぐえない。

この時期、日本の脊梁山脈はぐんぐん気温が下がり、天気が悪くなれば氷雨になり、下手をすれば雪が降る。ずいぶん前に南アルプスの北岳で雪が降ったと聞いていたので今年は冬の訪れが早いなと思っていたのだが、台風の影響で天気が大荒れになりそうな気がした週末の山は、台風の直撃は避けられたものの、秋雨前線上に発生した低気圧に、南西から進んで来た台風16号がぶつかって低気圧が発達し、その上南東から進んできた台風17号がこの低気圧に収束し、発達中の低気圧がさらに発達して思わぬ結果を招いた。

前線と台風というどうみても悪天が予想される状況で、行程の長い、しかも稜線が細く歩きにくいコースに出かけるという感覚が僕には理解できないが、彼らにはこういった天気図でも危険という意識は生じないのだろう。僕は、どちらかといえば、沢登りでけっこう痛い目にあっているので、天気が気にかかる。その気持ちは、天気予報ではなく、天気図が見たい、知りたいという気持ちを起こさせる。そして、その気持ちは、晴れ・曇り・雨の別を表示しただけの天気図を見ることができない天気予報ではなく、低気圧や高気圧の動きや前線の位置がわかる天気図を見ることがでる天気予報を見たいという気持ちを強く起こさせる。それは、そこから今後の天気の変化を読む、つかむという癖がついているからである。だから、今回のようなこうした気圧配置では最初から感覚的に無理な行動ができない。

もちろん僕自身は天気図から得られる情報を積極的に利用して、台風や低気圧が来る前に山登りを終わらせたり、台風や低気圧の進行速度や方向によっては登る場所を変えたりする。天気図は地形図と同じで、その中にさまざまな情報がある。だから天気予報より天気図の方が気にかかるし、推理小説にも似た天気図を読むのが好きだ。それだけに脊梁山脈に雪と強風を伴う悪天が予想されるこうした気圧配置のもとで無防備な登山装備で行動を続けている人がいることに驚かされた。そして、遭難者の中には山岳ガイドがいるパーティーもあると報じられていたのでいっそう驚きを隠すことができなかった。それは10月7日の土曜日のことであった。

この時期になると紅葉と共に運がよければ初雪を愉しむことができる。僕自身もそういった天気を見計らって山登りをすることがある。しかし、初雪を愉しむだけなら秋口の暴風雨が予想されるときは避ける。こんなときは稜線では風が強まるのが当たり前だし、自分自身の体そのものがまだ寒さには慣れていないので通常よりさらに低い気温に感じてしまうのが普通だとわかっているからである。しかも氷雨やみぞれや湿った雪は体温が最も奪われやすい最悪の条件である。こんな天気ならまだ乾いた雪の方がよっぽどましである。

この時期、下界では風がなければ気温が上がり暖かくなるので山上の寒さは忘れがちだ。紅葉が真っ盛りのときでも悪天下の稜線は氷点下や氷点下に迫る気温になるのが普通で、そこに寒気が流入するとなれば雪が降るのも普通である。ナナカマドの赤い葉に雪が積もった情景は写真のモチーフとしてよく見かけるが、秋を想像するのは容易でも、冬を想像するのは難しい。だが、こんな時期にひとたび悪天にあえば、低体温症や凍傷の危険に晒されるのは当たり前である。強い風はそれらの危険をさらに助長し、遭難事故が起きやすくなる。

悪天直後の穏やかな日は雪を愉しむ余裕が生まれるが、低気圧が発達して冬型の気圧配置になりそうなときはそんな余裕など生じない。冬型気圧配置が強くなれば吹き出しを伴って北から寒気が流入し、山は一気に真冬の装いになる。もし吹き出しが強ければ悪天は長時間続き、悪天の直後にたとえ好天が訪れたとしても、真冬と同じで強い風が残る。3000メートルの山上の気温は海抜ゼロメートルの気温と比べれば単純に考えても18度近く下がる計算になる。新聞の天気予報欄を見ると、7日の金沢の予想最低気温が16度で、最高気温は18度である。3000上空の気温はそれぞれマイナス2度と0度ということである。これでは3000メートル近い稜線はみぞれか雪だ。低気圧はまだ発達中だから気温はもっと下がるかもしれない。秋から冬に変わり行く中途半端な時期はとりわけ天気に注意しなければ簡単に命を落とす場面に出合うことが多いが、下界にはまだ暖かさが残っているだけに登山者には危機感が生じない。しかし、少なくとも人の命を預かる山岳ガイドには危機感が必要だろう。

このような時期に遭遇する氷雨や体に纏わりつく湿った雪の中で、ツエルトもなく着の身着のままで一夜を過ごすのはよほど体力がある者でも厳しいことを考えると、中高年では何をかいわんやである。携帯電話の改良と基地局の増設による通信網の発達で救助要請は簡単にできるようになったが、自然が持っている厳しさは変容したわけではなく、そこにそのまま存在する。当然ながら、天気が悪く視界が利かないときや好天が訪れても強風が吹き止まないときは、救助要請があってもヘリは出動できない。

