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ズガ
(ヤマビル)

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オオカミなどシカの個体数を左右する天敵が絶滅していなくなったうえ、シカの固体数が増えているにもかかわらず、長い間メスジカの狩猟だけは固く禁じられていたから、シカそのものの個体数が激増している。自然は命を奪うときに弱ったものや年老いたものなど生存競争に打ち勝ちにくい弱者から先に選んでいくが、相手がオスかメスか、大人か子どもかは選ばない。ところが、人間が絶滅させたオオカミに代わってシカの固体数を調整しようと考えた人間は、メスジカは子を生むから殺すのはかわいそうだという発想から、オスジカばかりを選んで間引きをしてきた。だが、人間が行うそんな選択は間抜けでしかない。自然はオスジカ一頭がいれば多くのメスジカが子を身ごもるようにできている。そんな自然の摂理の中で増加したシカの大群とともに生息域を拡大しているのが「ズガ」である。

この「ズガ」という言葉はネパール語でこの吸血動物を指し示す言葉であり、日本語で正確に言えば「ヤマビル」である。ネパールでは雲霧林が広がる4000メートル近くまでズガがいる。3000メートル程度まではたくさんいるからいつの間にか慣れっこになってしまい、日本でヤマビルを見てもちっとも驚かなくなった。

ヤマビルがいったいどんな動物の血を吸っているのか探るためにヤマビルを集め、ヤマビルが吸血した血液のDNAを調べたところ、シカ50%、イノシシ20%、人間15%という結果が出たそうである。残りの15%はサルやノウサギなどの小動物だと思われる。ヤマビルはそういった動物たちの血を吸って生きている。ヤマビルは動物の血が得られなければ繁殖できないし、生きていくこともできないのだ。こうしてみるとヤマビルの生存には人間もずいぶん手を貸しているように見える。

丹沢では、以前から東側の谷太郎川周辺にはヤマビルがたくさんいたが、水無川や寄沢などでは少なかった。実際長い間ほとんど見かけたことがなかった。しかし、今はそういったところにもヤマビルがけっこういる。ヤマビルはシカの移動とともに棲息域を確実に広げていることが窺われる。房総半島で行った調査では、シカの足先に有穴腫瘤(ゆうけつしゅりゅう)といわれる穴をあけ、そこにヤマビルが入り込んで半寄生の状態(調査した157頭のうち63頭〔40.1%〕に寄生)で吸血していることが明らかになったそうである。この特殊な穴に入ることによって、ヤマビルは脱落せずにたっぷりと時間をかけてシカの血液を吸収し、シカの移動に伴って、遠くまで移動し、分散し、拡大をしているというわけである。

このヤマビルは大きいものでは腹いっぱいになるまで2ccほど血液を吸うらしい。小さいものでも少なくとも1ccは吸うそうだ。微々たる量といえばそういえるかもしれないが、けっこうな量といえばそうともいえる。実際ヤマビルが体についていることに気がつかずにズボンや靴下が真っ赤になっているのを見ると、相当血を吸われてしまったのではないかと考えてしまう。

吸血する血液の量が多いか少ないかは別にして、ヤマビルに取り付かれていちばん困るのは吸血したあとの傷口からの出血が止まらないことである。これはヒルジンという成分で血液が凝固するのを抑えているために起こる現象である。ヒルジンにはモルヒネににた作用もあるというから、血が吸われていても本人はとんと気がつかないわけである。ヤマビルに献血したのちヤマビルが体を離れた際は、傷口の出血が止まるまでにそこから少なくとも1ccほど血液が流れ出るらしいから全体の失血量はけっこう多い。

ヤマビルに取り付かれていちばん最初に皮膚を噛み切られるときはチクッとした痛みがあるから、この痛みにさえ気づけば血液を吸われる前にヤマビルが体についていることに気づくが、一生懸命歩いていたりほかのことに気をとられていたりしているときにこんな微かな痛みを感じてもほとんどの場合気がつかない。ヤマビルの襲撃に気がつくのはたいがいたんとご馳走を進呈した後なのである。

ヤマビルにかまれた傷口は逆Y字型になる。だから傷口を見れば傷つけた犯人はすぐにわかる。血が止まっても厄介なのは、この傷口がくっついたあとも患部はしばらく発赤の状態で残り、この間完治するまで何度となく患部が痒くなることである。痒みに負けてかいてしまうとけっこう続けてかいてしまうことになる。

ヤマビルに取り付かれているのを見つけた場合は、すぐにヤマビルをつまんで剥がすことが重要である。薄気味悪く、ヤマビルを手でつまんで剥がすのがいやなら虫除けスプレーを使うといいが、そんなことをするより引っ張った方が早い。しかし、ヤマビルもけっこうな力で吸い付いているので剥がしにくい。ヤマビルを剥がしたあとの傷口はヤマビルが吸血するのに利用したヒルジンなどの体液のために血液が凝固しなくなっているので、傷口周辺を圧迫して血液を押し出すようにし、ヒルが吸血する際に出す体液を洗い流してしまえば大丈夫である。そのあとの傷口には抗ヒスタミン剤を塗っておくとよい。

ヤマビルに取り付かれないようにするにはズボンを靴下の中に入れるなどしてヤマビルが体の表面にくっつきにくい条件を作るといい。目が粗い織り方をしている布地の場合は何とか中にもぐりこもうとするので、目が粗い織り方をしているものは避けたほうがよい。ときどき靴の中にまで侵入することがあるが、歩くときに生じる摩擦熱で乾燥して死んでしまうことが多い。ヤマビルは乾燥には弱いのである。侵入を防ぐという意味ではショートスパッツをして歩くのもいいだろう。そのうえから忌避剤または虫除けスプレーをかけておけばおおむね侵入を防ぐことができる。市販の忌避剤だけではなく虫除けスプレーも効果がある。もちろん効き目が持続する時間に差はあるだろうが。

ヤマビルは生まれたままの状態からまったく吸血しなくても5ヵ月は生きていられるそうだし、一度吸血してしまえば相当長生きするらしい。ヤマビルの寿命は2、3年のようだから、一度ヤマビルが大発生すると少なくとも4、5年の間はうじゃうじゃいることになるのだろう。たとえヤマビルを駆除したとしても、ヤマビルの数が落ち着くまでには10年近くかかるのかもしれない。

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