心筋梗塞

急性心筋梗塞とは心筋(心臓の筋肉で横紋筋)へ酸素と栄養を運んでいる冠状動脈に血栓(血のかたまり)が詰まり(閉塞し)、血液がいき渡らなくなり、心筋の細胞が死亡(壊死)した状態です。狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患は、心臓を養う冠動脈の動脈硬化により血管の内腔が狭くなり、血液の流れが制限されて生じます。冠動脈が閉塞すると約40分後から心内膜側の心筋は壊死(えし)に陥ります。これが心筋梗塞です。壊死は次第に心外膜側へ波状に広がり6~24時間後には貫璧性梗塞(かんぺきせいこうそく)となります。同じく冠状動脈の動脈硬化に基づく狭心症は心筋の壊死がなく、心臓本来のはたらきであるポンプ機能は正常に保たれているのに対し、心筋梗塞では心筋が壊死に陥ってポンプ機能が障害され、壊死が広汎に及べば心不全やショックを合併することもあります。1999年の急性心筋梗塞の死亡者数は男性は約26,900人で女性は約23,000人です。心筋に血液を運ぶ冠状動脈は、大動脈のつけねのところから、左冠状動脈1本と右冠状動脈の2本に枝分かれして、左右の心室に血流を送っています。さらに左冠状動脈は前下行枝と回旋枝の2本の大きな枝に分岐します。急性心筋梗塞の原因となる閉塞は普通、冠状動脈のいずれか1本でおこります(まれに3本同時におこることもあります)。最も多いのは左冠状動脈前下行枝がつまる場合で、左心室の前の部分(前壁)の心臓の筋肉が壊死となります。梗塞の部位によって前壁梗塞、下壁梗塞、側壁梗塞、高位後壁梗塞などがあります。
 最近の医学の進歩で急性心筋梗塞の死亡率は減少していますが、現在でも5~10%程度とあなどれません。急性心筋梗塞の半数には前駆症状として狭心症がありますが、残りの半数はまったく何の前触れもなしに突然発症するので、予知が難しいことが問題です。心筋梗塞は発症からの時間の経過で治療法、重症度も異なるので、発症2週間以内を急性、1カ月以上経過したものを陳旧性とするのが一般的です。従来、冠動脈の粥腫(じゅくしゅ)(おかゆ状の病変)は長年にわたって直線的に増大し、安定狭心症の状態から狭窄度の増大とともに不安定狭心症へ、さらには内腔が完全に閉塞することにより急性心筋梗塞を発症すると考えられてきました。最近では、不安定狭心症や急性心筋梗塞は、冠動脈壁の粥腫の崩壊とそれに引き続いて起こる血栓の形成のために冠血流が急激に減少するという共通の病態に基づいて発症するものと考えられるようになり、まとめて急性冠症候群(acute coronary syndrom;ACS)と呼ばれています。ただし、すべてがこれら粥腫の崩壊に基づくものではなく、狭窄度が徐々に進行したもの、また日本では冠れん縮(冠動脈の血管平滑筋の過剰な収縮)によるものも少なくありません。粥腫は動脈硬化により形成されます。動脈硬化は動脈が弾力性を失ってもろくなった状態で、年齢とともに徐々に進行しますが、人種差、体質や外的要因によっても進行度に違いがあります。粥腫はコレステロールエステルを中心とした脂質成分、線維などの細胞外マトリックス、平滑筋細胞やマクロファージなどの細胞成分からなります。冠動脈の動脈硬化を進行させる因子を冠危険因子といい、遺伝的因子、高コレステロール血症、高血圧、喫煙、糖尿病、肥満、痛風、中性脂肪、運動不足、精神的ストレスなどがあげられます。つまり動脈硬化の危険因子がそのまま急性心筋梗塞の危険因子になります。
