ペンネームにも遊び心  ミステリー雑学百科7

 日本の推理作家のペンネネームの由来を調べてみよう。
 まず、戦前の近代探偵小説の生みの親江戸川乱歩が、世界初の推理小説の「モルグ街の殺人事件」を書いた米国の天才詩人エドガー・アラン・ボーの名前からペンネームを作ったのはよく知られている。本名平井太郎の探偵作家としての自負と情熱がペンネームにこめられているわけである。
 しかし、大物作家の場合、意外なことに本名をそのままペンネームにしている例が多い。
 たとえば、横溝正史、松本清張、水上勉、森村誠一などがその一例で、バイオレンス・ノベルの西村寿行、ユーモア・ミステリーの旗手赤川次郎もそうである。ブームを巻き起こした人々が本名で活躍しているのは、芸能界などとはちと違っている所かもしれない。
 これらの人々の本名は決して珍しい名前ではないが、ペンネームかと思ったら実は本名という例もある。奇妙な味″の短編の名手阿刀田高などはこれに当たる。今は先ごろ亡くなった黒岩重吾もそうである。
 当然のことだが、姓はそのままにして名前だけ変えるのはよくある例。戦前の医学探偵小説の雄小酒井不木は本名は光次。
 ロマン派の笹沢左保は、本名勝。昔は佐保という名前を付けていた。夫人の名前を取り入れたのだが、女性と間違えてファン・レターが来るので後に左保に改めた。
 芸能マネジャー出身の大谷羊太郎は、本名。徹底したトリック主義者で、ペンネームも、「ミステリー博物館」を書いた間羊太郎の名前を拝借したのだという。
 「黒死館殺人事件」の小栗虫太郎は本名栄次郎、忍法帖でも知られる山田風太郎は本名誠也である。
 逆に姓だけ改める例もある。夏樹静子は本名五十嵐静子。姓名の読み方をそのまま別の字に置き換えたものに、草野唯雄の例がある。この人の本名は荘野忠雄である。
 ちょっとふざけているのは、弁護士作家のはしり、佐賀潜で、本名松下幸徳。「探せん」のもじりだといわれるが、同じようなペンネームに宇能鴻一郎がミステリーを書くときに使っている嵯峨島昭がある。「探しましょう」というわけである。
 純文学作家の福永武彦が推理小説を書く際に用いたのが、「だれだろうか」を組み合わせて作った加田伶太郎というペンネーム。
 本名を分解してペンネームを作ったのは、探偵小説芸術論で知られる木々高太郎。この人の本名は林髞。この漢字を分解してペンネームにしたわけである。
 泡坂妻夫という風変わりなペンネームは本名厚川昌男の「あつかわまさお」を組み合わせたいわゆるアナグラム。
 こう見てくると、ペンネームにも推理作家らしい遊び心が感じられて楽しい気にさせられる。


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