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Kimoto Satoshi Alpine Climbing School近頃の冒険
登山の質は道具に大きく左右される。
近年大きく変化した道具はアイスクライミングツールであり、シャルレのパルサーというアイスアックスが世に出たあたりから、ピック打ち込み時に指の関節を氷壁に打ち付けることがなくなったばかりか、シャフトにカーブがついてピックを氷に突き刺すのにそれほど大きな力がいらなくなった。というよりむしろピックを打ち込む時の力をセーブすることが打ち込みの重要なポイントになったのである。それと同時にフッキングが容易に行えるようになり、アイスクライミングはフッキングを多用した登り方に移行し、氷壁の登り方がすっかり変わってしまった。
そうした技術はもちろん岩登りにも変化をもたらし、手はアイスアックスによるフッキングやトルキングが主流となり昔風の岩をつかんで登るというスタイルは時代遅れになった。つまり登攀はドライツーリングが主流となったのだ。
新たな道具の出現はツールメーカーの間にも競争を生み、DMMのプレデターやエイリアン、シモンのナジャといったさまざまなアイスクライミングツールを生み、回りまわって、シャルレのクォークを生んだ。クォークの出現はフッキングをさらに確実容易なものとし、クライミングそのものを大きく変化させ、さらにさまざまな道具を生み出した。この間の登山の発展はジェフ・ロウの著書アイス・ワールドがヒントになるだろう。
こういった用具の発展を受けていっそう盛んになったドライツーリングは登山史の上でも新たな境地を生み出した。それはヴィンス・アンダーソンとスティーブ・ハウスの2人が行ったナンガパルパットのルパール壁に拓かれた新ルートの開拓に端的に現れている。それは8000メートル峰で、なおかつ4000メートルというヒマラヤでも最も大きな標高差を持つ壁が8日間のアルパインスタイルで登られたという記録であった。
彼らが登ったナンガ・パルバットのルパール壁セントラル・ピラーは高度差4100メートル、M5/5.9、WI4というグレードを持つ。ナンガ・パルバットという山を知っているだけにすばらしい登攀だと思う。それは羨ましさを持つと同時に自分も挑戦してみたいという気持ちが頭をもたげてくる登攀である。
このスチーブ・ハウスは極めて困難な登攀ルートとして知られているマッキンリー南壁のチェコダイレクト(スロバキアダイレクト)や僕が20年以上も前に登りたくてしょうがなかった標高差が3000メートルもあるフォーレイカーのインフィニット・スパーを25時間という短時間で登っている。このインフィニットスパーも5.9というグレードを持ち、天に向かってまっすぐに延びるすばらしくきれいなルートである。また、2004年には、7000メートル弱のカラコルムの岩峰K7の新ルートを41時間45分という短時間で、しかもソロで、フィックス・ロープもボルトも使用せず、ギアを詰めたわずか3.2キロのバックパック一つだけというスタイルで登ったのである。
技術の習得や体力の獲得は登山中の危険を小さくするとともに新たな挑戦を生むが、道具の進歩と発想の斬新さがそれを可能にする。冒険は経験が育んだ知恵と技術と体力と勇気がなければつとまらない。そんな彼は国際山岳ガイドでもある。だから装備が少ないからといってもちろん安全を疎かにしているわけではない。僕は根っから冒険や探検に興味があるからこんな登攀行を見せつけられると僕も登りに出かけたいと思うけれども、そんな思いを抱く人間は数少ないのかもしれない。でも、少なくとも国際山岳ガイドになろうと思う人間にはこれくらいとは言わないまでも、歩きを主体にしたヒマラヤ登山ではなく、これに似た大きなスケールを持つ岩壁やミックス壁の登攀ルートの完登経験が欲しいよなと思ってしまう。
Explorer Spirit 木本哲
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