十二指腸潰瘍

胃や十二指腸の壁が傷つき、部分的に欠損した状態が潰瘍です。胃にできた場合を胃潰瘍、十二指腸にできた場合を十二指腸潰瘍といい、両者をあわせて消化性潰瘍といいます。十二指腸ではその始まりのふくらんだ部分である「球部」に好発し、しばしば1つではなく多発します。またあたたかい時期よりも冬季に発生し、季節的に発生頻度に差があることも特徴です。胃潰瘍は40~50歳代に、十二指腸潰瘍は20~40歳代に多くみられます。男性の患者さんが多く、女性の約3倍といわれています。なんらかの原因で攻撃因子の勢力が防御因子の勢力を上回り、そのバランスが崩れると、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を発症します。このバランスを崩す一つの要因として、ストレスが大きくかかわっていると推測されています。十二指腸潰瘍の原因として、•ヘリコバクター・ピロリ菌の感染、•イライラ、過労、睡眠不足、緊張、不安、手術前などからくる肉体的・精神的ストレス、 •刺激の強い香辛料や熱過ぎたり冷たすぎる飲食物を摂取し続けた場合、•痛み止め(NAIDs)やステロイドなどの強い薬や長期にわたる服用、•喫煙・飲酒・コーヒー、•暴飲暴食、早食いなど不規則な食生活、などがあげられますが、十二指腸潰瘍の原因の約9割がヘリコバクター・ピロリ菌が原因とされています。NSAIDs(非ステロイド系消炎鎮痛薬 Non steroidal anti-inflammatory drugs)は鎮痛薬や抗血小板剤として広く用いられCOX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素を阻害する作用を有し、このうちCOX-1が阻害されることで胃粘膜防御因子のPGE2(プロスタグランジン)産生低下が生じ潰瘍を生じやすいとされています。COX-2のみを選択的に阻害するNSAIDsでは比較的生じにくいとされています。旧来よりステロイド(一般に糖質コルチコイド製剤)使用にて消化性潰瘍発症が高くなると言われていましたが、近年のメタアナリシス報告で潰瘍発症の有意差は無いことが指摘されステロイドは消化性潰瘍のリスクファクターでは無いことが証明されてきています。
消化性潰瘍の症状の代表的なものは心窩(しんか)部(みぞおち)の痛みで、時には背中に抜けるほどの痛みとなります。痛みの程度と潰瘍の重症度は必ずしも一致しません。胃潰瘍と十二指腸潰瘍では、その痛み方に特徴があります。胃潰瘍の場合はみぞおちから左にかけて、十二指腸潰瘍はみぞおちから右にかけて痛むことが多いのです。十二指腸潰瘍の自覚症状の中で最も多いのが腹痛で、みぞおちから上腹部右側辺りに痛みを感じます。十二指腸潰瘍は、空腹時や夜間に腹痛が起こり、食事をすると一時的に治まる症状が多く見られます。また、十二指腸潰瘍で腰痛になったという方がおられますが、これは、十二指腸自体が背中側にあるため、潰瘍が後ろにできた場合や放散痛として出る背中の痛みは、十二指腸潰瘍の症状の特徴でもあります。
胃潰瘍の場合は、食後に痛み出し、あまり食事を取りすぎると長時間痛みが続きます。腹痛が強ければ強いほど、十二指腸潰瘍の状態が悪いわけではなく、十二指腸潰瘍にかかっていても全く痛みを感じない場合もあり、気づかないまま潰瘍が悪化し胃に孔(あな)があき「穿孔性潰瘍」になって、初めて激痛が起こり十二指腸潰瘍に気づくといった場合もあります。痛みが急激に強くなり立っていられず、少しでもおなかをさわると飛び上がるほどの強烈な痛みが起きた場合は、潰瘍が非常に深くなり、胃や十二指腸の内容液が外へ漏れだし腹膜炎となった可能性が高いので、一刻も早く手術のできる病院に行ってください。 潰瘍が深くなると出血を伴うことが多く、一時期に大量に出血すると口から血を吐いたり(吐血)、便に出血したり(下血)しますが、比較的ゆっくりとじわじわ出血が続く場合には出血した赤血球中のヘモグロビンが酸化されて便がまっ黒になりタール便と呼ばれ、胃や十二指腸からの出血に特徴的です。