名探偵の偽物たち  ミステリー雑学百科29 

 有名になると、必ず偽者が現れるというのが世の常である。 その名も高い名探偵シャーロック・ホームズとか鉄人スパイ007号といったカッコいいヒーローに偽者が現れてもちっともふしぎではないわけだ。
 ミステリーにはわざと偽者の名探偵やヒーローを登場させるものがある。
 パスティッシュとかパロディとかいうのがそれ。
 どちらも偽者が主人公だが、パスティッシュ Pasticheというのはいわばまじめな偽者。パロディParodyはおふざけの偽者である。つまり、パスティッシュというのは本物そっくりの贋(がん)作のこと。別の作家が本当の作者のコナン・ドイルと同じように名探偵ホームズに新しい事件を解決させるので、事件が違う以外はホームズの個性や生きていた時代などはそっくりそのまま生かされる。
 有名なのは、エラリー・クイーンの「恐怖の研究」(1966年)。名探偵ホームズが、1888年にロンドン中の人々を恐怖のどん底におとし入れた、かの有名な連続殺人鬼切り裂きジャック≠ニ対決するというもの。切り裂きジャック≠ヘ夜の女ばかり五人を殺したが、その殺し方が右耳下からのどまでザックリと切り裂くという残虐さ。真犯人はいまだにわかっていないだけに、クイーンの着想は今でも新鮮だ。
 こういうパスティッシュはすでにアドリアン・C・ドイルとディクスン・カーの「シャーロック・ホームズの功績」(一九五九年)をはじめ数多くの作品がある。
 日本でも山田風太郎の「黄色い下宿人」(1953年12月)が有名だ。シェイクスピア学者のクレイグ博士の依頼でホームズが行方不明になった博士の隣人を捜すというお話だが、クレイグ博士の家でロンドン留学中の夏目漱石に会うという設定が独創的だ。
 同じような設定で島田荘司ものちに「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」(1984年)を書いている。
 一方、パロディは戯作ともいわれるように名探偵やヒーローを扱っていても、おふざけが一杯。
 いろいろあるが、ニコラス・メイヤーの「シャーロック・ホームズの素敵な冒険」(1974年)が面白い。
 原題の「七パーセント溶液」というのは、麻薬の注射液のこと。気晴らしに麻薬を注射している内にホームズが麻薬中毒になり被害妄想にかかり、元家庭教師のモリアーティー教授を犯罪者と思い込んでしまうという人を食った話なのである。
 ご存じのように本当はモリアーティー教授といえばホームズが対決する悪の天才で、こういうことを知っていて読まないとパロディの楽しさがわからない。
 ジュリアン・シモンズの「シャーロック・ホームズの復活」(1975年)ではテレビのホームズ・シリーズで探偵役を演じている俳優のシェリダン・ヘインズが自分がホームズになったように錯覚して事件に巻き込まれて行く。
 名探偵の偽者に会うのもまた楽しいのだ。


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