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雑感・冬 12
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>2>3>4>5>6未踏の 氷瀑 氷柱『ラビリンス』初登攀――22m、Y−
2009.1.28氷壁を登りに行ったら偶然未踏の氷柱に出くわした。一瞬わが目を疑ったが、これはどう見ても記録のない氷柱である。こんな立派な氷柱が未踏のまま残っていること自体が驚きだが、もちろん未踏なら黙って見ている手はない。初登攀を記録する願ってもないチャンスである。
これを今すぐ登ってしまおうかとも思ったが、若干氷が細いし、見た目はつららの集合体である。また、右の方は一部氷がとても薄そうに見えるので、今すぐに登るべきか、それとももう少し太くなるのを待つべきかどうか迷った。迷うのはこの氷柱はそのまま放っておいても他者に見つかることはないだろうという変な安心感があるせいだ。
もっともこんな立派な氷柱に出くわしたのは2000年1月に米子不動の氷瀑を登りに行ったとき以来のことだ。未踏だろうと未踏でなかろうと見た目登れそうなら登ってしまう――。いつだってそんな感じで登っているのだが、後にこれら未踏の氷瀑のうち最初に登った氷瀑には「アナコンダ」と名づけ、次に登った氷瀑には「コブラ」という名をつけた。これら二つの氷瀑を偶然発見して以来のことだから心はどきどきわくわくしている。しかし、見るからにこの状態でも登れそうな氷柱だからまさにラッキーというおいしい状況が今僕の目の前で展開しているのだった。
この氷柱を登るかどうか迷いつつももちろん「いただき」という感覚も多分にあった。ところが、氷の発達がいまいちで、アイスクライミングに利用できる氷壁の幅がちょっと狭いのが気にかかってしようがない。しかも氷壁はつららの集合体で、出だしの下段はどこでも登れそうだが上段は左に寄れば寄るほど登り難そうな太いつららが集合した氷柱に見える。どうやらこの氷は右の壁に薄く張り付いた氷を利用して登るのが最もやさしい登り方のようだ。
厚みをもって垂れ下がるメインの氷壁を対象として登りたいところだが、氷壁はつららの集合体だからちょっと気後れする。その氷柱の右側の岩壁にはりついた氷壁自体もつららから発達してできたもののようだが、こちらの氷壁は厚みがなくてこの暖かさでは氷にどのくらいの支持力があるのか見当がつかない。生憎気温は若干高めだ。これが僕個人の山行なら迷うことなく登ってしまうのだろうが、ガイド山行の最中だから登攀に失敗して事故を起こすようなことがあってはまずい。そんな重圧が登攀をためらわせる。もちろん右寄りの氷がベルグラ状にしっかり岩壁に張り付いているのなら何も問題はないのだが――。
氷壁そのものにボリュームがないのは見え見えで、左に寄るほどつららが太く、一本一本が独立していて悪い。だから、実際に氷壁が登れるものかどうか真剣に考えねばならない。垂直の氷壁は下から上までつららの集合体の様相だからプロテクションがうまい具合に取れるのかどうか、はたまた苦労して作ったプロテクションがしっかり効いてくれるのかどうかが気になるところである。あれこれ考えると頭の中はどんどんネガティブになっていく。そこでとりあえず垂直の氷壁の下にかかる傾斜の緩い氷の滑滝を登ってこの氷壁が実際に登れるものかどうか偵察に行く。幸いなことに氷柱の取り付き付近に立ち木があり、この滝を登攀するつもりならそれを支点に確保をすることができそうだ。もちろんそれを支点にしてそこから滑滝の取り付きへ懸垂下降をすることもできる。見上げると氷柱の落ち口にもうまい具合に立ち木がある。
滑滝を登って氷柱の真下に達し、氷壁をつぶさに偵察したところ、どうやら氷柱右側の氷は割合しっかり岩に張り付いていてちゃんと使えそうである。そういうわけなので今日この氷壁を登ってしまうことにする。
