凝った題名や目次  ミステリー雑学百科20

 ミステリーはもともと遊び心から生まれたものなので、題名や目次にも凝ったものが多い。
 たとえば、米副大統領の令嬢キャサリンが名探偵として活躍する山村美紗の「百人一首殺人事件」は14の章から構成されているが、各章の一番上の字の読みを並べると、有名な歌の下の句になる。具体的に見ると、「おけら詣りの殺人」「危険な容疑者」「舞妓たちの夜」「ドアは閉まっていた」「和歌の暗号」「戦慄の死の札」「類似の死体」「死神の家」「烙印の日」「疑惑の百人一首」「空間のアリバイ」「脳手術の秘密」「剥がされた仮面」「謎の解明」の14の章で、この一番上の読みをつなげると次のようになる。
「置きまどわせる白菊の花」
 これは、ご承知のように小倉百人一首の中の凡河内窮恒の歌で、上の句は、「心あてに祈らばや祈らむ初霜の」である。こういう心くばりは、作者が教えてくれないとちょっと気がつかない。
 同じような趣向は、実は、エラリー・クイーンが、「ギリシャの棺の秘密」(1932年)で試みている。この作品は34章から成っているが、各章の最初の文字を順番に並べると、The Greek Coffin Mystery by Ellery Queen となる。つまり「ギリシャ棺の秘密エラリー・クイーン作」である。
 最初の章をいくつか並べてみよう。
 墓穴Tomb、探索Hunt、謎Enigma、ゴシップGossip、死体Remains、発掘Exhumation、証拠Evidence、他殺Killed?・・・これだけでThe Greekギリシャの・・・となるわけである。
 ミステリーの題名にもいろいろあるが、この点について最も詳細に研究したのは、長沼弘毅である。
 氏は「ミステリアーナ」という本の中で、「場所と題名」「連続題名」「短い題名」「数字入り題名」「色の題名」「動物題名」「疑問符のついた題名」など細かく分類して取り上げている。
 よく知られているように、米国の本格派のヴァン・ダインは題名に必ず「殺人事件」を付けた。「ベンスン殺人事件」「グリーン家殺人事件」などはその一例だが、日本でも最近、こういう単純明快な題名が復活しているように思える。
 その代表選手は、西村京太郎で、「寝台特急殺人事件」をはじめとするトラベル・ミステリーはほとんどがすべて「殺人事件」が付いている。
 こういう傾向は斎藤栄、山村美紗、内田康夫などにも見られる。その理由は何か?最近ミステリーの性格があいまいになってきているので、読者にはっきりと中味を知らせる意味でこういう題名が多くなったのだという向きもある。
 松本清張の長編の題名は「点と線」をはじめ抽象的で現代性を感じさせるものが多い。氏の鋭い時代感覚の現れだろうかが、余り具体的な題名だと内容が制約されてしまうので、連載小説のときは抽象的な名前のほうがむしろいいとお聞きしたことがある。途中で筋も犯人も変わっちゃうこともありますからね。


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