史上最年長探偵の登場  ミステリー雑学百科13

 どんなカッコいい名探偵もやがては年を取る。若い時代のさっそうとした姿を知っている人には、年老いた名探偵の姿を見るのはつらい。
 たとえば、アガサ・クリスティーの生み出した、あの愉快なベルギー人の小男の名探偵エルキュール・ポアロ。
 1920年の「スタイルズ荘の怪事件」以来、数々の名作で活躍したこの名探偵が、「カーテン」(1975年)に登場した時の姿は悲惨だった。
 ご存知のようにポアロは、頭が大きくて真ん中だけ卵形にはげ、鼻の下にヒゲをたくわえている。礼儀正しい反面、何事につけおしゃべりで、動作がオーバー。「私は世界で最も偉大な探偵で、エルキュール・ポアロと申します」などと自己宣伝をするのが悪い癖。だが、女性にはことさら優しいフェミニストだけにわが国でも女性には人気があった。
 あの天才探偵のポアロが、最後の事件を扱った「カーテン」では、老齢と関節炎のため、立って歩くこともこともままならない。かつてまるまると肥(ふと)っていた体もすっかり肉が落ち、やせ衰えて、顔がしわだらけになってしまっている。
 そして、ついには死んでしまうのだからやり切れない。
 オルツイ男爵夫人の「隅の老人」のように、喫茶店にすわった貧相な老人が、若い婦人記者を相手に見事な名推理を展開する例もあるから、年寄りだからといってバカにしてはいけないことはいうまでもない。
 だが、ピストルを片手に暴力と対決するハードボイルド探偵の場合、一体いくらぐらいまで活躍できるのだろうか。
 L・A・モースの「オールド・ディック」(1981年)には、なんと、78歳の私立探偵ジェイク・スパナーが登場する。
 このご老体、突き出してややとんがり気味の鼻をのぞけば、トカゲにそっくり。しなびて、皮膚はかわき、いつも太陽を浴びているためくたびれた草のような色になっている。
 15年前に現役を退き、今では暖かい日にはシャツのボタンをはずして、公園で日光浴をしている。胸には10ほどの醜い傷痕(きずあと)をおおった灰色の胸毛が見えるが、そのことで女性からお世辞を言われなくなってもう30年にもなっている。
 かつては文学青年で、作家になる夢を抱いてパリを訪れたこともあるジェイクはやがて私立探偵になり、今はそれもやめてわずかな蓄えで細々と食いつないでいる。
 楽しみは、庭に植えたマリワナをすい、三文小説を読むことぐらい。そんなわびしい毎日を送っているジェイクのもとに、ある日、40年前にかれが刑務所送りにした元暴力団の親玉サル・ピッコロが姿を現した。
 孫のトミーが誘拐されたので、75万ドルの身代金の受け渡しに同行してほしいというのだ。だが、事件は意外な方向に。
 78歳の史上最年長のこの老ハードボイルド探偵の横顔には、独特のユーモアとペーソスが漂っていて思わず拍手したくなる。


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