型破りの被害者当て  ミステリー雑学百科26

 犯人当てでなく、被害者や名探偵を当てるという型破りのミステリーで、読者をあっといわせたのが、一九一七年に米国のネブラスカ州に生まれた女流の実力派パット・マガーである。
 処女長編の「被害者を捜せ!」(一九四六年)はこんなふうに始まる。
 戦時中の一九四四年。アリューシャン列島に駐留している米海兵隊の隊員たちは、読むものもなく退屈し切っていた。
 そんなとき、一人の隊員にクリスマスの小包みが届いた。
 缶詰のすき間に新聞紙がびっしり詰まっている。早速、新聞の切れっぱしの回し読みが始まった。
 その中に、こんな見出しの記事があった。
 「ボール・ステットソン<家善協>役員殺しを自供」 海兵隊員のピット・ロビンズがワシントンで四年間働いた家事改善協会で総代表のステットソンが殺人を犯したというのだ。
 だが、その記事の真ん中がちぎれていて、だれが殺されたのかわからない。
 一体、役員のだれが殺されたのか?
 退屈し切っている隊員たちは、一つ被害者を推理してみようということになった。
 犯人のステットソンを除くと役員は全部で十人。内三人は女性だった。
 ピットは、それらの人間の性格と複雑な人間関係を生き生きと物語り始める。
 どれもー癖も二癖もある、殺されてもおかしくない人物ぞろいなのだ。
 一体、被害者はだれなのか?
 コロンブスの卵みたいな話だが、古典的な推理小説が、犯人当てをテーマにしてきただけに、この被害者捜しのミステリーは新鮮な衝撃を与えた。
 推理小説をフーダニット(Whodunit)という。だれが殺したかWho done it?の省略語だが、この言葉をもじって、ジャック・バーザンとウエンデル・ハーティグ・テイラーは、「カタログ・オブ・クライム」の中で、この作品をフーダニン(WHodunin)、つまりだれが殺されたかを主題にした作品と呼んでいる。
 作者自身のこの作品についての言葉はこんな具合だ。
「私が作中人物にそれぞれの役割を与えて見ると、その内のたった一人だけしか殺人を犯せないのに、他の十人はいずれも被害者であり得ることがわかった。そこで、私はこれまでのミステリーのきまった型を逆さまにして、1ページ目に犯人の名前を挙げ、被害者捜しをなぞの中心にすえたのである」
 マガーは、さらに「怖るべき娘たち」(一九四七年)で、被害者当 てと犯人当ての二つを同時に試みる離れ業を演じたあと、「探偵を捜 せ!」(一九四七年)で探偵捜し、「目撃者を救え」(1949年)では、自撃者捜し.さらに「四人の女」(1950年)では再び被害者捜しと大胆な試みを重ねて読者を驚かせた。


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