急性心筋梗塞は多くの場合、胸部の激痛、絞扼感(こうやくかん)(締めつけられるような感じ)、圧迫感、焼けつくような痛みが起こります。胸痛は30分以上持続し冷や汗を伴うことが多く、重症ではショックを示します。狭心症の場合には、この発作が数分で治まるのですが、30分以上経っても治まらない場合には心筋梗塞が疑われます。胸痛の部位は前胸部、胸骨下が多く、下顎、頸部、左上腕、心窩部に放散して現れることもあり、しばしば背中や肩に放散します。随伴症状として呼吸困難、意識障害、吐き気、冷や汗を伴う時は重症のことが多いとされています。心不全症状や末梢循環障害による四肢末端の冷感を訴えることもあります。心筋梗塞の発作は、痛みのあるところを押しても痛みが変化せず、横になったり仰向けに寝たりなど体位を変えてみても痛みは変化しません。15分以上痛みが続き冷や汗や不快感などがある場合には、急性心筋梗塞を疑い、すぐに病院に行ってください。狭心症の患者さんで、症状の程度がいつもより強くなったり、回数が頻回になったり、軽い労作で誘発されるようになった場合には、不安定狭心症や心筋梗塞に移行する可能性があるので、ただちに専門医を受診するのが安全でしょう。
 胸痛を訴える疾患としては狭心症、急性心筋梗塞以外に急性心膜炎、急性心筋炎、大動脈弁狭窄症、急性大動脈解離、肺塞栓症、胸膜炎、気胸、肺炎、帯状疱疹、咳による筋肉痛、肋間神経痛、軟骨の炎症、逆流性食道炎、食道痙攣、消化性潰瘍、急性膵炎 、急性胆嚢炎、心因性 心臓神経症、不安神経症などがあります。心筋梗塞以外の胸痛の部位として「胸骨辺縁の痛みや圧痛(押すと痛い)は、肋軟骨の炎症によることが多い」、「左乳房の下方の痛み「ズキズキ痛い」、「キリキリ痛い」は、神経痛が多い」、「皮膚や体表近くの限局し、指で押して起こる限局した痛みは心臓に由来する痛みの可能性が低い」、「患者が痛い場所を指させるような場合や、直径3cm未満の小さな場合は通常狭心症や心筋梗塞による胸痛ではない」、「下顎より上の痛みはめったにない。・臍より下の痛みはめったにない」等の特徴があります。
 高齢者の心筋梗塞では特徴的な胸痛でなく、息切れ、吐き気などの消化器症状で発症することも少なくありません。また、糖尿病の患者さんや高齢者では無痛性のこともあり、無痛性心筋梗塞は15%程度に認められます。 65歳以上の113人の急性心筋梗塞の胸痛の有無を調べた結果では胸痛があるのは65~75歳で71%、75~85歳で50%、86歳以上で25%という報告があります。75歳以上の急性心筋梗塞の約50%以上は胸痛を伴わないのです。しかも、胸痛のない急性心筋梗塞が軽症かというとそうではありません。「胸痛のある急性心筋梗塞」と「胸痛のない急性心筋梗塞」の心筋梗塞の大きさは同等であったと報告されています。急性心筋梗塞で「失神(一時的な意識消 失)」が起こった場合は、重篤な不整脈や低血圧が原因であり、「急死」の前兆であるので極めて重篤です。ただし、「失神」のほとんどは神経性(神経起因性)の低血圧によるもので、心筋梗塞とは関係しないことが多いことも付け加えておきます。失神のために救急室に来院した人のうち、心臓病による失神(心原性失神)は、全体の 5~10%といわれています。 
心筋梗塞に陥った心筋は凝固壊死をおこし、横紋という筋肉の模様の消失、筋繊維の融解、心筋線維の波状化がみられ心筋線維の間に好中球が浸潤します。心筋梗塞の際に、心筋に生じる変化は発症直後にまずグリコーゲンを消耗し、やがて細胞質、特にミトコンドリアの浮腫が生じ、5時間後には心筋は伸長し、凝固壊死します。核ははじめ腫大しやがて消失します。10時間後には間質への好中球の浸潤が盛んになり、心筋には wavy fiber patternが見られます。3週間後には好中球は消失し、壊死心筋組織が肉芽組織となって線維化します。したがって発症6時間以内、出来れば2-3時間以内に治療を開始して、つまった冠動脈を再開通する必要があるのです。もともと心筋は他の組織に比べて虚血に強い組織なのですがそれでも数時間も虚血が続くと壊死してもう回復はしないということです。