十二指腸潰瘍では、吐血より下血が多く見られます。タール便、下血の場合気づかないこともあり、貧血になってやっと十二指腸潰瘍で吐血していると気づく場合も少なくありません。下血は、胃潰瘍や胃がん、大腸ガンの症状でもありますし、十二指腸潰瘍になり胃液が多く出すぎで胃粘膜とのバランスが崩れると、胸やけ、酸っぱいゲップなどが起こり、嘔吐、吐き気、食欲不振により体重が減少するなどの症状が出ることがあります。胸やけは胃液が食道に逆流して起こる症状で、胃液が多すぎる場合にみられます。また、十二指腸潰瘍の治癒時や再発を長年起こしている場合など、十二指腸に瘢痕ができて幽門狭窄という病気になることがあり、食べ物がスムーズに通らなくなり、吐き気や嘔吐を起こす場合もあります。ピロリ菌に感染しているかどうかを知る方法には、いくつかがあり、それぞれに特徴があります。目的に応じて使い分けられており、検査方法の選択を間違えると、正確な結果が得られないこともあるので、どんな方法があるのか知っておくことが大切です。
A.内視鏡以外の検査方法
 内視鏡検査を行わないので、苦痛を感じることがありません。
①UBT(尿素呼気試験)
 尿素を含んだ診断薬を服用して、服用する前と後の呼気を集めて診断します。袋の中に息を吐くだけなので、比較的簡単にできる検査ですが、最も精度の高い検査法です。除菌前に感染しているかどうかを診断するときと、除菌治療を行ったあと、きちんと除菌できているかどうかを確認する除菌判定の両方に使われています。
②抗体測定法
 最も簡単な検査法のひとつで、健診などではこの検査法を採用している場合が多いようです。ピロリ菌に感染すると身体の中に抗体ができますが、血液や尿の中の抗ピロリ抗体を測定してピロリ菌に感染しているかどうかを調べます。ただし、除菌後も抗体価の低下には6~12カ月かかります。そのため除菌成否の判定には不向きの検査法です。
③便中ピロリ抗原測定法
 糞弁中のピロリ菌を調べる検査です。お子さんの検査や集団検診にも利用できる精度の高い検査法です。注意点として、採取した便はなるべく早く検査する必要があります。
B.ピロリ菌の内視鏡を使う検査方法
①培養法
 採取した胃の粘膜を培養してピロリ菌がいるかどうかを判定する検査です。結果が出るまで5~7日程度かかります。陽性の判定は正確にできますが、陰性と判定が出た場合、採取した胃の粘膜にたまたまピロリ菌がいなかった可能性もあり、偽陰性となることがあります。培養されたピロリ菌にどの抗菌薬が効くか、薬剤感受性試験も同時に可能です。
②組織鏡検法
 採取した胃の粘膜を顕微鏡で観察し、ピロリ菌がいるかどうかを調べる検査です。この検査で明らかに陽性と診断された場合には、感染している可能性が大変高くなります(培養法の場合は100%です)。ただし、胃の粘膜全体にピロリ菌がいるとは限らないので、採取した組織の中に、たまたまピロリ菌がいない可能性もあり、100%の精度とはいえません。この方法では、ピロリ菌の有無だけでなく、胃粘膜の炎症の強さや、ガン細胞があるかどうか、ガンになりやすい胃粘膜があるかどうかなど、さまざまな情報が得られます。
③RUT(迅速ウレアーゼ試験)
 採取した胃の粘膜を特殊な液と反応させて、色の変化から菌がいるかどうかを判定する検査です。ピロリ菌はウレアーゼという酵素を持っており、その酵素が液と反応して色の変化が起こります。ただし、ウレアーゼを持つ他の菌でも反応してしまうので、偽陽性となる可能性があります。
