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スズメバチ科スズメバチ亜科に属するスズメバチの仲間は、日本には3属16種(注1)が棲息している。これら16種のスズメバチの中で登山中に出会う確率が最も高いのがキイロスズメバチとオオスズメバチだろう。キイロスズメバチは木の洞や雨が当たらないオーバーハングした岩陰などにかなり大きな巣を作る。これに対してオオスズメバチは樹洞や地中に巣を作る。オオスズメバチはクワガタムシやカブトムシが集まるクヌギの樹液にもやってくる。その大きな体にはつい見とれてしまう。樹液を吸っているオオスズメバチは最高の観察対象だろう。 ※注1〔スズメバチ属Vespa7種、クロスズメバチ属Vespula5種、ホオナガスズメバチ属Dolichovespula4種〕
キイロスズメバチの体長は女王バチで25〜28ミリ、働きバチで17〜24ミリほどで、体は警戒色と呼ばれる黒と黄色の縞模様に彩られている。樹皮を材料にした巣自体もまるで警戒色を表しているかのように縞模様があるのが面白い。キイロスズメバチは自然界では大小さまざまな巣を作るが、営巣が女王バチ1匹の行動から始まることを考えるととても神秘的だ。小さいころからどうやってあの大きなハチの巣を作っているのか不思議に思っていたが、キイロスズメバチの巣作りを撮影した映像を見て感心するとともに、それ以外の方法などありえなかったなと納得させられた。彼女らはリサイクルにも長けているからすごい。
キイロスズメバチの巣は円形や楕円形の外被の中に育房室を備えた円盤状の巣を4〜10層に積み重ねた構造になっている。最盛期の巣は直径50センチほどの大きな巣で5,000〜10,000房もの育房室を備えている。大きな巣ほどハチの子がたくさん取れるというわけだが、そんなことは考えない方がいい。
冬越しをした女王バチは5月に営巣を開始し、11月いっぱいくらいまで活動する。働きバチは6月ごろから羽化し、オスバチや新女王バチは9月〜11月に羽化する。幼虫の餌はハエやアブやその他の昆虫類やクモ、樹液、花の蜜など雑食である。キイロスズメバチは生ゴミや缶ジュースの残りを餌にすることができるので、都会では増えているらしい。都会は暖かいし、天敵のオオスズメバチが営巣できる場所が少ないので、キイロスズメバチにとっては願ってもない場所の一つなのだろう。都会が住み易いのは人間やカラスばかりではないのだ。
キイロスズメバチは攻撃性が強く、巣に近づいただけで襲ってくる。これは巣を外敵から守る防衛本能である。特に9月以降はオスバチや新女王バチが発生し、子孫の維持に重要なときで防衛本能が高まっているうえ、オオスズメバチの襲撃に備え、警戒心が非常に強くなっているので攻撃性が高くなるのである。
一般的に不用意に巣に近づくと偵察バチが顔前でホバリングし、アゴをかみ合わせて「キチッ、キチッ」と音を出しながら威嚇してくる。このとき1匹が攻撃を始めると集団で襲ってくるので注意が必要である。ちなみに1匹のハチが攻撃を始めると、警戒フェロモンが発生し、警戒しているハチばかりか周辺のキイロスズメバチも攻撃に参加し始める。また、キイロスズメバチはミツバチとは違って、一度針を刺しても針が抜け落ちることがないので、生きている限り何度でも刺しにくる。実は意外にしつこいのだ。もしキイロスズメバチから威嚇を受けたらその場から逃げ出すべきサインだと思えば間違いない。
ハチの針は産卵管が変化したものだから、刺すのはメスだけである。しかし、働きバチは皆メスで、目にする大多数のハチは刺すと考えた方がよいだろう。オスは結婚飛行の時期に発生するが、その個体数はメスに比べはるかに少ない。
あるとき、岩登りをしていたところ、偵察バチがやってきた。キイロスズメバチは盛んに威嚇してくるが、そう簡単に登れるような状況ではなかったので、追い払った。ところが、すぐ近くにキイロスズメバチの巣があったらしく、偵察バチの数が増えるとともに、次々に威嚇しては、攻撃してき始めた。
遅かれ早かれキイロスズメバチに襲われるのは覚悟していたが、ヘルメットの隙間から中に忍び込んで髪の毛の上から刺すし、首筋から髪の毛の中に潜り込んできて頭を刺そうとする。もちろん、顔や手足など露出部にも盛んに攻撃をしかけてくる。ハチは刺すだけではなく、攻撃の最中に稀に毒液を飛ばすことがあるので注意が必要だ。ハチは黒いものに反応する傾向があるので、目を刺されないよう注意する必要がある。また、ハチに対して温和な服装をするなら黒いものより白いものがよい。しかし、ハチに襲われることを前提に登山の服装について考える人間など蜂の巣を取ろうと考えている者でない限りまずいないだろう。
キイロスズメバチの連続攻撃にさすがに身の危険を感じ、すぐさま雨具を取り出して着、15メートルほどランナーも取らずに急いで岩を登って逃げた。逃げる準備をしている間に体のあちこちを8ヵ所刺されたが、何とかキイロスズメバチを振り切った。
落ち着いたところで上から攻撃された付近を覗いてみると、隣の岩溝の岩陰に大きなキイロスズメバチの巣がかかっていた。登っていたのはエイドクライミングのルートで、ハングがあまりに大きすぎて懸垂下降をして下るというわけにはいかないので、後続もそこを登ってくるしか方法がなかった。そこでフォローして登ってくる人間にも自分と同様に雨具に身を包んで、できるだけ静かに、しかもできるだけ早く登ってくるように伝えた。