 急性心筋梗塞合併症としては不整脈(洞房結節および房室結節は右冠動脈に支配されるので、右冠動脈すなわち下壁梗塞に合併することが多い、心筋壊死、心不全とそれに伴うアシドーシス、自律神経系の異常などによって誘発される。さらに不整脈が心不全を増悪させるという悪循環を形成します)、頻拍、心室性期外収縮(心筋壊死に伴なって心筋自動能の亢進・伝導障害・再分極・交感神経の刺激亢進などが生じ、これらが心室性期外収縮に由来する頻拍を招きます。しばしば壊死部が原発部位となります)、心室細動、徐脈、洞性徐脈(洞房結節への血流障害に起因)、伝導障害(下壁梗塞も前壁梗塞もともに伝導障害をきたしえます。しかし左冠動脈前下行枝はHis束をはじめ左脚や右脚を栄養しているので、下壁梗塞に合併する房室ブロックに比べて重篤な不整脈を伴ないやすいです)、房室ブロック(右冠状動脈が閉塞した場合は、洞房結節の虚血による徐脈や房室結節の虚血による房室ブロックが生じます)、右脚ブロック(右脚は左冠動脈の前下降枝 LADに支配されるから、前壁梗塞によって発症します)、心臓性肺水腫(左心不全によって左心が血液を駆出できないと、肺の鬱血により肺毛細管圧が上昇し、肺水腫を招きます。症状としては起坐呼吸や心臓喘息などの呼吸困難が現れます)、心原性ショック(心拍出量が急激に減少したために全身の循環不全が生じます)、脳血流の減少による脳梗塞、急性尿細管壊死による急性腎不全、心破裂(初回の貫壁性梗塞や高血圧を基礎に持つ症例に生じやすく、経過が急激であるため救命は困難です)、心筋梗塞後症候群、Dressler症候群(貫通性梗塞の場合に、壊死細胞由来の自己抗体に対する免疫応答が生じ、線維素性心外膜炎を生じたものです)、心室瘤(梗塞を起こした心室壁が心内腔からの圧力によって外方へ膨張したもの)、脳塞栓(特に前壁梗塞や左心室内血栓が見られる場合には発症の危険が高くなります)、乳頭筋不全(下壁梗塞後に僧帽弁の腱索が断裂し、乳頭筋不全によって僧帽弁閉鎖不全症となります。心筋梗塞後から3~5日目頃に生じやすいです)、心室中隔穿孔(前壁梗塞に生じやすく、心室中隔欠損と同じ病態となります)などがあります。このうち心破裂の危険因子は高血圧の持続をはじめ高齢者・ST再上昇・胸痛などであり、しばしば仮性瘤 pseudoaneurysm を形成します。心膜腔に出血すると心タンポナーデで、急激に血圧が低下して意識を消失します。左室の自由壁破裂に続発することが多いです。心嚢内に出血すると心嚢血腫 となります。
 急性心筋梗塞の検査としては心電図、心臓超音波検査(エコー)、心臓カテーテル検査、血液検査、心筋シンチグラフィー、冠動脈造影CT検査などがあります。心電図 (ECG) の所見としては ST上昇や異常Q波が特徴的であり、これがどの誘導肢に現れるかで梗塞部位や責任血管部位の診断が行えます。ミラーイメージとしてST低下もみられ、急性期のhyper acute T は臨床所見と組み合わせて判断されます。
