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Explorer Spirit <白夜の大岩壁 グリーンランド未踏峰初登攀初登頂>
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Unnamed Peak at Milne Land of Greenland
どうやらここまでは岩壁の傾斜や地形図から見てまず問題はないだろう。
ヘッドウォールはコーナー状の岩壁をたどっておよそヘッドウォール中間の高さに当たる頂上稜線に抜ける。
コルと名づけたその地点からは写真では見ることができない岩稜裏手のルンゼに入り、雪壁をたどって頂上を目指す。
この想定ルートでは、問題となるのはどう考えてもヘッドウォール下部の登攀だけである。
ルートの難易度を考える限り、僕たちがこの壁を登れない可能性は薄い。
むしろその可能性はほとんどない――。
つまり、100%成功すると言っても過言ではないだろう。
想定された登攀ラインを目で追い、
登攀ルート上の岩壁の傾斜が強い部分がいったいどのくらいの標高差を持っているのか地形図や写真から割り出してみる。
それはヘッドウォールの中間あたりまでの標高の岩壁登攀が対象となるから全ルート中の三分の一ほど、
ヘッドウォール部分に相当する350mから400mほどの標高差のように思える。
だが、それとても全部が全部難しいわけではないだろう。
それは僕のこれまでの登攀経験からすればかなり小さな核心部である。
ビッグ・ウォール・クライミングと呼ぶにはあまりにも小さな壁であり、小さな核心部である。
それは 写真を見る限りはビッグウォールクライミングというよりはアルパインクライミングと呼ぶべきルートであった。
さすがに鼻歌交じりとはいかないまでも、登攀そのものはそう難しいものではなさそうだ。
その分、登攀に余裕が生まれ、撮影の安全性を高めることに力を注ぐことができるだろう。
*
左の写真が登攀対象となった山の標高差1300メートルといわれる岩壁である。
登攀ルートは、左隅から中間右端の逆くの字に向かって登り、逆くの字に沿ってヘッドウォール取り付きに達す。
ヘッドウォールは日向と日陰のコンタクトラインを登り、頂上稜線上のコルと名づけた地点に抜ける。
そこから正面からは見えない頂上稜線裏側のルンゼに入り、雪壁をたどって頂上に達す――。
山野井夫妻がが偵察に行った結果、この山を選び、自ら考え抜いて設定した登攀ルートはそういうラインであった。
この写真のように岩壁に雪がつくということはある程度岩壁の傾斜が緩いということを意味する。
下部、中間部とも雪がついたラインをそのままたどるわけだからルート上に難しいところはないといっても過言ではないだろう。
この写真を見る限り、右上して、左に折り返すヘッドウォール取り付きまでのライン上には何の問題もないだろう。
また、コルから先は裏手のルンゼに入り、雪壁を登ることになるので、この部分の難易度も考える必要はない。
雪壁はどんなに難しくても知れている。
つまり、想定された登攀ルートの問題点はヘッドウォールのみと言うことができるのだ。
コルから裏手のルンゼに入るということなので、
実質ヘッドウォールの標高差の半分程度が今回の登攀の核心部と考えて間違いなさそうだ。
そのヘッドウォール自体も標高差のおよそ半分が登攀対象となるだけなので、
想定された登攀ルートの問題点はこの山が持つ岩壁の四分の一から三分の一程度の標高差の岩壁に集中するということだ。
しかし、どう見ても登攀の核心部となるであろうヘッドウォールの標高差は長くても400m程度だから、
これまでの僕の登攀経験に照らせば壁は小さな壁で、突破できるかどうか考える必要はない。
想定した登攀ラインをもとに撮影上の問題点を考えると、岩壁が持つ高度感をどこで出すかという点に尽きるが、 それはヘッドウォールの登攀で出すよりほかにない。
最後が雪壁の登攀だか歩行だかでは登頂の盛り上がりに欠けるという難点はあるが、それが彼が登りたいルートならしようがない。
岩壁自体は核心部が短く、登れない壁には見えないので、初登攀初登頂という筋書きが思惑通りに適わないということは考えられない。
でも、僕としては、できればそのまま頂上稜線を登って頂上に達したいと思う。
