酔いどれ探偵の復活  ミステリー雑学百科16

 酔いどれ探偵というのはいつの世でも人の共感をそそるようだ。
 ジェイムズ・クラムリーの「酔いどれの誇り」(1975年)に登場する酒浸りの私立探偵ミロやローレンス・ブロックが「八百万の死にざま」(1982年)などで活躍させているアルコール中毒のもぐり探偵マシュウ・スカダーはその一例だ。
 酔いどれの名探偵というとすぐ思い出すのは、都筑道夫の名訳で知られるカート・キャノンの「酔いどれ探偵街を行く」という連作短編集だろう。
 カート・キャノンは87分署シリーズという警察小説で有名な、エド・マクベインの別名で、エラリー・クイーンと同じように作者と名探偵が同じ名前になっている。
 カート・キャノンはニューヨークの裏町のバウアリで働くもぐりの探偵だ。
 かつては、探偵事務所を構え、4人の部下を使っていたこともある。
 だが、結婚4ヶ月目に、愛妻のトニが部下のパートナーと抱き合っているのを見つけたのだ。思わずキャノンは、45口径のピストルの台尻で男をなぐりつけ、認可証を取り消されたのだ。
 別れた妻のトニが街に戻ったと知らされ、再会したのも束の間、再び悪夢のような出来事に巻き込まれるという「抱かれにきた女」をはじめ1953年から54年にかけて書かれた短編には、主人公の感傷が色濃くにじんでいる。
 こういう酔いどれ探偵は、1935年にすでにジョナサン・ラティマーが私立探偵のビル・クレインで先例をつくっており、また、妻と別れてから酒浸りになった探偵という設定は、ウェイド・ミラーが「罪ある傍観者」(1947年)などに登場させたマックス・サーズディにすでに見られる。
 そういえば、アル中探偵といえないまでもクレイグ・ライスの「大あたり殺人事件」(1941年)などで活躍する刑事弁護士ジョン・J・マローンも片時もグラスを手から離さない。
 どうも人間というのは、余りしっかりした人間より、弱さをさらけ出す人間に共感を抱くものらしい。
 「八百万の死にざま」で夜の女が殺された事件を追うスカダーも私立探偵の認可証をもっていないもぐり探偵だ。もともとは刑事だったが、捜査のとき射った銃の弾丸が幼い女の子を巻き添えにしたため警察をやめた。それからはすっかりアルコール中毒になり、妻とも別れ、今では何とかもぐりの私立探偵として食いつないでいる。
 一方の「酔いどれの誇り」のミロは、没落した名家の生まれだが、二度の離婚体験を持つ39歳の飲んだくれの私立探偵。父親の遺産がころがり込むのを待つだけという希望のない毎日を送っている。
 やはり酔いどれ探偵はわびしいのである。


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