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Kimoto Satoshi Alpine Climbing School
烏帽子沢奥壁ディレッティシマ(クライミングジャーナル)
烏帽子沢奥壁をめぐるルートの中では中央カンテとディレッティシマが最も登攀距離の長いルートではないでしょうか。しかし、ディレッティシマは、技術的には中央カンテをはるかにしのぐ登攀ルートです。冬季に完登するには経験に裏打ちされた確かな技術と精神力が必要です。しかし、夏はオールフリーで登れるルートですので、夏だけ登ってみても面白いルートです。冬はもちろん厳しい登攀を強いられますが、国内有数の好ルートだと思います。ぜひ登ってみてください、と言いたいところですが、冬季初登攀から20年以上の歳月が過ぎていますが、未だに第2登の記録が見あたりません。同じく冬季初登攀した烏帽子沢奥壁ダイレクトが冬季第3登までなされているのとは対照的です。同時期に登られた烏帽子沢奥壁の大氷柱が多くのクライマーを迎えているのと対照的ですが、登攀レベルがもう少し上がれば多くのクライマーを受け入れることになるのかもしれません。
コップ状岩壁右岩壁左カンテ(クライミングジャール)
冬季初登、冬季第2登は12月初旬に一部固定ロープを使って登られていたので、興味を持ちました。この登攀は積雪が多い時期を見計らって挑戦した冬季第3登の記録です。コップ状岩壁の底から壁を見上げると、覆いかぶさるように迫ってくる右岩壁の登攀ルートは、左岩壁の登攀ルートと違って、技術的な難しさだけではなく、登攀終了後の行動も気にかかって二の足を踏んでしまいます。本当にこのルートを登って無事に帰れるのだろうかと考えさせられる難しさを持っているのです。そのうえ雪が降り続けばコップ状スラブ自体が雪崩の巣となり、登攀を諦めて帰ろうと思っても容易に帰るに帰れなくなってしまいます。たとえルートを完登し、一ノ倉尾根に抜けても、天気が悪いと主稜線に抜ける直前で足止めを食らうこともあります。コップの底から見上げていると心は本当に暗く沈んでしまいます。
しかし、実際に登ってみるとそのような圧迫感はあまりありません。ルートそのものはなかなか登りがいのある好ルートで、楽しんで登ることができました。入山時の天気は芳しくありませんでしたが、一週間以上の天気図チェックから天気が好転することが予想されていたので、計画通り登攀を実行することにしました。予想通り天気が回復してきたときは、景色のきれいさもさることながら、心も晴れ晴れとして、心の底から希望がわいてくるようにも思えました。このルートも冬季第3登以降20年の歳月が流れています。烏帽子沢奥壁南稜フランケダイレクト(クライミングジャーナル)
最初の挑戦は後輩の新人を連れて登りに行ったのですが、上部ルートがわからず、トラバースしすぎて南稜フランケに出てしまい、横断バンドを右往左往してルートがどこか探しましたがわかりませんでした。ルート図さえ持っていかなかった自分が悪いのですが、新人を連れて登っていることを考えるとあまり悠長に時間をかけられないので、やむなく敗退を決めました。南稜フランケダイレクトは烏帽子奥壁左半分のルートの中では比較的簡単なルートです。2度目の挑戦は同期の仲間と登ったものの、リードする僕よりフォローするパートナーの方がはるかに時間がかかり、下部のみで敗退せざるを得ませんでした。3度目の挑戦では同期の仲間や後輩と一緒に出かけついに完登したのですが、さすがに下部3ピッチの登攀は、状況を知りすぎていてちっとも面白みがなく、つまらない登攀になってしまいました。それにくらべ、上部の登攀はグレード的には易しかったものの、そこに取り付くこと自体が初めてだったので、楽しい登攀ができました。
夏も冬も登った経験がないルートをいきなり条件の厳しい冬に登るのはやはり楽しいものです。冬季登山の常套手段として、行く前に下見に出かけることが少なからずあったのですが、技術力がレベルアップするとともにだんだんそういうことをすること自体がつまらなくなってしまいました。経験とはそら恐ろしいものです。確かに経験を最大限に活かせる人間なら、夏も冬も下見なしで登った方がはるかに面白いと感じることでしょう。感覚はフリークライミングのオンサイトと同じです。アルパインクライミングでも事前に下見をしてしまうと面白さを損ねてしまいます。当たり前のことですが、そういうふうな感覚にならないと、海外の見たこともない大きな壁には行くことができないでしょう。
そういえば、ときどき、遭難の原因が下見をしなかったこと、という文章を目にすることがありますが、下見をしなければ安全に登ることができなければ、一生大きな壁には行くことはできないでしょう。それは下見不足というより、むしろまだまだ技術不足、体力不足、経験不足で、そこに挑戦するに値する十分な資格が備わっていないということなのではないでしょうか。そんなことを考えさせる登山でした。
Explorer Spirit 木本哲
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