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雑木林を彩る早春の花はカタクリをおいてほかにはないだろう。早春に花をつけ、雑木林を新緑が覆い、樹冠によって林床の光が遮られるころにはその姿はもう過去のものだから、早春の寒さを敬遠してぼやぼやしていると花の時期を逃してしまうばかりか、カタクリという植物自体にお目にかかる機会も失ってしまうことだろう。昔は、雑木林の存在そのものが炭や薪、堆肥の原料となる落ち葉を得る場所として人間の生活に密着していたものだったから、雑木林の隅々まで手入れが行き届き、あちこちでその姿を見ることができたが、生活の都市化や化学肥料の流通によって雑木林の価値が下がり、手入れが滞ったまま放置されていることが多くなったうえ、雑木林そのものが減ってきている今は、都会ではそう簡単に見ることができない貴重な花になっている。雑木林はあるだけではどうにもならず人間の手が加えられないと活性化しない林なのである。カタクリ・奥多摩

カタクリ 絵=橋尾歌子

ユリ科カタクリ属の多年草。日本の山野に広く自生する。カタクリの花被片は6枚。そのうちの3枚が花びらにあたる内花被、残りの3枚ががくに当たる外花被。花から突き出しているのは6本のおしべと1本のめしべ。花は陽春の短い命だが、たった一つの花を咲かせるまでに何年もの年月を要する。しかも地上にあるのはわずか2ヶ月ほどで、1年のうち10ヶ月は、日差しとは何の関係もない地下で生活をしているのだ。カタクリが自生する夏緑樹林の成立は今から3000万年前というから、カタクリはこの期間に発生と進化を繰り返し、現在の姿になったのである。

もののふの八十をとめらが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花 大伴家持

『万葉集』にこう読まれたものが載っているので、それこそ万葉の昔から大きな紅紫色の花が人の目を引いていたのである。この花は、そばに近づいてよく見ると、花の中央付近、ちょうど折り返しの内側あたりにMの文字を思わせる模様があるのに気づく。花言葉は「気がかり」だという。ほかの植物が生い茂る前に芽を出し、花をつけ、実を結ばなければならい。そのちょっと控えめな生活のせいで、時の移ろいが気になるのだろうか。カタクリは大きな群落を作るので見栄えのする植物であるが、赤紫の群落の中にときどき白花のカタクリを見つけることがある。

カタクリは種を結び、その種が芽を出し、成長し、色鮮やかな花をつけるまで、少なくとも7年から8年もの歳月を費やす。わずかひと月の間に芽を出し、成長し、受粉して実をつける。他人の目を気にしながらそれほど厳しい環境の中で生活しているだけにそう簡単に花をつけるには至らないのだ。その成長過程はまるでセミの一生を見ているかのように思わせる。この世を謳歌するのは正に一瞬だ。花の色が鮮やかなのもわかる気がする。

カタクリは、受粉にはハナバチやアブ、有名なところではギフチョウの協力を得る。そして成熟した種子の散布にはアリの協力を得る。ちなみにギフチョウは日本の特産種で、昔はダンダラチョウといっていたらしいが、発見、採取された岐阜県丹生川村の地名からギフチョウという名をつけたらしい。

話がそれたが、実はカタクリの種子には、アリに嗜好性を持つエライオソームという付属体が備わっていて、それを巣に持ち帰るアリがカタクリの種子の散布を手伝っているのだ。というより手伝わされているのだ。花の少ない時期に蜜を与え、また好物を与えることで、動物の成長と引き換えに、自分たちの子孫の繁栄と群落の形成を維持しているのである。そんな方法をどうやって思いついたのだろうか。だが、春先に見られる実生の数は前年度に生産された種子の十分の一にも満たないのだという。

奥多摩でカタクリの開花が有名な山は御前山(1405m)である。御前山と月夜見山との間にある小河内峠から先、惣岳山山頂付近までの斜面にはたくさんの群落がある。陽春のころの植物だから、一見日差しが当たりやすい南側斜面に群落を作りそうな気がするかもしれないが、実は、自然の中では北斜面や北東斜面に多い。植物の成長条件に優れた南斜面は、背の高いほかの植物の方が優勢となり、自分が出る幕を見出せないのである。日陰者のカタクリだが、その存在を誇示するかのように大きな花をつける。

以前、奥多摩ビジターセンターのボランティアをやっていて、春先の催しで、「御前山のカタクリの花を見る会」に何度か行ったことがある。そんな催しや個人的なガイド山行で何度も御前山を訪れたが、カタクリが咲く斜面を注意して見ていると、ときどき深くえぐられた盗掘のあとを見つけることがあった。カタクリは環境を選ぶ花だから、移植しても花を咲かせることはもちろん、咲かせ続けるのも難しい。カタクリは球根に栄養がたまらなければ花をつけない。栄養をためることができず、栄養をただ消費するだけだとしたら、2、3年もすればカタクリ自体が消失してしまう。心無いことをして一人楽しむより、豊かな心を持って現地で接する方が何倍も楽しいだろう。花の季節が訪れるたびに現地に赴けば、季節の移ろいを実感することができるだろうし、自分自身の張りや衰えさえ感じることができるだろう。

どなたかこの「奇妙なエビ」の名前をご存知時ですか?

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