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Kawaguchi Ekai ・ A path to Tibet 9
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類似点
原稿をまとめるためにはどちらの峠が適切か、さらに分析して考えを進めなければならない。実は、僕は今回の隊員の中でただ1人クン・ラには行かなかった人間である。それだからこそ、逆に 、純粋に慧海が越境した峠を資料から想像してみる価値があると思い、書き進めることにしたのである。大阪山の会のホームページにあるクン・ラ周辺の写真を一通り見、ノートに書き写しておいた概念図を見ながら詳細な秘密の地形図を思い出し、想像をめぐらせる。クン・ラに行くことができなかったのはかえすがえすも残念だとは思うが、慧海がどこを越えたのかという核心を、ほかの人が探った資料を基に机上で想像する権利を有しているのだからそう悪いことではない。
この際せっかくだから新しい越境峠説を構築しようと意気込んで原稿を書いたのは事実だし、河口慧海がもし単独で峠を越えていたらどんなに面白いことだろう、と考えていたのも事実である。そういう思いが、結果的には慧海が越境した峠がどこか深く考えさえることにも繋がった。しかし、ゴシャル・ゴンパの僧侶からの聞き取り調査と僕のさまざまな登山体験を通して考えると、峠越えに大きな不安を抱く河口慧海が、カイラスに直接行くのならいざ知らず、まずはゴシャル・ゴンパに行ってその先の情報を得よう、さらに協力が得られるなら協力を求めようという思慮を兼ね備えたうえでの行動のようだと思うと、わざわざ危険度の高いルンチュンカモ・ラを越えたと考えるのは無理があるような気がしてならなかった。それにどうこじつけても下流にある池の存在がこの説の確立を阻んでいたのである。峠の状況や池の状況を考えると、状況証拠はどう考えても、慧海が越えたヒマラヤの峠はクン・ラに間違いないだろうというところにしか収束しないのだ。
もちろん慧海はすべての荷物を到底一人では持てそうにないので、荷物はヤクやロバ、馬などの使役動物に託したのはほぼ間違いないだろう。そう考えると、大石が積み重なり、大きな落とし穴が散在するルンチュンカモ・ラは、慧海一行にとって明らかに不利な峠越えである。大西保が言うように、この当時の人間がヒマラヤの峠を一人で越えるというのはやはり至難の技なのだと思わせるところが残念でならないが、少なくとも峠の手前か峠までは手助けをうけたのだろう。夢は夢として残しておきたいが、現実的に考えると自分一人の力では越えられなかったとそう判断せざるを得ないのだ。
そう判断する理由の一つは地形図という観点からも窺える。実はこの当時、ここはまだ「地図の空白部」だったのである。慧海はあらかじめ磁石を用意していたが、地図までそろえていたというのはどうみても考えられない。もちろんそれを思わせる記述はどこにもない。峠を越えようと思うなら、さらにそこからカイラスに行こうと思うなら、やはり情報提供者が必要であっただろう。それだからこそまずは峠を越えてゴシャル・ゴンパを目指したのではないだろうか。慧海の行動を見ると、目的の一つはラサであり、もう一つは霊場巡りにあることは確かである。大きな旅の始まりで何も危険を冒すことなど一つもないのだ。
この長い文章を何とかまとめ、最後の訂正を加えて提出したのち、これだけで終わらせるのはもったいないと考え、写真だけしか見ていなかった大阪山の会のホームページの文章全体を読んでみたり、慧海のことをもっとよく知ろうと、奥山直司著「評伝 河口慧海」という本を読んだりもした。この「評伝 河口慧海」という本を読んでいたとき、河口慧海の誕生日と自分の誕生日が偶然にも同じ日であることに気がついた。何だか自分によく似た性格の人のような気がしたのだが、偶然とはいえ、何か因縁めいたものを感じた。もしかしたら、最初からこういう文章を書く運命だったのかもしれないなどと、つい思ってしまった。
写真 ゴシャル・ゴンパ遠景。石灰岩でできた岩山は白く浮かびあがって見える。まさに白巌窟と呼ぶにふさわしい光景である。
Explorer Spirit 木本哲
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