消化性潰瘍の原因としては古くから様々な考え方があり、さらに近年はヘリコバクター・ピロリも原因の1つとして重要視されています。また急性胃粘膜病変と同様に非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs)も消化性潰瘍の原因とされています。胃はペプシンという消化酵素と塩酸を分泌しますが、これらの消化作用は非常に強力です。ペプシンと塩酸の強力な消化力で胃の壁自体も消化されそうに思われますが、実際にはそのようなことは起きません。胃の粘液分泌や胃の粘膜の血流などが防御因子となり、この攻撃因子と防御因子のバランスがうまく保たれることによって、胃は自らの消化液で傷つくことを防いでいるのです。しかし、攻撃因子が増強したり防御因子が減弱したりして、このバランスがくずれて攻撃因子が優勢になると、胃の粘膜が傷つき、さらにその傷が深くなり潰瘍に至ると考えられています。これが古典的な消化性潰瘍発生のメカニズムと考えられていましたが、近年のヘリコバクター・ピロリの発見によって難治性潰瘍や再発性潰瘍に対する考えかたは一変しました。ヘリコバクター・ピロリは胃酸が分泌される過酷な胃内の環境で生存・増殖が可能な細菌の一種であり、胃の粘膜に感染を起こすと炎症を引き起こし、さらに粘膜を傷害して、ついには潰瘍を形成するという考えかたがほぼ受け入れられるようになりました。今日では再発をくり返す慢性消化性潰瘍の原因の多くは、ヘリコバクター・ピロリではないかと考えられています。また直接的にではなくても間接的に消化性潰瘍の誘因となるものには、喫煙、飲酒、ストレス、過労などが考えられており、これらは潰瘍をわるくする方向にはたらきます。ピロリ菌の感染率は、衛生状態のよくない地域ほど高くなっています。ハッキリとした感染経路はわかっていませんが、井戸水や湧水(ワキミズ)、食べ物などと何らかの関係があることが指摘されています。ピロリ菌は、免疫力が低い5歳以下の子どもに感染することがわかっています。日本での感染率は、戦前戦後の衛生状態の悪い時代に幼少期を過ごした高齢者ほど感染率が高く、60歳以上の世代では約80%となっています。しかし、衛生状態のよくなった現在では若者の感染率は低下します。
 ピロリ菌に感染した人のすべてが、胃・十二指腸潰瘍を発症するというわけではなく、ピロリ菌感染者のうち、胃・十二指腸潰瘍を発症するのは2~3%となっています。とはいえ、日本での消化性潰瘍の患者数およそ80万人中、ピロリ菌感染者は胃潰瘍で約70%、十二指腸潰瘍で約90%であることがわかっており、ピロリ菌と胃・十二指腸潰瘍には深い関係があると考えられています。
 消化性潰瘍の検査として重要なのはバリウムによるX線検査と内視鏡検査です。潰瘍は消化管の傷ですからX線検査ではその傷口にバリウムがたまって診断することができます。また潰瘍のあと(潰瘍瘢痕)などもX線検査で胃や十二指腸壁のわずかな変形として診断できます。しかし診断の精度が高く、またがんとの鑑別に威力を発揮するのは内視鏡検査です。潰瘍の深さや出血の有無は直接肉眼で観察できる内視鏡検査が優れていますし、現在出血していることが疑われる場合には、まっさきに内視鏡検査をおこなわなければなりません(緊急内視鏡検査)。実際に内視鏡検査をおこなうと、細い血管から出血していることが肉眼で確認され、出血部位を内視鏡用の特殊な小型金属クリップではさんで止血したり、止血のための薬剤を注入・散布したりして出血をとめることができ、大変有効です。潰瘍が悪性かどうか、さらにピロリ菌に感染しているかどうかを組織検査で調べることができるので、内視鏡検査を行ったほうがよいでしょう。
崎田分類という潰瘍の治癒状態を分類したものがあります。1961年に国立がんセンターの崎田隆夫らが作成したものです。元々は内視鏡観察ではなく当時の主流である「胃透視画像(バリウム造影)」から提唱されたものですが、内視鏡観察が広く行われるようになってきた現在でも広く用いられています。
 活動期(Active stage):潰瘍辺縁の浮腫像・厚い潰瘍白苔がある時期
  A1:出血や血液の付着した潰瘍底はやや汚い白苔の状態 
  A2:潰瘍底はきれいな厚い白苔の状態 潰瘍辺縁の浮腫像は改善してくる時期
 治癒過程期(Healing stage):潰瘍辺縁の浮腫像の消失・壁集中像・再生上皮の出現が見られてくる 時期
  H1:再生上皮が少し出現している(潰瘍の50%以下)
  H2:再生上皮に多く覆われてきている(潰瘍の50%以上)
 瘢痕期(Scar stage):潰瘍白苔が消失した時期
  S1:赤色瘢痕
  S2:白色瘢痕