Explorer Spirit 木本哲の世界 雑記帳 登山と登攀 アルパインクライマー・木本哲 アルパインガイド・木本 哲 Satoshi Kimoto's World
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北岳バットレス第4尾根
Kimoto Satoshi Alpine Climbing School
北岳 3193m
北岳に登頂したのが何年前のことだかはっきりしないが、北岳の登頂が北岳バットレスの登攀ルートからであることは間違いない。先日北岳バットレスに一緒に登った人が、北岳に登るのは初めてだというのでそんなことを思い出した。もちろんその人も北岳に初めて登頂するのに北岳バットレスの登攀ルートから登ることになった。
夏場に一緒に行くのは初めてなので、集合段階からいろんな話をしつつ何となく今現在の体力を探る。そんな話の中でわかったのは、彼が登山を始めたのはわずか2年前のことだということだ。実際に歩きつつ体力を探ると、彼の年齢は僕より上だが、歩くこと自体は個人山行でしっかり歩いているので、見ていて安心できる。
実際のところ、クライアントがどのくらいのスピードで歩けようとそれほど関係はないのだが、ガイド登山というにわかパーティーが持つ力量を正確につかんでおくことはガイドにとって大切なことである。そこから得る情報によっては今後の行動計画を練るのに役立つ。クライアントの体力が強ければ強いなりに、また、弱ければ弱いなりに、もう一歩上のレベルを目指して行動することができるのだ。
白根御池小屋までの行動は余裕でこなすことができたので、第4尾根の登攀は、迷わず下部岩壁を登り、末端から登ることにする。白根御池小屋は雪崩による崩壊後に建て直し、真新しくなって快適だ。テント場が広くなってこちらも快適そうなのでテント山行もいいなと思う。テント山行自体はやりつけないとつい敬遠してしまいがちになる。
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翌朝の白根御池小屋出発は当初の予定通り午前3時起床、準備が出来次第に出発することとした。空は満天の星だ。今日も暑くなりそうだが、ここ2、3日の気温よりはましだろう。
cガリー、dガリー寄り下部岩壁には先行パーティーは見えない。bガリー経由のパーティーがどのくらいいるのかが問題だが、bガリー経由の取り付きとなる上部のクラックまでは問題なく進むだろう。自分がどれくらい早く登ることができるかが、僕たちのパーティーのスピードの目安となる。
第4尾根末端から登るのは面白いが、そうやって登るパーティーは少ない。ガイド山行ではそれ以上に少ないだろう。たまたま第4尾根下部を登攀中に落石があったが、今回はたまにはdガリー大滝でも登ってみるかと思ってとりついただけに、あんなすさましい落石にあったらと思うとたまらない。dガリーにいても、第5尾根にいても、その周辺のルートであっても危なかっただろうと思わせる落石だっただけに、タイミングが悪ければ死傷者が1人2人出てもおかしくはない状況だったが、人出が少なかったのが幸いした。
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第4尾根は傾斜が緩く、特別問題になるようなパートはない。途中で先行パーティーを抜いて、登攀を終え、頂上に着いたのは午前9時だった。新品のソーンスリングと安全環付カラビナをみごとに残置されたが、登攀自体は何事もなく無事終わった。クライアントには、事前に、回収できるものは何でも回収してくるよう伝えても回収し忘れてくるところが初心者そのものだ。初心者は、登攀に余裕がなくて周りの状況に目が届かないか、誰かが自分たちのためにつけておいてくれたのだろうと考えるのが常だ。今回は後者だった。新品のソーンスリングに何も疑問を抱かないところが間抜けといえば言い過ぎかもし れないが、事の発端はスリングに自分たち自身の命がかかっていることを理解できないことにあるのは間違いない。
頂上で写真を撮りましょうかといったが、それにはあまり興味がないという。自分の記憶の中にしまっておくと言っていたが、僕自身もあまり頂上で写真を撮った記憶がない。クライアントのためにもできるだけ撮るようにしないとだめだとは思うのだが……。
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北岳から下山中、大樺沢二股あたりにヘリが飛んできていて、どうやら事故が発生したように思えたが、実際、下山中の一般道で滑落事故があり、不運にも千葉県の女性が命を落としたらしい。登山はどこで事故が起きるかわかったものではない。一般ルートだから事故が起きないという保障はない。どんな登山者も万が一のことを考えて山岳保険には入っておくべきである。自分は大丈夫だと思っていても、万が一のときに迷惑がかかるのは自分自身ではなく、家族や一緒に山歩きをしている友人なのである。山登りをする以上、最低限山岳保険に入っておくのは彼らに対する思いやりではないだろうか。今回のクライアントもガイド山行をするまでは無保険で歩き回っていたらしい。もっともそんなシステムがあることすら知らなかったそうだが、山岳保険のシステムを知るとすぐに加入したという。
頂上を後にして、白根御池小屋に戻り、小屋の方に先ほどの遭難事故の顛末を聞く。ちょっとありえない珍しい事故だが、起きたものはしょうがない。事実は奇なり。外で一息ついていたとき、事故が起きたグループの一行が白根御池小屋の従業員の先導で小屋に到着したが、まだ気持ちが混乱しているだろうから心配だ。彼らが安全に下山することを願うばかりだ。
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山登りは、歩かないと事が何も運ばないだけに、僕たちは重い腰を上げ、下山の途につく。広河原山荘に着いたのは午後12時調度だから、頂上からは3時間の下降だった。クライアントは地図を広げてコースタイムを確認していたが、早く下りれるものなんですね、と言った。山はしっかり歩くことさえできれば、行動はどうにでもなるものである。初心者がどういった形で経験を身につけていくかは、実は、経験者次第なのである。普通のことをやっていれば、普通のことしかできないし、少しだけレベルを上げる行動を積み重ねれば、その少しの差がとんでもなく大きなものとなり、さらに大きな発想を生むことになる。無理せず力をつけていくことが大切だ。もし、僕が初心者にアドバイスできることがあるとすれば、真に経験豊富な人について学ぶといい、とだけしかいいようがない。だが、学ぶべきその人が真に経験豊富な人かどうかは見かけだけではわからない。
2日目行動 白根御池小屋03:00起床〜dガリー〜第4尾根末端〜第4尾根〜北岳09:00〜広河原山荘12:00
確かに快速下山だったのかもしれないが、行動に無理はなかった。どうやら体に支障はなく、クライアントは今日も手前の駅で電車を降り、二駅が三駅分を歩いて会社へ向かったらしい。下肢障害を持つ僕にとっては、都会のアスファルトやコンクリートの道を歩くことは足に大きな負担をかけるここと同じ意味を持ち、トレーニング効果より逆の体を痛める効果の方が大きい。そのせいもあってか、僕は近くの店に行くにも車に乗ることが多く、都会ではあまり歩くことがないというのが実情だ。だからクライアントのそのような日々の努力には頭が下がる。それに負けじと、最近は僕も15分〜30分程度の歩行で間に合うならできるだけ歩くようにしている。山と違って、僕は都会では水を離れた魚そのもののようだ。だんだん低レベルの話になっていくから、この話は、ここらで止めておくことにしよう。
自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています。「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山も 低山から高山までさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと
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