意外な凶器のトリック  ミステリー雑学百科18

 血まみれの殺人事件を扱うミステリ−には凶器がつきものである。凶器とは人を殺傷するための道具を指すが、多くの場合はピストルとか短刀とかごくありふれたものが多い。しかし、それだと余りに平凡過ぎて面白味に乏しい。
 というわけで、推理作家はこれまで、さまざまな珍しい凶器を考え出して来た。
 江戸川乱歩に「凶器としての氷」という面白いエッセイがある。乱歩が集めた、推理小説における意外な凶器の例は63例あるが、この内氷を使ったものが10例あったという。
 氷は凍っていると固いけれど、溶ければ水になり、蒸発すれば跡かたなく消えてしまう。そこで、氷の弾丸とか氷の短剣といった着想が生まれた。
 この氷の弾丸というアイディアは、近代の推理作家の発明ではないと乱歩は書いている。
 ディクスン・カーによると、古くはイタリアのメディチ家に氷片を弓で射て人を殺した伝説があり、さらにさかのぼると、紀元1世紀のローマの詩人マルティアスのエピグラムに、これと似た方法が歌われているそうだ。これはカーの「三つの塔」の中に載っている。
 氷の短剣の例はE・ジュプスンとR・ユーティスの「茶の葉」にある。
 ある人物がトルコ風呂(ぶろ)で死んでいるのが発見される。検視の結果、円筒状の先のとがった凶器による刺傷と判定されるが、凶器はどこにも見つからない。
 ただ傷の中に茶の葉の切れ端が入っていた。これが手掛かりで事件は解決する。犯人は魔法ビンにツララの短剣を隠していたのである。
 乱歩には、花氷といわれる防暑用の氷柱を鈍器に使った「夢遊病者の死」という小説があるが、凶器になった花氷は溶けてしまえばなくなってしまうわけである。
 氷にかぎらず、凍らせて固くなったものは鈍器になる。
 有名なロアルド・ダールの短編「おとなしい凶器」には凍った羊肉が鈍器に使われている。犯人は血のついた羊肉をオーブンに入れてから警察に電話をかけ、それを駆けつけた警官たちに食べさせるという結末には“奇妙な味”が色濃く漂っている。
 松本清張はこの作品にヒントを得て、「凶器」という作品を書いている。羊肉のかわりに、海鼠餅(なまこもち)という日本的な食べ物が使われているのがミソである。
 鈍器で思い出したが、本格ものの名作として知られるエラリー・クイーンの「Yの悲劇」では、マンドリンという異常なものが凶器に使われている。
 これは、他人の書いた殺人プランの中にある鈍器blunt instrumentという言葉を犯人が理解できず、instrumentを楽器という意味に取り違えたのだった。面白いですね。
 ピエール・マニャンの「アトレイデスの血」(1977年)でも凶器のなぞを扱っているが、日本の凶器トリックを扱った短編アンソロジーに渡辺剣次編の「13の凶器」がある。


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