ハードボイルドの女流探偵  ミステリー雑学百科22

 一昔前のことだが、女流探偵の名簿作りをしたミシェル・スラングは「探偵小説における女性」というエッセイの中で、男の名探偵には名前をいうだけですぐわかる有名な人物が多いのに、女性には、アガサ・クリスティーが生み出したミス・マーブルやA・A・フェアが活躍させたパーサ・クールという大女の探偵くらいしか名前を知られていないと嘆いていた。
 本格もの女流探偵の数は相当の数になるのだが、ことハードボイルドの女流探偵となると数はぐっと減るというのである。
 確かに各務三郎編の「ハードボイルドの探偵たち」には五十九人のハードボイルドの名探偵が紹介されているが、その中の女流探偵というと、ハニー・ウェストとメイヴィス・セドリッツの二人しかいないありさまだ。
 普通のなぞ解きと違って、ハードボイルドの世界では、探偵は、血なまぐさい暴力に単身立ち向かって行かなければならない。体力的な問題もあって、女性が活躍できなかったのだろう。
 G・G・フィックリングの「ハニー貸します」(一九五八年)にお目見えするハニー・ウェストは髪はブロンド、目はブルー。身長約63センチ、体重54キロ。身事なグラマーで柔道の達人。いざというときの用意に、太もものガーターに、22口径の拳(けん)銃をくくりつけているという美人探偵だ。一方、メイヴィス・セドリッツは、カーター・ブラウンが生みの親だが、そのグラマーぶりは、ハニー・クエストに優るとも劣らない。故郷の美人コンテストで第一位になり、ハリウッド入りしたが、さっばりいい役がつかない。ついに映画界に見切りをつけて探偵事務所に入ったという変わりダネ。それだけに性的魅力は抜群だが、頭は弱く、習った空手よりも、ずり落ちたブラジャーやパンティーがのぞかせるお色気を最大の武器にしている。
 こんなぐあいに、これまでのハードボイルドの女流探偵は女の知性や感性を発揮するものでは必ずしもなかった。
 そんな理由から、P・D・ジェイムズの「女には向かない職業」(1973年)のような作品が生まれたのかも知れない。この作品には、私立探偵事務所の所長が自殺したため、やむを得ず秘書から探偵に変身する二十二歳のコーデリア・グレイという女性が登場する。若く、優しく、清潔な知性が漂うこの女性はまことに魅力的だ。ただし、この作品は完全な意味のハードボイルドではない。
 その意味で注目されるのは、サラ・パレッキーの「サマータイム・ブルース」(1982年)に初登場するX・T・ウォーショースキーとスー・グラフトンの「アリバイのA」(同)に姿を現すキンジー・ミルホーンいう女流探偵。2人とも結婚生活に破れ、私立探偵と保険の調査員になった。射撃もうまい。何より女性も仕事を持って自立すべきだという新しい意識が新鮮である。


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