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登山をやっていて困ったことがあまりないというのは、好き嫌いがないという点が大きいのかもしれない。食べ物に対してもそうだし、人間に対してもそうはっきりした好き嫌いはない。嫌いなものがない代わりに特別好きなものもないのである。
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ずいぶん昔に、親父が、僕が飼っていた鶏を潰すことになったとき、それを見ていた僕は、一時鶏肉が食べられなくなったことがある。しかし、そのうち、そのときの記憶が薄れたのか、しだいに鶏肉も食べられるようになった。今では親父と同じように、自分で鶏を潰して食べることもできるのだから、現金なものだ。
食べ物では、その後、ヨーロッパでサラミにはまり、あまりに食べ過ぎてどうにも脂が鼻について抜けなくなり、大好きなサラミが食べられなくなったことがある。しかし、これも1年ほどすると回復した。だから食べ物に関しては、今のところ嫌いなものは思い浮かばない。好き嫌いに不安があるとすれば、ただ一点を挙げることができるのだが、今もそれが嫌いかどうかはわからない。好きか嫌いかわからないというそれは動物である。それは関東にはいない。関東ではまだ見たことがない。その動物がなぜ嫌いなのかと問われても、正確な表現はできない。ただ単にそれがどうしても嫌いで嫌いでしょうがないのだ、としか言いようがない。それが嫌いになったのは、親父に 、そいつに小便を引っ掛けるとチンチンが腫れるぞ、と脅されたからかもしれない。でもそう言われるずっと前から嫌いだったような気がする。しかし、嫌いなのはそいつだけで、それと同じクラスのサイズのものを手で掴んでもどうということはない。たぶん僕は、そいつが持つ、紫がかった青い金属光沢が嫌いだったのだと思う。
そんな色をした大きなミミズが雨上がりの山道に何匹も横たわっているのを見ると、鼓動が高鳴り、足がすくんだ。そんなときは、遠回りをして逃げた。逃げ場がないときはしかたないから思い切り突っ走った。そのミミズが山道に出てくるのは、雨が降っているときやその直後、その翌日など湿度が高いときが多かったから、そんな日はそいつがたくさんいそうなところには行かないようにしていた。しかし、そのような日を避ければまずそいつに出くわすことはない。そいつは青光りする体長20〜30センチほどのミミズである。悪さをするわけではないが、多いときには薄暗い山道に何匹ものた打ち回っていた。同じようなサイズのミミズは、ウナギ釣りのえさにするのに土を掘り返して捕まえる手伝いをしたこともあるぐらいだから、やっぱりそいつが持っている独特の色彩が嫌いなのだろう。今思えば、たかだか色が違うだけなのだから、捕まえて遊んだところでどうということもないのだろうという気がするのだが、やっぱりちょっと寒気がするかもしれない。ヘビはいくらでも捕まえられるのに、それより小さな無毒のミミズが捕まえられないはずがないのだが……。
写真 シーボルトミミズ 実物大程度かな。福岡教育大学の福原達人助教授のホームページから。山とは違った感動がある。そんな大嫌いなミミズだが、それが何と言う名前のミミズなのかずっと気になっていた。しかし、どんな本を見てもなかなか名前を調べることができなかったので、そのうち気にもかけなくなっていた。関東に出てきてからは、そんなミミズは見たことがないのですっかり忘れていたが、あるときふと本の中でそのミミズが紹介されているのを見つけた。そのミミズの名前を知ったのは実は最近のことである。かれこれそいつとの出会いから40数年の月日が流れていた。
そいつの名前はシーボルトミミズという。名前を知ると、大嫌いなミミズも、何だかかわいく思えてくるのが不思議である。昔、子どもの友達が庭で草むしりをして積んでおいた小さな山やその下の土を掘り返してミミズを探しながら、「ほらみておじさん、ミミズの卵があるよ。僕、大きくなったらミミズ博士になるんだ」と言う場面に出くわしたことがある。子どもの心は真っ白である。
親が嫌いだ、汚いから捨てなさいとさえ言わなければ、子どもは純な心で自然に親しもうとする。そう考えると、たぶん僕がシーボルトミミズが嫌いになったのは、親父のせいのような気がする。もしあの子がこのミミズを見たらなんと言うだろうか。「おおきいねー。きれいだね」と言うかもしれない。自然に親しむには、身近な動植物の名前を覚えることから始めるといい。しかし、たとえ自分がそいつが嫌いであったとしても、それを子どもたちに押しつけてはならない。
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よくよく考えてみると、どうも裏山で一人で遊んでいて、林の中が突然暗くなり、雨が降り出しそうになったときや降った直後などにシーボルトミミズをよく見かけたような気がする。青光りする不気味な色とそんな暗いイメージがよりいっそう怖さを掻き立てたのかもしれない。よく見ると意外にかわいいのかもしれない。