 心臓超音波検査は、ごく軽度の心筋梗塞を検出する上で心電図や血清生化学検査に勝る最も有用な検査であり、心筋の壁運動低下を検出することにより診断します。心エコー図により最も早期に検出されます。心電図変化が乏しい、あるいは判定困難な症例では特に有用です。大動脈基部の観察により、大動脈解離による冠動脈閉塞の鑑別も可能です。また合併症としての乳頭筋断裂、心室中隔穿孔、心破裂の評価ができます。ただし、心尖部や下壁に限局した梗塞の場合など、明らかな壁運動異常(asynergy)を検出しにくい場合もあります。さらに副側血行路がある場合、壁運動異常(asynergy)を呈さず、心電図も異常を示さず診断が困難になる場合も多々あります。心筋梗塞による MR(僧帽弁閉鎖不全症)の有無の診断にも役立ちます。三尖弁の圧格差(TRPG)を計測することで肺動脈圧を推定することが可能であり、心不全の評価にも役立っていいます。すでに壁運動低下部位が薄くなって輝度が亢進していればそれは陳旧性病変です。
心臓カテーテル検査は直接冠動脈を造影して狭窄血管部位を特定します。この部位の数や場所によって治療方法が決定されます。心筋シンチグラフィーは心筋梗塞はないか、血流の少ないところはないか、心筋は正常に動いているか、心臓の働きを果たしているかなどを調べる検査です。シンチグラフィとは、体内に投与した放射性同位体から放出される放射線を検出し、その分布を画像化した画像診断法の一つです。冠動脈造影CTは64列マルチスライスCT (MDCT) による冠動脈病変の評価が可能となっています。心臓カテーテル検査よりも簡便で、入院や複雑な合併症なども少ないため、今後は多用される可能性が高いです。ただし、心拍数や不整脈の影響を受ける、ステント内部の評価が困難であるなど、まだ万人の評価が可能とは言えず、今後の技術的発展が待たれます。血液検査でトロポニンTとIは非常に特異度が高く、発症3時間以上経過した心筋梗塞の診断に役立っていいます。H-FABP(=Heart-type fatty acid-binding protein心臓由来脂肪酸結合蛋白)はより早期(約1時間半)で、感度、特異度の高くなっています。ただし腎不全患者などでは心筋のダメージと関係なくTnT、H-FABPともに陽性になることがあることが知られていまする。CK-MBは心筋特異性高く。また心筋の障害の程度を反映します。特異的でないが必ずみられる所見として、AST(GOT)、LDH、CK、白血球、ミオシン軽鎖 の上昇があり、それぞれ上昇し始めた時期は発症時間の予測に役立ちます。一般的な血液検査で異常を来す時間は、白血球 2〜3時間、CK 2〜4時間、AST 6〜12時間、LDH 12〜24時間、CRP 1〜3日、ESR 2〜3日です。しかし、いずれの酵素も心筋梗塞の発症から血液中で上昇を始めるまでには時間的にずれがあり、いちばん早く上昇するとされるCK、トロポニンTでも血液中で上昇してくるのは発症3時間後ぐらいからです。したがって、発症直後であればたとえ心筋逸脱酵素が上昇していなくても、急性心筋梗塞を否定することはできず、必要があれば時間を追って繰り返し測定しなければなりません。発症早期にはミオグロビンの測定が有用ですが、心筋特異性が低いのが欠点です。
心筋梗塞は、心筋に対する相対的・絶対的酸素供給不足が原因であり、治療としてまず安静にして酸素吸入を行います。また鎮痛および体の酸素消費低下目的で、モルヒネを投与する場合もあります。急性期には心筋梗塞の病巣拡大を防ぐことが最大の目的となります。一般的に「アスピリン内服」「酸素吸入」「モルヒネ」「硝酸薬」などが中心に行われ、Morphine, Oxygen, Nitrate, Aspirinの頭文字をとって「MONA(モナー)」という名称で心筋梗塞のFirst Aidとして知られています。