実際にこの氷柱を登ってみたところ、滑滝を越えたところにある取り付きの立ち木のビレイポイントから落ち口の立ち木のビレイポイントまで標高差は約22メートル、グレードは中間の傾斜が強く、Y−からYほどというところだった。しかし、何せこの氷壁はつららの集合体のため、プロテクションの設置が難しいのでグレードは掛け値なしのYだと思って登った方が無難である。右寄りの壁に張り付いた氷壁も左よりの太目の氷柱ももとはつららで、氷瀑そのものがつららの集合体でできているから、プロテクションをとる場所によっては意外に貧弱なプロテクションになってしまうことを考えると変なところで落ちるわけにはいかない。でも核心は氷壁を一段登ったところから始まる中間部の10メートルほどだけだ。ただし氷瀑の傾斜から受ける印象は、そのうちの6、7メートルはかぶり気味である。
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この氷瀑は垂直の岩壁にかかるもので氷瀑の周囲は屹立する岩壁に守られており、氷瀑の左右から巻いて落ち口に登ることはできない。トップロープを簡単にかけられるという代物ではないので、この氷瀑が登りたければ自らリードして氷瀑の上、おそらく夏は涸れ滝の落ち口に出るしか方法はない。この氷瀑を登るのは今回が始めてなので条件がいいときの氷の状態がどの程度の状態になるのかわからないが、今年はのっけからアイスクライミングの条件が悪いので今回はもちろんあまりよい状態ではないのだろう。よくはないのだろうが、これよりさらに状態がよくなったとしても氷瀑がつららの集合体であることに変わりはないであろうからこの氷瀑をリードして登る場合は細心の注意が必要である。ちなみにこの氷瀑のルート名は「ラビリンス」としたが、迷宮の氷はいつまでも迷っていては登れない。
今年の氷の状況はどこも発達が悪い。この氷柱も一見右側の壁に張り付いた氷が薄い上、アイスクライミングに耐えうるだろうメインの氷柱自体が細いので登る時期を最大一ヶ月ほどずらして氷の状態がもっとよくなるのを待とうかと思ったくらいである。だが、滑滝を登って真下から偵察をしてみたところ、難しそうだけど氷はなんとか登攀に耐えられそうな気がしたので結局今日登ってしまうことにした。だが、登ると決断するまでちょっと時間がかかってしまった。結局のところ、今年は氷の状態がよくなることを期待して待ってみても気温が高めに推移しているから氷瀑の成長自体がこれ以上好転するとは限らないと考えたのが今日登ってしまおうという決断を後押しした。何しろこのところあちこちで三月の気温だったという声を聞くくらいなのだからそう思っても不思議はない状況なのである。
この氷瀑はつららの集合体だからプロテクションの効きがいまいち信用できなかったことはいうまでもない。中間上部右手の氷に作ったプロテクションはアイススクリューがねじ込める厚さのところに設置したが、コルネのような氷に設置したのでどう見てもあまり強度がないと思われた。だから、墜落すれば氷が破壊されてアイススクリューは抜けてしまうだろう。そう思って左側にもアイススクリューを埋め込む。実際、厚そうに見える左側の氷壁とてつららとつららの間に入ったり、埋め込んでいくと空洞に突き当たったりしたのでプロテクションの効きはどう考えても左右の壁ともいまいちのようであった。しかし、登ると決め、登りだしたからには後戻りするのは難しいし、いやなものだ。もちろん登れそうなものを登らないというのは悔しくもある。
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滑滝を氷柱の真下まで登ると、氷柱は出だしからつららからなる氷で、氷が透き通って見える薄そうな氷壁を思い切って登る。一段上がると一息つけるがそのあとは抜け口までかなり立っている。特に中間部が垂直で、つつつららの集合体でできているからけっこう悪そうに思えたし、実際登っていて悪かった。グリーンランド出発直前に傷めた膝のけがの回復の遅れ具合もあって、最近岩をあまり登りこんでいなかったからこの氷壁を今日登るかどうか、実は躊躇した。だけど、気合を入れて登ることにした以上何が何でも登ってしまおうという気概に包まれていた。力のある上手な人がこの氷壁を登ろうと思ったら、氷壁の標高差が22メートルと短いから物足りなさを感じるかもしれない。だけど、氷壁の傾斜と長さとルートとして採ることができるラインの狭さから言えば実質の登攀はけっこうシビアなアイスクライミングである。そんな氷の悪さを楽しむ登攀になるだろう。
