パイプが似合う名探偵 ホームズとメグレ  ミステリー雑学百科4

 シャーロック・ホームズという名前を聞くだけで、すぐ、パイプをくゆらせながら物思いにふける、おなじみのわし鼻の名探偵の横顔を思い浮かべる人が多いに違いない。
 ジャック・トレーシー編の『シャーロック・ホームズ事典』(各務三郎監訳)のパイプの項によると、ホームズが使っていたパイプは三種類ある。そのうち最も愛用していたのは、古いやにだらけの黒い陶製のパイプである。「赤髪連盟」、「バスカヴィルの犬」、「恐怖の谷」などを読むと、このパイプは"思索用のパイプ"らしい。
 この陶製のパイプをもう一つの桜材のパイプにかえるのは、思索的気分から抜け出して議論したいときで、「ぶなの木立」の中にははっきりそう書かれている。
 もう一つのブライヤー(しゃくなげ科の木の根)のパイプはどんな時に使うのだろうか。この点は残念ながら明らかでない。が、「唇のねじれた男」や「四つの書名」などを読むと、考えがまだまとめにくいとき、気分を落ち着けるために手にするようである。
 ホームズは「黄色い顔」の中で、「懐中時計と靴ひもを除けば、パイプほど持ち主の個性をあらわすものはないだろう」と述べているが、パイプの選び方にもホームズのそのときの気分が微妙に反映しているわけである。
 パイプ党の名探偵という意味では、もう一人メグレ警視の名前を忘れるわけには行かない。この名探偵はホームズ以上にパイプの愛好者だが、これは、14歳のときにパイプを買ったという作者シムノンのパイプ好きがそのまま投影されているのだろう。
 メグレはほとんどの長編でパイプを手にしているが、注目されるのは、「メグレのパイプ」という中編だ。
 机の上の灰皿のそばにはいつも3本のパイプが置かれていた。そのうち一番のお気に入りは、十年前に夫人からプレゼントされたブライヤーのもの。メグレ警視はそれを"私の古き良きパイプ"と呼んで、外出するときにもいつも肌身離さず持ち歩いていたが、それがある日盗まれてしまう。
 パイプをなくしたメグレは何も手につかない。パイプがメグレ警視の頭脳の一部ともいうべきものになっていることがこの作品には実によく描かれている。
 ジル・アンリは、『シムノンとメグレ警視』という長編評論の中で、パイプの吸い方で、メグレの心の動きがわかると述べている。
 すぱすぱ早めに吸うときは、どうしたらいいかわからないとき。思考力が集中すると、乾いた音を出し、時には吸い口をかみくだくこともあるといった具合い。
 メグレ警視はすい終わると、パイプを靴のかかとでたたいて空にするのが癖だが、これは世のパイプ党の肝を冷やす行為だという。パイプが折れる危険があるというわけだ。だが、メグレは一切お構いなし。そんな所にものにこだわらないメグレの人柄がにじみ出ていて面白い。


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