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登山中に骨折する状況は想像できないし、したくもない。骨折は、どこの部位を骨折するにしてものちの登山活動に大きな影響を与えることが容易に想定できるからである。特に首や背骨、骨盤、脚など体幹に骨折を追った場合の危機は重大である。たとえ骨折かどうか疑わしい場合でも、強い痛みがある場合は、歩行が可能であったとしても、できるかぎり登山者を歩かせないようにしなければならない。歩行によって患部に過度の力がかかれば、脊髄損傷が起こる可能性もあるからだ。骨折によって四肢に痺れを感じる場合は、脊髄が圧迫されている可能性が高く、絶対に安静が必要である。この場合、登山者を動かすのは専門家に任せた方がよい。

開放骨折や骨折部位に傷がある場合は出血の程度が問題になるが、大量出血の場合は止血を優先させる。いずれにしても傷口から細菌に感染する恐れがあるため、応急処置を施したのちはヘリコプターによる搬送を考える。骨折の場合、歩かせることによって、もし骨折部位のずれが大きくなれば、ギブスによる治療で済むところが手術をするはめになってしまう。基本的に体幹部の骨折が疑われるときはヘリコプターによる搬送を考えることが重要だ。遭難者をヘリコプターに備えたホイストで吊り上げるにしても、見通しがいい場所が必要なので、周辺に開けた場所があれば確認しておくことも必要になるだろう。そうは言っても、人を1人を搬出するというのは大変な作業であり、周辺の地形の状況が悪ければ事はいっそう簡単には進まない。登山者は、少なくとも常日ごろから転倒しない歩き方を身につけ、足腰を支える筋肉を鍛え、骨折する事故を起こさないよう努力すべきである。

骨折の応急処置は変形した患部を固定することである。上記内容から固定すべき患部は四肢に限られる。四肢の固定方法は骨折部位を中心に前後の2関節を固定する。患部の固定にはサムスプリント(簡易的な副木)、副木、枝、ストック、杖、新聞紙など手近にある硬いもの、あるいは硬くできるものを考える。

上肢は、原則的に手の甲を前に向けた状態で固定し、前腕を三角巾で吊り、さらに三角巾を体幹に固定する。肘や膝などの関節を骨折した場合は伸ばした状態で固定する。足首は90度に保って固定する。

肋骨の骨折は骨折した骨が肺など内臓に影響を与えなければそれほど心配することはないが、患部に圧痛を感じ、呼吸が苦しくなるのが普通である。鎮痛剤を投与して登山を続けることもできるが、一般的には下山した方がよい。骨折によって気胸や肺挫傷を起こした場合は深刻だ。このような場合はヘリコプターによる搬送を考える。

骨折の経験は二度ほどあるが、骨折部位周辺の痛みのほかに、生理的な現象として吐き気を催すことがある。僕には二度の骨折ともそのような生理現象が現れた。登山中の骨折の経験は、パキスタンの岩峰グレート・トランゴ・タワー登攀時に小さなミスから肋骨を一本骨折したことがある。6300メートル峰で2000メートルの高度差を持つ垂直の岩壁を登攀中だったので事後の処置が大変だったが、平地で感じるのと同様に息苦しさや患部周辺には圧痛があった。通常は腕を上げるだけでも痛くて痛くてたまらないので、ホールドにぶら下がって体を引つけたりレイバックをしたりして岩を攀じ登る動作はとんでもない苦痛を伴った。骨折した状態でルートをリードして登攀を続けるのは墜落の危険が高まってさすがに根性がいった。

しかも夜寝るために起き上がった姿勢から横になるだけでも激痛を伴うし、その逆の動作も激痛を伴う。おまけにシュラフを引き上げたり引き下げたりする動作にまで痛みが伴い、登攀以外の動作も反吐が出そうなくらい辛い。特に朝は重なる疲労も加わって体が硬直し、硬直した体を運動ができる状態に持っていくだけで大変な苦労をした。骨折した当初は寝る前の治療と起きる前の治療とに多大な時間が必要となり、それを解決するには睡眠時間を削るしか方法がなかった。そのうえ患部そのものの痛さのために満足に睡眠することさえできなかったのだ。日帰りならまだいいが、長期の場合、登山の継続は勧められない。

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