美食家探偵勢ぞろい  ミステリー雑学百科2 

 日本のミステリーにも料理や食べ物にうるさい食いしん坊探偵が色々出て来たが、何とといってもその本家本元は、米国のレックス・スタウトが『毒蛇』(1934年)で誕生させた、ご存じネロ・ウルフだろう。
 ニューヨークのマンハッタン35番街に住むこの美食家探偵は、一流のコック、フリッツ・ブレンナーに毎日ぜいたくな料理を作らせている。
 味にうるさい美食家のうえ、体を動かすことが大嫌い。温室で栽培している1万株の蘭の手入れ以外は、事件の調査も全部忠実な助手アーチー・グッドウインにおまかせで、働かせるのは明晰な頭脳だけ。
 美食と運動不足の罪と罰は、その体重にまざまざと現れている。
 身長は180センチとまずまずなのに、体重は何と143キロという超肥満体と化しているのである。
 この美食家探偵の特徴がよく出ている作品としては、『料理長が多すぎる』(1938年)がおすすめ品。
 世界の名料理長が10人もウエスト・バージニアの別荘地に集まって料理の腕を競うというので、出不精のネロ・ウルフもついに重い腰を上げるが、現地で事件に巻き込まれてします。
 この作品の原書には作中で取り上げられる18の料理の調理法が付録についているが、作者のレックス・スタウトには別に『ネロ・ウルフの料理本』という料理専門の単行本もある。ネロ・ウルフ・シリーズで紹介された料理の数々の調理法をまとめたもので、225種類以上のメニューが披露されているが、これらは女友達の料理の専門家シーラ・ヒビンの協力で試食してから作中に取り入れたというから本物である。
 もっとも、美食家探偵の先駆的な存在としては、『グリーン家の殺人事件』や『僧正殺人事件』などの名作で知られるヴァン・ダインが生み出した、何一つ知らぬことのないという博識の名探偵ファイロ・ヴァンスを忘れるわけにはいかない。
 初登場の『ベンスン殺人事件』の中で、ヴァンスは、「食べることは、人間の知的向上にとって、絶対確実な案内人のひとりだ。……グルメの芸術が低下すると、人間も低下する」と述べ、特別料理について講釈を加えている。
 作者のヴァン・ダインもなかなかの美食家で、毎日のように最高級のレストランで珍しい超高級ワインと凝った料理を食べていた。おかげで死んだ時に遺産がさっぱり残らなかったので、周囲の人が驚いたというが、名探偵のファイロ・ヴァンスには、明らかに作者の肖像が投影しているのである。
 このほか、料理に関心を持つ探偵としてロバート・パーカーが作り出した私立探偵のスペンサーがいるが、ウルフほど高級趣味はない。
 日本では、伴野朗の陳展望、嵯峨島昭の酒島警視と紫藤鮎子のコンビなどのシリーズがある。


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