幸い注意が効を奏し、フォローする人間には攻撃はしてこなかったが、フォローの確保をしないわけにはいかず、彼が登ってくるまで真剣に確保をした。彼が確保支点に無事着いたときはほっとしたが、自分自身は刺されたところが多すぎてどこが痛いのかわからないぐらいひどい痛みだった。何を聞かれてもあまりに痛過ぎて声を出すことができなかったし、返事をする気力もなかった。頭や耳の刺し傷は浅いが痛いし、手はすでにパンパンに腫れ上がっていた。今と違って携帯電話はなかったし、山の上の出来事なので救急車を呼ぶにもパートナーが下山して連絡せねばならず、助けに来るまでに相当の時間がかかってしまい、どうしようもない。確保から開放された僕は痛さに耐えながらしばらく無言で休息したあと、登山口を目指してゆくっりと下山を始めたのだった。
登山口に着いたときはキイロスズメバチに刺されて三時間以上たっていたし、刺された当初より少しは元気になっていたので、病院にも行かず、そのまま帰宅した。帰宅してもなおひどかったら病院に行こうと思っていたが、快方に向かったのでとうとうそのままで、結局病院には行かずじまいだった。今までアブやブヨを始め、さまざまなハチに何度も刺されてはいるが、あまりに痛過ぎて会話する気力もなかったのはこのときが初めてだった。
ハチに刺されたことで起こるハチ毒に対する過剰な反応をアナフィラキシーというが、この言葉を知ったのはずいぶん後のことだ。この抗体反応は極めて短時間(数分〜30分以内)に起きるため、即時型反応といわれる。これら即時型反応のうち、呼吸困難や血圧低下などの全身的な反応をアナフィラキシーと呼び、生死に関わる重篤な症状を伴うものをアナフィラキシーショックという。この言葉を知って、一時はスズメバチどころかアシナガバチなど小型のハチにも恐れをなした。しかし、その後もキイロスズメバチやオオスズメバチ、ヒマラヤオオミツバチ、アシナガバチなどに、時には数箇所まとめて刺されてはいるが、幸いショック症状に陥ったことはない。何度もハチに刺されているうちに強い抗体反応が出なくなったようだ。
ハチの毒は酸とは違い、タンパク質系の毒(アミン類、低分子ペプチド、酵素類)なので傷口におしっこをかけてハチ毒を中和させようとしてもまったく無意味で、よくなることはない。もっとも一般的におしっこ自体は無菌だから傷口の洗浄にはいいかもしれない。ハチの毒には血圧降下、平滑筋収縮、組織破壊などを引き起こす成分が含まれていて、刺されるとさまざまな症状を引き起こす。時おりハチに刺された傷口が治癒していくとしだいにクレーターのように中央がへこんでいくことがあるが、これはハチの毒によって組織が壊死したときに起こる症状である。
ハチに刺されたらポイズン・リムーバー(※注2)でいち早くハチ毒を吸い出して、きれいな水で傷口を洗浄し、抗ヒスタミン剤や副腎皮質ホルモン剤を塗る。万が一ハチの毒針が残っている場合はつまんで抜き取ってはならない。つまむことによってそこに残っているハチ毒を体内に注入することになるからである。 ※注2 インセクトポイズンリムーバー(デンマーク製)とエクストラクター(フランス製)がある。いずれもスポーツ店で手に入る。
ハチ毒によって起きるアナフィラキシーショックにはエピネフリンが0.3mg(小児用は0.15mg)注射できる「エピペン」というキットが有効だ。病院で検査してハチ毒アレルギーが認められた人はこれを持ち歩くようにするとよい。「エピペン」は薬局で購入することができる。前記の通りアナフィラキシーショックは短時間(数分〜30分以内)に起きるので長時間経過しているときは落ち着いて行動するとよい。また、アナフィラキシーショックは顔を含めた頭部や頸部を刺されたときによく起こる。できるだけこれらの部位を刺されないよう気をつけるとよいだろう。
フリークライミングで賑わう天王岩という岩が近くにあるのでよく出かける。この岩にときどきキイロスズメバチが巣を作り、これまでに二度蜂の巣を駆除したことがある。キイロスズメバチそのものが怖いわけではないが、やはり刺されることを考えるとあまり気持ちがいいものではない。キイロスズメバチに限らず、ハチに刺されたときの被害の程度は、体内に入った毒の量に左右されるだろうから、ハチに刺されるような状況が発生したときはいち早く逃げ出した方がよい。岩場ではそう簡単に逃げるわけにはいかないが、刺されても落ち着いて行動することが重要である。もし落ち着いた行動ができなければ、滑落や転落によってさらに悪い状況に陥る可能性がある。クライマーは、ハチ毒のためではなく、ハチに襲われて転落や滑落をして死亡事故が発生していることも考慮して岩登りをすべきだろう。
ハチに刺された後の症状
軽い症状:腫れ。浮腫み。痒み。軽症の場合でも蕁麻疹や体のだるさ、息苦しさを感じることがある。
中程度の症状:のどがつまったような感じや胸苦しさ、口の渇き、腹痛、下痢、嘔吐、頭痛、めまいなどがみられる。
重篤な症状:意識がハッキリしなくなり、さらに悪化すると、痙攣を起こしたり、意識が無くなることがある。また、血圧の低下がみられ、まれに死に至ることがある。ショック症状が現れるまで時間が短いほど危険性が高く、注意が必要である。ショック症状が現れたら救急車が到着するまで心肺蘇生を繰り返すしかない。前述した「エピペン」はこういう人にこそ有効だ。この薬のおかげで多数の林業従事者の命が現実に救われている。虫刺されの薬について
救急法自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
エピペンの使用について
警報フェロモ ンと餌場マークフェロモン
オオスズメバチ
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています。「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山もさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと
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