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囲炉裏や火鉢は家の中で火が楽しめてとてもいい。でもこれらの火が部屋全体を快適な温度に保つことはない。実は囲炉裏や火鉢による暖は火元から離れるとけっこう寒いのである。焚き火もこれとまったく同じで、暖かいのは火のそばだけなのだが、焚き火は燃え上がる炎を見ているだけでも楽しい。沢登りをしていて何が楽しいといって焚き火の時間ほど楽しいものはないのだが、燃え方が落ち着いてちろちろ燃える火は、どこか心にも落ち着きをもたらしてくれる。どうやら火には孤独と恐怖を忘れさせてくれる大きな力があるらしい。
登山で焚き火と同じ効果を持つものにガソリンコンロがある。今はめったにお目にかかれなくなったが、MSRは北米でよく使われる。昔使っていたホエブスやスベア、オプチマスといったコンロは、勢いよく燃えるときに出るあの力強い音が何とも頼もしく思えたものである。実際、勢いよく燃えさかる音を聞いているだけで身も心も暖かくなった。
ところが、焚き火をしたりガソリンコンロを燃やしていたりすると時おり眼が痛くなることがあった。煙が眼にしみるというあの状況である。ガソリンコンロをテント内で使っているときはプレヒートするときからそんなことがあったせいかよく入り口を開け、テントの空気を入れ替えたものである。だが、あるときからガスコンロが主流になって急に音が静かになった。それと同時に煙が眼にしみることも少なくなり、空気の入れ替え回数が減った気がする。
実は、こういった眼に対する刺激は空気を入れ替える必要性を知らせてくれていたし、火を使うときは必ず新鮮な空気を取り込まなければならないという意識を知らず知らず植えつけていたものだが、今は火が人に優しくなって、火が持つ本来の怖さを忘れさせる。そのせいかたびたびテント内で一酸化炭素中毒による死亡事故が起きる。
普通、炭素を含むものが燃焼すると二酸化炭素を生じるが、酸素が不足した状況下で燃焼が起こると不完全燃焼を起こし、一酸化炭素が発生する。この一酸化炭素は人間に対して強い毒性を見せ、少量の吸入でも死に至らしめる可能性が高いものである。
僕たちは普通呼吸によって体に酸素を取り入れる。このとき酸素は血液中のヘモグロビンと結びついて体の隅々まで運ばれている。ところが、このヘモグロビンは酸素より一酸化炭素と結びつきやすい性質を持っている。実際、ヘモグロビンは酸素の250倍も一酸化炭素と結びつきやすい性質を持っているのである。ヘモグロビンは複数の酸素を運んでいくことができるが、たとえ一つでも一酸化炭素が結合したヘモグロビンはほかに酸素を持っていたとしても酸素を放出しにくくなるという性質があることから一酸化炭素とくっついたヘモグロビンはその段階で役に立たなくなる可能性が高い。そうなると体内では必然的に酸素不足が起こることになる。
実際、酸素を体の隅々まで運ぶ役割を演じている赤血球中のヘモグロビンが、酸素ではなく一酸化炭素を運んでいたのでは酸素不足になるのは当たり前の話で、誰もが納得できるだろう。空気中に漂う一酸化炭素の濃度は100ppmで頭痛、1000ppmで死亡する可能性が高いということである。
一酸化炭素中毒になった場合の治療法は酸素を吸入するしかないので、重症の場合、登山中に起きればほとんど助かる見込みはないと言っても過言ではない。一酸化炭素中毒を防ぐにはこまめに換気をほどこすという至極当然な方法しかないことは忘れてはならない。また、万が一にも一酸化炭素中毒を起こしたときは新鮮な空気を吸わせるしかないが、一般的な環境下では、ヘモグロビンとくっついた一酸化炭素を半減させるだけでも4〜6時間かかることがわかっている。もし高所登山中などの理由で手近な場所に酸素ボンベがある場合はすぐに酸素を吸わせるのがいい。ガモウバッグが手近にある環境なら高圧環境下にして酸素を充満させて吸入させるのがいい。純酸素の利用はその回復時間を三分の一から四分の一ほど短縮させる効果がある。さらに2、3気圧の圧力をかければ劇的に回復する。逆に言えば純酸素を使ったとしても半減させるのにそれだけ時間がかかるということであり、死は意外に近いと認識せざるをえない。
寒さを防いだり火力を上げるためにテント内でコンロを使うことが多いが、一般的にテント内では火気の使用は厳禁である。実は食事の準備さえ屋外で行うのが登山やキャンプ時の鉄則なのである。それにも関わらず燃えやすいものがたくさんあるテントの中で一酸化炭素中毒が起こるというのは、コンロの使用ではまず考えられないので、たいがいランタンの使用で起きるものと思われる。ランタンは明かりが取れるうえに暖房ができるという利点があるが、密閉したテント内は機密性が高く、ランタンの燃焼によってやがて酸素不足に陥る。そうなれば無味無臭の気体は人間が気がつくより早く牙を剥く。特に雨や雪が降っている状況下ではテントの生地が湿り、よりいっそう酸素不足に陥りやすい環境になるので注意が必要である。
密閉した四、五人用テント内でガスコンロを燃焼させると、6分後には頭痛がする100ppmに達し、18分後には死に至る濃度に達するとの実験結果がでている。死に至るまでの時間はあまりに短い。寝るときにコンロの火をつけっ放しにする人間はさすがにいないだろうが、そのときにはランタンの火も一緒に落とさなければならないというのはキャンプでは鉄則である。もしその鉄則を守らなければ、火を落とす替わりに命を落とすことになってもしょうがないだろう。
一酸化炭素中毒になったときは換気が必要である。しかし、重症の場合一刻も早い治療が必要である。
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山で起きる事故は寒気不足が原因です。炎の出る器具を使っている場合は30分から1時間おきに喚起する。これが鉄則です。一酸化炭素中毒が悲惨なのは、脳ばかりか、心臓、肝臓、腎臓など多くの大切な臓器を痛めつけてしまうことです。予防は寒気すること。ただこれだけしかありません。
自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています。「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山もさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと
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