今年の状況から考えれば、今後雪が降って寒気が続けば、左側の氷も下までつながって左側も登れるようになるかもしれない。例年通りの展開なら決してそうならないとは限らないだろう。何しろまだ1月下旬であり、今年の状況は氷の発達にとってマイナスの日が多かったからである。左右の氷の間はオーバーハングのために口を大きく開いたような形になっている。氷は下まで届いていないけれども、つららが発達して中間も下までつながればけっこう幅が広いみごとな氷壁になるのだが、実際にそうなるかどうかは神のみぞ知るだ。今年は氷壁の上部に雪が少なく、水の供給がいまいちの上、寒気もいまいちだからこの氷壁がこの先どう変化するのか予測がつかない。
今回ともに登ったクライアントは蔵王の仙人沢アイスガーデンや八ヶ岳の摩利支天沢大滝にも登りに行ったことがあるがこんな傾斜ではなかったと言う。実際、これは正直な感想だろう。でも、仙人沢の大氷柱は振られて登ることができなかったそうだ。クライアントはこういった傾斜と標高差を持つ氷のルートを登るのは今回が初めてのことだったので、上段を登り始めたら途中で休もうにもかぶり気味で休めるところがなく、最後まで休まずに登ってきたそうだが、腕が思い切りパンプしたという。かくいう僕とて同じような状況だ。ルートは実際に垂直の部分を登るから握力や腕力にかかる負担は大きい。この氷壁は20メートルのうち中10メートルはかぶっているんじゃないかと思うような傾斜である。摩利支天沢大滝が立っているのは季節も始めのうちで横幅もこの氷壁よりずっと広いから登りやすいラインを選んで登る余地があるが、こちらにはそれがない。氷の発達具合によっては傾斜や登攀距離そのものが変わってしまう傾向があり、そうなればもちろん氷壁のグレードそのものが変わってしまう。それに摩利支天沢大滝は急傾斜の部分が12メートルと短い。一方、こちらは20メートルもある。この違いは大きい。季節が進めば氷壁はどんどんやさしくなっていくことが多いのだが、この氷壁はどう変化するのだろう。いずれにしてもこの時期のこの状態なら、摩利支天沢大滝よりこちらの氷壁の方がはるかに難しい課題である。しかし、どうせ登るならこのくらいの時期に登る方が氷壁に威圧感があっていい感じなのかもしれない。
なんだかんだ言いながら未踏の氷壁をリードして登ってしまったが、どちらにしてもこのアイスクライミングはもうけものの初登攀だったことは間違いない。登り慣れた同じ場所に登りに行くのではなく、あちこち登り歩いていればこういうこともままあるわさ、と思う。氷壁の写真をそのまま載せると大変なことになるから加工しなくてはだめだけど、アップするのがちょいと面倒だな。何せサイズがでかいから小さくしなければ一発でサーバーの容量が足りなくなってしまう……。
使用ギア クォーク2本(アックス・ブレード&ハンマー付/リーシュレス)、M10(モノポイントクランポン)、レーザー、タービン(以上ペッツル・シャルレ)登山靴(ケイランド)、ヘルメット(カンプ)
使用ウェア フェニックス アイスクライミング用ウェア
フォローはバイパー2本(アックス&ハンマー付/リーシュレス)とダート(モノポイントクランポン)の組み合わせ。近頃というか、ハンドレストをつけたころからずっとそうなのだけど、アルパインでもアイスでもリーシュレスでリードしている上に、万が一アイスアックスを落とした時のための用心のバックアップなんてぜんぜん考えていないということに気づいた。マルチピッチを登っているというのに、登攀中にアックスを落とすなんてことをまったく考えていない……。だけど、本当に間違って落としてしまったらいったい僕はどうする気なのだろう。そのときはそのときと腹をくくっている節はなきにしもあらずだが、ちょっとはそんなときのことも考えておかねばならないよなあ。普段のガイド山行自体がリーシュレスだからぜんぜん違和感がないのだけど、マッキンリー南壁とかハンター北壁とかでもそうしてしまいそうだ。
うまくなりたかったらさまざまなところを登ってたくさん回数をこなすのがいい。アルパインクライミングの感覚を育てるものに実践ほど役立つものはほかにない。うまくなればどこでも登りにいく。また逆にどこでも登りに行けば必ずうまくなる。うまくなりたければ行動あるのみである。