そんなときは地上から救助に向かうのが普通だが、天気自体が悪いのだから、それもすばやく確実に遭難現場にたどり着けるとは言い切れず、相応の時間がかかるのは否めない。自分自身の持てる力だけが頼りの世界で過信や装備不足に甘んじるのは、実は、危険を増大させるだけである。どんな遭難事故でも遭難者全員が無事救助されることを願って止まないが、秋口や春口の悪天下のもとでは遭難者自身を取り巻く状況はかなり厳しいというのが現実だ。

*

10月初旬の週末は、冬型気圧配置のせいで日本海に近い脊梁山脈では雪を伴う大荒れの天気になった。この悪天で剱岳の室堂では50センチの積雪があったというし、白馬岳では20〜30センチの積雪があったという。10月6日の金曜日は、前線上の低気圧と台風16号から変わった熱帯低気圧が一つになって関東南岸で発達し、東京都心でも強風を伴う悪天だった。翌7日土曜日は、この発達した低気圧が台風17号から変わった熱帯低気圧を取り込んだうえ、三陸沖でさらに発達し、日本列島は強い冬型気圧配置になった。これによって関東地方の天気は急速に回復し、青空が広がったが、青空は冬晴れそのものの姿であった。

太平洋側の好天を見込んで岩登りにでかけた山梨県の三つ峠では10月9日月曜日の朝方まで風が強く吹き荒れる有様で、目の前には冠雪した富士山山頂が見えていたが、北アルプスは雲の中にあり、10月8日中に北アルプスの遭難者が救助されるのは困難と思われた。翌9日の朝には遠くに真白に輝く北アルプスの峰が見えたが、峰の白さに驚かされると同時に絶望が垣間見えた。

本州南岸の前線の活動が活発になっており、四国沖の低気圧が連休初日の10月7日にかけて発達しながら東北地方に進む見込み、という防災気象情報は10月5日の夕刻に気象庁から発表され、この低気圧が日本列島に与える影響がなくなる10月9日まで11回にわたって発表され続けた。日本の脊梁山脈では発達した低気圧に吹き込む風の影響を受けて悪天が予想されただけに天気図に注意していれば一般的な山岳ガイドなら無理な行動はしないだろうと考えていた。だからこそ、こんな悪天の中で行動するくらいだから白馬岳の遭難事故はツアー登山で日程通りに強行した遭難事故なのではないかという思いがあったのである。だが、日曜日8日の早朝にはそれが知見のある山岳ガイドが関わる遭難事故だと知った。

山岳ガイドとアシスタントガイドという編成の2人のガイドがいながら顧客5人中4人が死んでしまった結果を見据えると、何とも痛ましい遭難事故で胸が痛む。行動の途中で登山を中止するチャンスはそれこそ何度もあったろうにと思うのだが、何が彼らを死が潜む頂上へと駆り立てていったのだろうか。標高が上がれば氷雨はみぞれに、みぞれは雪に変わることは誰でも想像がつくだろう。もしそれに気がつかなかったとしても山岳ガイドは山小屋を出発する際にそう声をかけられたのだからそのような状況を想像しながら歩くことは可能だっただろう。たとえ日中は雨でも午後遅くなれば雪に変わるというのもごく普通の変化であるからそういったことを考えながら歩くこともできただろう。特に山岳ガイドという顧客の安全を確保する仕事に従事する者にとっては、気象は必ず気にかけねばならない基本的な事象である。

映像で伝えられる山岳ガイドやアシスタントガイドの姿は、僕が想像していたよりもずっと元気で不思議な気がしたが、彼らは顧客の命を守るためにどんな行動をしたのだろうか。行動概要や山岳ガイドが顧客に対して行った安全管理はしだいに明らかになるだろうが、会見で山岳ガイドが受け答えていた通り、天候判断に甘さがあったのは否定できない事実だろうし、もちろん行動自体にも甘さがあったのは否定できない事実だろう。前線上の低気圧と台風の融合――。これは台風の湿った暖かい空気が前線や前線上の低気圧を活発にさせる典型的な悪天パターンである。相手は台風である。なぜ山岳ガイドはその恐れを考えなかったのだろうか。山岳ガイドの判断は顧客の命をも左右する重大なものであるが、それがこんなにもはっきりした形で現れるのは珍しい。残念なことに、それは異常ともいえるほど顧客にとっては取り返しのつかない痛ましい遭難事故となってしまった。

山岳ガイドはその日の目的地まで危険を避けながら顧客を安全に誘導する役割を担うが、目的地に行くか行かないかはルート上に潜む危険や天候、顧客の疲労度などを総合的に勘案し、判断して山岳ガイドが決めうるものである。実際、山岳ガイドにそこまでの権限を持たせてもいいと思う。それは顧客の命を守るために必要なものである。その重要な判断の代役を果たすからこそ山岳ガイドの責任は重いのだ。途中から引き返す判断を下すときは顧客からの突き上げがある場合も確かにある。北海道羊蹄山のツアー登山の遭難事故はそれが遭難事故発生の一因になっているのだという。だが、どんな場合であっても山岳ガイドには正しい判断が求められる。

かつて同じ時期に北アルプスの立山で大量遭難があったが、軽装の登山者が山小屋のすぐ近くで死亡していた事例を思い出す。しかし、そのときには遭難したパーティーに山岳ガイドはいなかった。山岳ガイドがついていながらこのようなことになったのは同じ仕事に携わる者として痛恨の極みである。

※巻頭エッセイは月一回の発行を目標にしています。

低体温症  凍傷

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