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ロープ操作と結び目

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登山は何が起こるかわからない――。そんな漠然とした不安を抱く人がいるかもしれないが、一般的な整備された登山コースを歩いている分には途中で岩稜や岩壁あるいは氷雪が出てこない限りそう切羽つまった心理状態になることはない。しかし、登攀となると話は別で、目の前のルート上に変化がなくても切羽つまった状態がたびたび出てくることがある。それは一つ一つの行為が深く人間と関わりあっているからである。

たとえば、登攀では基本的にロープを使うから登山をするのに必要になる道具も多くなる。こういった道具の一つにハーネスがあるが、ハーネスをつけるときにベルトの折り返しを忘れてしまったり、ロープをハーネスに結びつける途中で話に夢中になって中途半端のままで手が止まってしまいロープの結び目が不完全のまま登り始めてしまったりということが現実に起こる。あるいは懸垂下降の支点に使ったテープスリングの結び方を間違えてしまったり、懸垂下降用ロープの結びを丁寧にやったつもりが実はやりすぎで過ぎたるは及ばざるが如しということわざを地でいく信じられない事故が起こる。登山とは違って登攀の事故は大きな事故に繋がりがちで、そのまま間違いに気がつかずに体重をかけると墜落してしまうということが起こるのだ。さらにかけてはならないという約束事があるボーライン・ノットの輪にヌンチャクをかけてセルフビレイをとったりと目先のことに気をとられてやってはならないことをやってしまったりするさまざまな話を聞く。いずれも大きな事故に繋がりかねない行為であり、実際に墜落して大怪我をしたり、死亡事故が起きている現実がある。

登山時の作業に比べたら登攀時の作業は人間自身が関わる項目が圧倒的に増え、複雑な動きをしなければならない数も雲泥の差である。それら作業の多さや動きの複雑さは事故の発生率を押し上げる。だからこそ登攀は登山以上に危険が伴うのであり、一歩間違えると大きな事故に繋がってしまうのである。けがならまだいいがその多くは間違い=死という方程式が成り立ってしまう。

先日大岩壁で岩登りをしていたところ、こんなことがあった。フォローは経験が未熟でハンギングビレイがうまくできなかった。そのためフォローはリードして登る人間の登攀スピードにあわせたロープ操作を行うことができず、ロープがうまく繰り出せない場面があった。大きな岩場での登攀ではいわゆるゲレンデと違って安定した広い足場を得られないことが多い。大きな岩場でも初級者向きのルートはいいレッジやテラスがあるからこんな状況になることはあまりない。だがもう少し上級になるとレッジやテラスはなくなってくる。こうした条件の悪さにロープ操作の不慣れが加わって、操作するだけで目一杯の状況になってしまい、繰り出すスピードが乱れてくる。けっこうロープ捜査に慣れていてもそういったことを始めて体験する場合はそういったことが起こるのが普通である。初めて経験する状況に何度も立ち会わねばならない僕はそんなことには慣れっこになってはいるのだが、それにしてもそれほど悪い条件で確保をしているわけではないのになぜか落ちてはならないような悪いところに差しかかるたびにロープが出てこないのでいったい何をやっているのか不審になる。リードしている側からみれば怒鳴りたくなるのが当然の状況だがクライアントに怒鳴ったところでしょうがないのでちらりと様子を見る。

状況を確かめようと振り返って見ると、確保しているフォローの手先のロープにはたるみがあり、フォローが確保しているロープがぴんぴんに張られているわけではなかった。岩に挟まったのかもしれないと重いロープを振りながら引っ張る動作を何回か繰り返すと引っ掛かりが外れ、ロープがスムーズに出てくるようになった。何かの拍子にロープが岩に挟まっていたのかもしれず、そう気にするほどのものではなかったようだ、と最初は思った。だが、しばらく登るとまたロープが出てこなくなった。

状況は先ほどと同じだから最初に引っかかった岩にまた挟まったのかも知れないが今までそんな経験をしたことがないのでやはりどこかほかに原因があるような気がしてならなかった。その原因を突き止めるのにパートナーをどなったところで問題が解決するわけではないが、さすがに二度も続くと不審は大きくなる。2度目にロープが出てこなくなった場所はしっかりしたホールドがなく、微妙なバランスで立ち上がる部分であったからなおさらだ。だいたい立ち上がる姿勢に合わせて繰り出されていたロープが突然出てこなくなるということは後ろに強く引かれるのと同じ状況なのである。クライアントには前にもそういうことを言ってあったので安定したテラスでそんなばかなことはしないだろう。だが、現実にロープが出てこず、体は強く下に引かれている。

ロープの繰り出しがうまく行かないのかと思い、僕は危うい体勢のまましばらく耐えていたがパートナーからの返事がない。何がどうしたのかこちらはわからないが、どうやら最初にひっかかったときと同じことが起きたらしいと考えるのが妥当なようである。パートナーにロープを繰り出すように言ったが返事がない。後戻りして様子を見てもいいが戻るにもバランスがいるからできればこのまま終了点まで登った方が楽だ。そんなことを重いながら危うい体勢のまま振り返ってロープを盛んに振ってみると途中に結び目が見えた。

ロープがスムーズに出てこない原因はロープの途中に結び目ができているからであった。これがカラビナに引っかかってでないのである。そうとわかれば解決は早い。いったん途中の支点まで降りて落ちないように自己確保してロープの結び目をとくか、二本使っているロープのうち結び目ができた方のロープを体から外して登り続けるかである。僕はとりあえず後者を選んだが、その結果終了点までかなりの距離をランナウトすることになった。問題が解決できても必ずしも安全にはならないのが登攀であるが、もともと支点が十分にない場所であるから落ちてはならない場所であることは言うまでもない。ガイドは基本的に落ちてはならない。ガイドが落ちるような場所にクライアントを案内してはならないのだ。

どうやら最初に結び目に気づいたときはすでに最初のカラビナを通ってしまっていたようだ。クライアントと山登りをしているといろんなことがあるが、自然にできた結び目のために危うい思いをしたのは初めてだった。クライアントに落ち着いた対応だったと褒められたが、その前に結び目ができないようなロープ捌きをして欲しいと思ったのは言うまでもない事実である。

*

安全というのはお互いが作り上げていかなければならないものである。登山では知識では知っているようなことが現実に起こる。でもそんなことは起こしてはならないことだ。間違いや失敗は小さいうちに芽を摘むのが大切である。それと同時に二度三度と繰り返さないことが重要である。

自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています
「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山も 低山から高山までさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中
……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと

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