 発症6時間以内の心筋梗塞の場合、積極的に閉塞した冠動脈の再灌流療法を行うことで、心筋の壊死範囲を縮小可能です。これに限らず、発症から24時間以内の症例では、再灌流療法を行う意義が高いとされています。大別してカテーテル的治療 (冠動脈インターベンションPTCA, PCI;カテーテル検査に引き続いてバルーンによる拡張術やステントを留置する方法)を行う場合と、血栓溶解療法 (PTCR;静脈ないし冠動脈から血栓を溶解させる薬物(組織プラスミノーゲンアクチベータ)を注射する方法)があり、国により、保険により、また施設の設備や医師の技術、判断により治療方針が分かれていることがあります。血栓溶解療法には出血性合併症の問題があり、血栓が溶けても高度の狭窄病変が残ることも多く、日本ではインターベンション治療が一般的に行われています。発症6時間以内であれば、再灌流療法により心筋壊死の範囲を狭くすることが可能とされ、一般的には12時間以内がインターベンション治療の適応とされています、日本では、PCIの可能な施設も多く、急性期であればPCIが行われることが多くなっています。成功率が90%以上で、緊急再還流療法の主流です。再狭窄率が40%と高いですが、ステント留置により再発率が20~30%に改善しています。ただし、動脈を介した検査・処置であることから合併症も多く、特に心電図上STの上昇が見られた場合、如何に早くPCIを行うかが重要ですが、救急搬入後直ちに同療法を行える体勢を取っている病院は、心臓病治療の先進国である米国でも僅かです。再潅流療法の適応となるのは①発症後6時間以内のもの(4時間以内が望ましいが側副血行路の発達している症例では多少時間が経過していても、梗塞巣の拡大防止が期待できる)、②6時間以上経過していたり、発症時間がはっきりしない時でも胸痛が持続している場合や、Q波を伴わないST上昇部位が残っている場合、③心電図所見がはっきりしない場合でも、亜硝酸剤にて消失しない30分以上持続する心筋梗塞を示唆する胸痛を有する場合などです。
 狭窄部位が3つ以上であった場合などに、緊急冠動脈大動脈バイパス移植術 (CABG) が行われる施設もあります。多枝病変、左主幹部病変、複雑病変に対して5~10年以上のQOLの回復が可能です。PCI と CABG を比較すると PCI では25〜30%再狭窄を来すとされていたため、1枝病変であってもCABGに優位性があるという説もあります。しかし、2004年から薬剤溶出性ステント (drug-eluting stent, DES) が保険適応となり、PCI の成績向上が期待されています。CABGは当然ながら心臓血管外科のある施設でしか行えません。
 急性期にインターベンションが成功すると、比較的予後は保たれることが多いです。安定期には安静、内服加療が中心となり、疾患の特徴上糖尿病、高血圧、高脂血症などが併存することが多いため、これらに対する検査・治療、患者教育などが中心となります。心筋梗塞後には、生命予後の改善効果が示されているACE阻害薬ないしアンジオテンシン受容体阻害薬を投与されます。さらにβ(ベータ)遮断薬も死亡率を減少させることが明らかにされています。ただし、日本人には血管けいれんによる狭心症も多く、β遮断薬の使用には注意が必要です。日本ではカルシウム拮抗薬もβ遮断薬と同等に有用とされています。退院前には生活習慣を是正して、必要があればコレステロール低下薬(スタチン製剤)などを服用して、長期予後の改善を図る必要もあるでしょう。
陳旧性心筋梗塞