◆写真で見ると案外氷が太く見える。季節が進むと下部はカリフラワーができて傾斜が緩くなりそうな気がしないでもない。それを考えれば早い時期を選んで登った方が面白いだろう。この氷壁を登ったことがあるという方がいらしたらご一報を。
>2>3>4>5>6自己紹介(木本哲登山および登攀歴)……山学同志会在籍一年目に培った技術を基礎として実行した初登攀〜第3登を中心にまとめた
ラビリンス ☆☆ 22mと小さい氷柱だけど、立っていて面白い。
木本哲プロフィール(「白夜の大岩壁・オルカ初登頂」のページから)……公開を取りやめています
僕のビッグ・ウォール・クライミング小史……公開を取りやめています。「目次」を参照してください
Satoshi Kimoto's World(木本哲の登攀と登山の世界)……海外の山もさまざまなところへ登りに出かけました
しぶとい山ヤになるために=山岳雑誌「岳人」に好評連載中……登山開始から山学同志会在籍一年目までの山行で学んだこと感じたこと
先日湯河原幕岩でずいぶん懐かしい顔にあった。随分前に岩登りや沢登りを一緒にやったことがある人だったのだが、ちょいと太ったんじゃないの、と当時の体型を思い出しながら尋ねる。「ええ、そうなんですよ。やばいんですよ」と言っていたが、太ったというべきなのか、それともふくよかになったというべきなのか、あるいは中高年になったとさらに失礼なことを言うべきか――。2日行程の沢をまた1日で登るかね? かく言う自分もちょいと体力をば鍛えねば――。城山のトポは残りわずからしい。欲しい人はいませんか?
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予想だにしないところに未踏の、しかもりっぱな氷があるのを目の当たりにすると、もしかしたらほかにもまだあるかもしれないと思ってしまう。実際まだまだあるのだろうが、50メートル、100メートルクラスとなると少ないのだろう。でも垂直なら標高差が20メートルあれば立派なものだ。つららの集合体ならよけいに厳しいラインができて頼もしいが、リードして登るのは大変だ。まだ1月だというのに3月の暖気に包まれてしまってどうしたらいいのだろうと途方にくれてしまう。でも、そんな状況の中でもあたらな氷壁が見つかっていく。面白いものだ。週末土曜日は天気がよくない予報になっている。悪天のあとは氷を育む雪と寒波が欲しい。
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昨年のいつ頃だったか、坂下直枝さんに「木本パチンコ(継続登攀)に行こう」と誘われたとき、「グリーンランド出発直前に落石が当たってあばら骨は折るし、膝の筋は傷めるし、尾てい骨は折るしで、そのときの膝の怪我がまだ治りきっていなくて、歩けることは歩けるのだけどとてもパチンコに行ける状態ではないです」と言って断ったのを思い出す。だけど、お荷物だったその膝が本当にようやく順調に回復する兆しを見せている。もはや回復まで丸二年を要しそうな気配だが、このところ膝の周囲の筋肉の太さがしだいに戻ってきて足そのものが太くなってきた。以前は岩登りをしている最中に、力が必要なところで力を入れようとすると決まって足が震えていたのだが、昨年11月に岩を登っているときに対象の形状に応じて必要なムーブが自然にできるようになったのに続いて、必要なところで力を入れても足が震えなくなってきた。どうやら本当に足の神経が切れていたようで、神経が伸びてつながるのに丸一年半は要したということなのだろう。グリーンランド帰国直後と比べれば体の具合は雲泥の差だ。だいたいグリーンランド出発前は車の座席に座って移動するだけでもケツが痛かったし、足も痛かったのだから何をかいわんやである。体に痛みがあると暗くなる。それでなくても体に障害を抱えているのだから、そんなことがあると気持ちが萎えてしまう。この春からはもっとよくなるだろうから本格的に体を鍛えなおさねばならない。鍛えあがったらパチンコを考えよう。やはりパチンコは面白い。国内最高のクライミングスタイルだろう。
※アイスクライミングのガイドをいたします。ご要望は
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