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登山の総合商社

アルパインクライミングという言葉を使う場合、一般的には大きな山の中で行う無雪期の登攀や積雪期の登山・登攀を指す。日本ではいわゆるホンチャンのことで、無雪期、積雪期を問わず大きな山の中で行う登攀を指す。この言葉が持つもう一つの意味はフリークライミングという言葉の対としてのアルパインクライミングである。

もともとヨーロッパアルプスでは魔物が棲むと恐れられていた山が次々に登られるようになると、簡単に登れる山がすぐに底をつき、マッターホルンに象徴されるようにもっと難しい山の頂を目指すようになった。アルプ(高所に広がる草原)を出でてその先にある未踏の頂を目指したのである。これがアルピニストの出現とアルピニズムの台頭である。

最もやさしいルートから登る初登頂争いが一段落すると、やがてそれより難しい未踏の尾根に興味が移り、新たなルートから登頂することが試みられるようになり、バリエーションルートが開かれ始めた。だが、それとて数は少ない。そこで自然な流れとして興味はしだいに未踏の尾根から未踏の壁へと移っていった。ヨーロッパアルプスの雪線は低いので夏でも雪が降る。日本に置き換えればそんな気象条件の中で行う登山や登攀がアルパインクライミングと置き換えると理解しやすいが、日本の場合、高度が3000メートルたらずの山しかないので主に登攀のみがそれに当たる。

アルパインクライミングを実践しようとすれば、縦走やフリークライミングはもとより、氷雪の歩行や氷雪の登攀(アイスクライミング・スノークライミング・ミックスクライミング)など、あらゆる分野の登山技術が必要となる。時にはアプローチの段階で沢登り技術さえ必要になることがあり、アルパインクライミングは登山の総合商社的存在といっても過言ではないだろう。

その意味では、技術もさることながらさまざまな登山経験も重要な成長要素になる。特に積雪期は自然条件が一段と厳しくなり、一面を覆う雪が過酷な労働と的確な判断を要求するうえ、凍傷や雪崩、雪庇踏み抜きなど無雪期には考えられない危険が生じ、体力・知識・技術・経験の有無で登山の成否が大きく左右される。しかし、積雪期は無雪期以上にルートを切り拓いて突き進む醍醐味が味わえる。

3度の1年生時代

山登りを始めたのは30年ほど前である。初めての山が西黒尾根から谷川岳に登って、いわお新道を下山。次が裏妙義縦走。3回目が丹沢源次郎沢の沢登りだった。すべて晩秋の山行である。もともと物心つく前から裏の藪山で遊んでいたため、どれもこれもたいそうなことをしている感覚はなく、山遊びの延長のような軽い気持ちしか湧いてこなかった。

しかし、山登りに岩登りというジャンルがあることがわかると気持ちが動き、翌年、岩登りをするために山岳会に入った。ところが、そこでは岩登りより沢登りをすることの方が多かった。沢登りでは、滝をどう登るのか、瀞や釜をどう突破するのか、雪渓をどう通過するのか、現在地や天気をどう判断するのかなど、その時々の判断が直接ルートの難しさや登山の成否に結びつくことを学んだ。また、しとしと雨でさえ水嵩が急激に1、2mあまり増水することがあることを身をもって知った。

沢を登って別の沢を下れば1日に何本も踏破することができた。沢登りはそれなりに面白かったし、好きだったのだが、どうしても岩登りがしたくてたまらず、岩登り中心の山行ができる山岳会を探した。しかし、このときはまだ雪に覆われた山に行こうなんて微塵も考えていなかった。南国育ちのせいか雪山には漠とした怖さがあり、抵抗感を拭えなかったのだ。とにかくその頃は乾いた岩場で岩登りがしたかったのであり、雪山には興味を持てなかった。

新しい山岳会では水を得た魚のように岩場に通った。はじめのうち、新人同士で登る場合はゲレンデしか許可されていなかったので、できるだけさまざまな岩場を訪れるようにした。もちろん沢登り同様、単独でも岩登りに行った。秋になって初めて新人同士で谷川岳一ノ倉沢に入り、烏帽子奥壁や衝立岩、コップ状岩壁などのクライミングルートを登ったときは、本番よりゲレンデの方がはるかに難しかいんだなあ、と思った。

冬山への進出は、冬も岩登りができるのか、という驚嘆の思いで始まった。そこには素手で攀じ登る無雪期とは違った、アイゼンと手袋をつけて攀じ登る積雪期特有の難しさがあった。難しさへの挑戦――。これこそがアルパインクライミングの真髄ではないだろうか。

登ってもらいたいエリア&ルート

@城ヶ崎・小川山・湯河原・湯川などのクラックルート
アルプスやヨセミテの大岩壁群はもとより、グレート・トランゴ、トランゴ・ネイムレスタワー、ウォーカー・シタデルなど世界各地の辺境の1000mを超える大きな壁を登る場合に欠かせなかったのがクラッククライミング・テクニックである。ルートの長さや持っているギアの数によってあらかじめ戦略を立てなければならないので、経験は必須である。

A越沢バットレス、三つ峠、御在所岳、小川山などのマルチピッチのルート
アルパインクライミングでは登攀時間の短縮が欠かせない。登攀時間を短縮するには卓越したクライミングテクニックだけではなく、アンカーのセットやロープワークなどもスムーズに、しかも確実にできなければならない。

B谷川岳一ノ倉沢烏帽子奥壁南稜
登攀ルート本体より、一ノ倉沢出合から南稜取り付きまでのアプローチと南稜終了点から一般縦走路に出るまでを合わせた方が長いし、意外に悪い。トータルな力を要求されることが実感できる1本だ。

C剣岳チンネ左稜線
長大な長次郎雪渓を登って、池の谷ガリーを下り、三の窓雪渓上部にそびえるチンネへ向かう。ルート自体の難しさはそれほどではないが、上半の垂壁の登攀からいくつものピナクルを越えていくリッジの登高は、壮大な景観と相まって、岩と雪の殿堂と謳われた剱岳の大きさを実感させられる。登攀終了後、剣に登頂して下れば文句のつけようがない。

D北岳バットレスDガリー〜第4尾根
壁を抜けると日本第2の高峰の山頂という絶好のロケーション。明るい雰囲気もなんともいえない。途中で1回マッチ箱のコルへ懸垂下降をしなければならないが、それがまた緩んだ気持ちを引き締めてくれる。梅雨時に行けばお花畑が満開だが、好天をつかむのが難しい。

E八ヶ岳赤岳主稜
冬期登攀の入門コースはこれをおいて他にない。技術的な難しさはあまりないが、寒さは一級品である。無雪期に集中的に岩登りトレーニングを積めば、阿弥陀岳北稜などと継続させて登ることもできるだろう。

    『アルパインクライミング1年生のために』
 
岳人2004年4月号執筆記事の一部に加筆し、掲載しました。

自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています
「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山も 低山から高山までさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中
……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと

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