史上最悪の迷探偵ドーヴァー警部  ミステリー雑学百科25

 推理小説史上最悪の迷探偵と折り紙をつけられているのは、イギリスの女流作家ジョイス・ボーターが生みだした、かの悪名高き、ロンドン警視庁犯罪捜査課のウイルフレッド・ドーヴァ一警部である。6フィート2インチ、110キロの超肥満体。その上にのっかっている大きなたるんだ顔の造作はすべての縮尺が狂ったとしかいいようがない。目、鼻、口があまりにも小さく、まるでだぶだぶの肉の中に埋没しているように見える。
 ボタンのような目、ダンゴ鼻、バラのつぼみのようなロ。そのロの上にはヒットラーばりのチョビひげをたくわえている。
 見てくれもさえないが、心の中はもっと悪い。性格が陰険で、とても焼きもちやき。しかも大変に意地悪ときている。
 それでも天才的な推理で難事件を解決するというのなら許せるが、偶然に助けられて真犯人を逮捕するか、さもなければ優秀で礼儀正しい誠実な助手チャールズ・エドワード・マクレガー部長刑事が足を使って得た結論を横取りしてしまうのだから始末が悪い。
 このドーヴァー、ろくに捜査もしないうちから、あやしいと思った人物を見付けると、「あいつが犯人だ」と怒鳴り出すのだから、周囲の人間はまずびっくり仰天、あとはハラハラのしどおしだ。
 この抱腹絶倒の迷探偵は、若い娘の行方不明事件を扱った「ドーグァー1」(一九六四年)に初めて姿を現して以来、十の長編で活躍するが、とにかくなぞ解きの面白さを備えているだけでなく、ユーモアたっぷりで笑わせる。
 食い意地が張っていて、聞き込み先で出される物にすべて手を出そうとするし、上役のことから始まって、長時間乗らなければならない乗り物のこと、さらには、仕事がしたくないのに勝手に死んでしまった被害者のことにいたるまで、ありとあらゆることに悪口雑言を投げつけるドーヴァ一警部。そのかたわらでハラハラしながら黙々と仕事を続ける若い好人物のマクレガー部長刑事のコンビは絶妙だ。
 この迷探偵のあまりのピント外れの捜査ぶりに犯人の方が度肝を抜かれて自白したり、すっかり事件の真相を見抜かれた上で、泳がされていると思い込んで自殺してしまうありさま。
 迷探偵もこれくらい徹底すれば名探偵といえるかもしれない。
 このドーヴァ一瞥部、第八作の「人質」(一九七六年)では、なんと自分が誘拐されて人質にされてしまうのだから痛快だが、第九作の「楽勝」(七八年)では転職を目指してそれまでにないハッスルぶりを示し、第十作の「昇進」(八〇年)ではついに警視に昇進する。
 日本にこの手の迷探偵を求めれば、海渡英祐が短編「動きまわる死体」(昭和46年)に初登場させた、警視庁技査一課の吉田茂警部補の名前が浮かぶ。
 行儀が悪く、ガンコで我が強く、上司の説得にも耳を貸さない一徹な所がある。大酒飲みな上、七人の子持ちなので年中ピーピーしているこの迷探偵は十数編の連作短編で活躍する。


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