ダイイング・メッセージとは?  ミステリー雑学百科3

 ミステリーのトリックの一種にダイイング・メッセージというものがある。直訳すれば死に際のメッセージということで、要するに犯人に襲われた被害者が死に際に、最後の力を振り絞って犯人を知らせる手掛かりを残すことである。
 米国の本格派の巨匠エラリー・クイーンはバーナビー・ロス名義の傑作『Xの悲劇』(1932年)をはじめいくつかの作品でダイイング・メッセージを巧みに取り入れている。 『Xの悲劇』には、ジョン・デウイットという株式仲買人がローカル線の列車内で射殺死体となって発見される場面がある。
 ところが、死体には奇妙なところがあった。左手の中指が、人差し指の上に重ねられて、奇妙な形に堅く絡みつき、親指と残りの2本の指は内側に曲がったまま硬直していたのである。
 地方検事のブルーノは思わず叫ぶ。「ぼくが頭が変なのか、目がどうかしているのか、それとも何なのだ?これは−」
 そして笑い出す。「ばかばかしい、そんなはずがあるものか。中世のヨーロッパじゃあるまいし…これは悪魔の目をよけるまじないですよ!」
 『Xの悲劇』という題名が作中のこの奇妙に指を重ね合わせた形から取られたことはすぐお分かりだろうが、一体これは何を意味するのか。
 これが後半の一つのなぞになるわけだが、『Xの悲劇』で注目されのは、この殺人事件が起こる直前に列車の中で、名優探偵ドルリー・レーンがダイイング・メッセージ論ともいうべき議論を展開しているところにある。
 レーンは一つの例を挙げている。
 ウイーンのホテルの一室で警察のスパイをやっていた犯罪者が死体となって発見された。奇怪なことに、この男は砂糖のザラメを手にしっかり握っていたのである。テーブルの砂糖入れが倒れていたので、男はひん死の重傷を負いながら犯人を暗示するため、砂糖を手にしたことが分かった。やがて犯人は砂糖と同じような白い結晶であるコカインの常用者であることが捜査の結果明らかにされたのである。
 レーンはこのようなダイイング・メッセージを生む人間の心理を分析していう。
 「このように−死の直前の比類のない神々しいような瞬間、人間の頭の飛躍には限界がなくなるのです」
 フランシス・ネヴィンズ・ジュニアは、『エラリー・クイーンの世界』という評論の中で、このくだりを、カーの『三つの棺』名探偵のフェル博士が行う密室講義に比すべ素晴らしいものだと述べているが、クイーンは、長編『シャム双生児の秘密』や『白砂糖』、「GI物語」などでもダイイング・メッセージを使っているので、この手のトリックが好きなのだと思う。
 ただ、ダイイング・メッセージには、こじつけと紙一重なところもあって、失敗例では
いかにもしらじらしい結末になってしまうおそれもある。
 なお、新しい試みとしては、エドワード・ホックの長編『大鴉殺人事件』(1969年)などがある。


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