どう考えても その方が登攀ラインとしてもすっきりするし、映像としても高度感、臨場感に満ちた作品ができると思うからだ。
逆に言えば、ヘッドウォールの登攀に今回の撮影の成否がかかっていると言っても過言ではないだろう。
そうであればなおさら、最後はヘッドウォールから逃げ出すような格好になる山野井の想定ラインはたどりたくない。
それはクライミングチームにとっては得策であっても、撮影チームにとっては得策ではない。
この場合、 最後はルンゼではなく、頂上稜線をたどるのがもっともいいラインなのである。
氷雪を追うアルパインクライミングにするのか、
それとも、岩壁を追うビッグ・ウォール・クライミングにするのか――。
アルパインクライマーの僕としてはどちらでもかまわないが、
映像の出来上がりは後者の方がはるかに秀逸なものになるのは火を見るより明らかである。
*
遠方から捉えた小さな写真でさえ、僕たちが登った登攀ルートがよくわかる。
それほど傾斜の違いが顕著な、また明らかに壁と壁の接点と分かる部分を登攀ラインとしてたどっていたのである。
実質1300mと謳っていたこの岩壁の標高差は、岩壁の傾斜の緩さゆえに迫力が乏しく、岩壁から受ける重圧は低い。
実際、僕たちがたどった登攀ラインは登りなれた者なら歩き程度と思える難しさの部分が多く、
標高差の半分以上をやさしい登攀や歩行が占めていた。
この岩山は内海の奥の広大な陸地に近いところにある島だったったせいか、
どちらかといえば内陸的な乾燥した気候に支配されるらしく、
天気の崩れはこの島の奥までは及ばず、怪しげな雲は押し寄せるものの大きく崩れることは一度もなかった。
実際、登攀中に雨が降ったのはたった一日、それも半日以下のできごとであった。
そんなもろもろの登攀条件を考えると、アルパインスタイルで登るにはうってつけの岩山であり、季節であり、ルートであるように思える。
当初設定されていたヘッドウォールの登攀ルートは、頂上稜線に抜けたのち、そのすぐ裏手のルンゼをたどって頂上に向かうというものであった。
偵察したところ、当初の登攀ルートはルートそのものも、また映像的な面から言ってもよくはないので、最終的には登攀ルートは頂上稜線をたどる案に修正した。
修正したその登攀ルートは、当初予定されていた登攀ルートと違って、正面に見える岩壁から逃げだすことなく頂上に達することができるので、
岩壁の高度感をだすことはもちろん容易だし、登攀ルートそのものもずっとすっきりしたものになったはずだ。
この岩山にはすでに”下降路”があることを考えると、今後は意欲的な登攀が展開できるだろう。
一方、この程度の難易度の登攀ルートなら、ここまで固定ロープを張り巡らさずとも撮影することができたかもしれない、とも思う。
もちろんこれにはバッテリーの問題が絡んでくるから一筋縄ではいかないだろうが、可能性がないわけではない。
登攀スタイル同様撮影スタイルも進化させることができれば、これほど面白いことはないに違いない。
撮影機材そのものもそういう方向に進化してきたのだから、撮影のスタイルもそういう方向に変化させたいものだ。
そうは思うものの、撮影は安全が何よりも勝るという条件を考慮すれば、こうしたオーソドックスな撮影スタイルを採用するのはいたしかたない。
登攀と撮影、二つの行為を同時に満足させるのはけっこう難しい。
そこが登山の撮影と登攀の撮影との大きな相違点でもあろう。
*
今思えば、この登山は実に中途半端な立場で行われた登山だった。
というのは、NHKの番組解説欄にあるように僕の立場を山岳ガイドと強調するなら、
山岳ガイドとしての行動を取るべきだったと思うからである。
もし僕が山岳ガイドという立場で挑んでいたのなら、
頂上稜線の垂壁下で彼らが困難な岩壁を登るのを諦めたときにそこから下ってくるべきだったろうと思う。
何も危険を押してプロテクションが取りづらいフェースを登る必要などまったくないのである。
なんて馬鹿なことをしたんだろう――。
番組を見るたび、どうしてもそんな思いが浮かんでしまう。
木本さん、ちゃんと番組見たんですか、と言われたけれど、 見れば見るほど本当にそう思ってしまう。
でも、そこを登った理由は簡単だ。
僕自身が頂上に立ちたかったのだ。
