海外の安楽椅子探偵  ミステリー雑学百科24

 一風変わった名探偵として、アームチェア・ディテクティプ、つまり安楽椅子(いす)探偵というのがある。
 もともとは、安楽椅子にゆったりと腰をおろし、人から事件に関する話を聞きながら、ずばりと事件のなぞを推理をする名探偵のこと。
 しかし、実際に安楽椅子にすわっていなくても、事件の現場に行かず他人の話を聞いて名推理を展開する名探偵を広く安楽椅子探偵といっている。
 安楽椅子探偵の第一号は、西インド諸島のモンセラット生まれのマシュー・フィリップ・シールが作り出した、プリンス・ザレスキーで、「オーヴンの一族」(一八九五年)に初めて姿を現す。
 プリンス・ザレスキーは、王位を継ぐ身でありながら、不幸な恋のため祖国を追われたロシアの貴族。ロンドン郊外の古い城の塔楼にヌビア人の下僕ハムと二人で骨董(とう)品に囲まれながら世捨て人の生活を送っている。
 仲のいい作者のシールにだけは心を開き、事件についての話を聞きながら、事件のなぞを次々と解いていく。
 こういう安楽椅子探偵の中で最も有名なのは、英国のオルツイ男爵夫人の「フェンチャー街の謎」(一九〇一年)に初登場するご存じ隅の老人≠セろう。
 血の気もなくやせていて、いくら隠してもハゲとわかる頭のてっぺんにぴたりと髪をなぜつけ、神経質そうに、いつもひもを手に、変てこな結び目を作ってはほどいている。
 しかし、いかにも貧相なこの隅の老人≠ヘロンドンのノーフォーク街にあるABC喫茶店で、婦人記者のミス・ボーリー・バートンを相手に難事件について見事な名推理を展開して見せるのである。
 この隅の老人=A実は純粋な意味での安楽椅子探偵といえない面がある。自分で関係者の裁判を聞きに行ったり、事件の起きた土地に出掛けて行くこともあるのだから。 さて、女性の安楽椅子探偵としては米国のジェームズ・ヤップェが生み出したプロンクスのママ≠ェ面白い。
 毎週金曜日の夜、ブロンクスのアパートに息子の警官デービッド夫妻を招いて話を聞きながら犯人逮捕に協力する未亡人の母親が主人公で、「ママは何でも知っている」(一九五二年)などで活躍するが、なかなか味のあるシリーズである。
 このほか、米国のハリー・ケメルマンの「八マイルは遠すぎる」二九六七年)に初登場する中年の英文学教授ニッキイ・ウェルトも徹底した論理主義を展開する安楽椅子探偵として傑出している。
 純粋な安楽椅子探偵とはいえな、いが、クリスティの老嬢探偵ミス・マーブルやレックス・スタウトの太っちょの美食家探偵ネロ・ウルフなどもこの系統に属する名探偵といえるだろう。
 これらはいずれも古典的な安楽椅子探偵だが、現代の安楽椅子探偵の代表は、ジェフリー・ディーヴァーが「ボーン・コレクター」(1997)で作り出したアメリカ最高の犯罪学者リンカーン・ライムだろう。もっともこの人物、捜査中の事故で全身麻痺になり、動かせるのは首から上と左手の薬指だけなので、ベッド・ディテクティブというほうが正しいかも知れない。
 黙ってすわればぴたりと当たる式の安楽椅子探偵は純粋推理という点では面白いが、動きが少ないだけに書くのは難しいようである。


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