今度は頂上に立って欲しいと言われていたけど、前回も今回も頂上に立ちたくないと思っていたわけではない。
実際、どちらも頂上には立てるだろうと思っていたのだ。
でもどちらもちょっと悲しい結果になってしまった。
登攀もそうだが、実は番組も 僕にとってはちょっと悲しいものであった。
そんな状況から判断しても、クライミングってぇのはけっこう奥が深いものなんだぜ、と逆に教えてやりたくなる。
でもまあ、そんなことは百も承知で番組を構成したのだろうが……。
人間ってえのは面白い動物だな。
*
登攀には成功したが、『極北の大岩壁』の登攀時ほど得るものはなかった。
そんなことを考えると、登攀って本当に面白いものだな、と思う。
成功したから充実した山行ができただろうと思っている人が多いようだが、事実はまったくその逆だ。
未踏峰の未踏の壁の登攀だから難しい登攀だったかといえば、決してそんなことはないのである。
難しい登攀をするにはやはり難しいルートを選ばなければならないのだ。
技術的にも、精神的にも、肉体的にも、すべての面で余裕が有り余るルートでは得るものが何もないのは当然だろう。
今回はそんなことを痛感させられた登攀だった。
出発直前の大怪我で一時はどうなることかと思ったけれど、痛み止めの薬を飲むことで乗り切った。
どうやらこの程度の難易度のルートならある程度体を壊していても登ることができるようだ。
でも、登攀後、およそ二年もの間、出発直前の怪我の後遺症に悩まされ続けている。
それを考えるとやはりグリーンランドの登攀には出かけるべきではなかったのだろう。
事実、 僕の代わりがいれば止めたかったのだが、本当に直前でそんなわけにはいかなかった。
グリーンランドの登攀に行かなければこれほどひどい後遺症に悩まされることはなかったろうが、今となってはしようがない。
僕にとっては こんな場合はどうすればいいか考えられる資料を得られのだから怪我の功名とでもいうべきいい経験であった。
怪我をしたときはどうやって登ればいいのか――。
実際、受傷後も甲府幕岩や瑞牆山、小川山などで岩登りをしていたのだが、登攀時は体の動きが制限され、
結果その動きに対応した筋肉が出来上がった。
オルカ登攀時も同様で患部をかばった動きで登っていたのだ。
三週間の登攀で完全にカバーする筋肉が肥大し、帰国後も変なバランスで登攀していたのだが、
登攀より歩行の方がはるかに難しいものなのだと思い知らされる。
中高年の縦走時の事故が多いのもこんな経験から納得できる。
これでまた一つ経験が広がったが、こんな経験を生かせる場面はあまり欲しくはない。
*
この登攀、実は最後のインタビューがとても面白かった。
そこに今回の登攀のすべてが凝縮されているように思えた。
残念ながらそれは放送されてはいない。
*
そうそう、今回は撮影チーム付の登攀ではあったが、それは今回の登攀を伝えるものではなかった、というのがこの番組の映像を見た僕の印象であった。
未踏峰の登攀をしながら別の人間ドキュメント番組を作っていたというのが正しい見解かもしれない。
そういう点ではこの映像はうまく撮れているし、番組もうまく構成されていると言うことができるだろう。
『極北の大岩壁』と『白夜の大岩壁』、この二つの撮影に関わったが、登攀の番組としては『極北の大岩壁』の方が良くできている気がする。
実際、国際的な賞の重みを感じる作品である。
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自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています。「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山もさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと
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※このページには、これまでに僕が行ってきた岩登りを中心とした海外登山、いわゆるビッグ・ウォール・クライミングを集めて掲載しました。
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