 陳旧性心筋梗塞の定義ですが、発症から3日以内の心筋梗塞を急性心筋梗塞と呼ぶのに対し、発症から30日以上の心筋梗塞を陳旧性心筋梗塞と言います。発症から30日以内のものは亜急性心筋梗塞といいます。したがって幸にして急性期を乗り越えることが出来た心筋梗塞の患者さんは陳旧性心筋梗塞としての治療を受けることになります。心筋梗塞は、いったん発病すると傷あとの残る病気ですから、広い範囲の心筋がこわれると、一生病気が続いているつもりで生活しなければなりません。心筋の壊死部分は線維化・修復され、安定状態になります。しかし心電図では異常Q波と陰性T波がみられます(狭心症では労作型でも安静型でも胸痛発作時にはSTといわれる部分の低下を、急性心筋梗塞ではST部分の上昇とそれに次ぐQ波と呼ばれるものの出現、T波といわれる部分の陰性化がみられます)。陳旧性心筋梗塞では残った心筋には負荷がかかり心臓が肥大するため、慢性心不全の原因となります。陳旧性心筋梗塞では、その後心臓の働きが低下して心不全を起こしたり、別の部位の冠動脈の閉塞(再梗塞)が起こって命を落とすこともあります。したがって、心筋梗塞をきたした場合は出来るだけ早くカテーテルによる診断と治療を行うことが必要です。心筋梗塞後の慢性期になると、障害を受けた大きさに合わせて心臓のポンプ機能が低下し、日常生活の活動性、余力を低下させます。つまり、運動などで心臓に負担がかかるとすぐに疲れてしまう、息切れがしてしまうなど、心不全の症状があらわれるようになります。また、心筋梗塞が起こった場所では、まれに心臓の壁が瘤のように膨らんでしまうことがあります(心室瘤)。これにより、心不全傾向に陥ることがあります。また、心室瘤にならなくても、心臓が拡張して(心拡大)、僧帽弁の機能不全(閉鎖不全症)に陥り、心不全に拍車をかけ重症心不全になることもあります。このような病態は虚血性心筋症と最近は呼ばれており、難治性の病態として治療方法が盛んに検討されています。心筋梗塞は発病の初期(急性期)が過ぎると、ほとんど症状がなくなりますが、一部の人は、狭心症の発作が続いたり、運動したとき息切れや動悸が起こったり、むくみが出ます。このような症状のある人は、主治医の指導の下で狭心症の薬や不整脈の薬、強心薬、利尿薬などを続けて服用し、症状のない人でも再発に備えて、ニトログリセリンだけは必ず持っているように心掛けます。
 心筋梗塞の予防策ですが、心筋梗塞は生活習慣病と言われています。生活習慣や食習慣を見直し、肥満を防ぎ、規則正しい生活を送ることが大切です。塩分をとり過ぎると高血圧を招き、肉や卵などのコレステロールの多い食生活は動脈硬化を招きます。塩分を控えるとともに、コレステロールの吸収を妨げ蓄積を防ぐ野菜や海藻類など、繊維質の多い食品をとるようにします。また、激しい運動は心臓に負担がかかるため危険ですが、適度な有酸素運動を行うと、血圧が下がる、高脂血症や動脈硬化を防ぐ、ストレス解消になるなどの効果が期待できます。睡眠不足も心臓病の危険因子の1つであるという研究報告があり、心身の疲れをとりストレスをためないためにも睡眠は十分にとることが大切です。また、たばこを吸うと、血圧や脈拍が上がり、血流が悪くなるので、動脈硬化になりやすいなど、心臓病のリスクが高くなることが知られています。早朝5時より午前9時ごろまでが、急性心筋梗塞が起こり易い「魔の時間」と呼ばれておりますので、寒い冬の朝には注意(室温を暖かく)しましょう。生活習慣改善のポイントとして、①毎日朝食を食べること、②バランスの良い食事、腹八分目を心がけること、③塩分は一日の摂取量を10g以内にすること、④間食をしないこと、⑤アルコールの飲み過ぎに気をつけること、⑥適正体重を維持すること、⑦禁煙すること、⑧適度な運動をすること、⑨睡眠、休養をしっかりとり、ストレスをためないようにすること等が挙げられると思います。
 以前は動脈硬化が進行し、冠動脈が狭窄して心筋梗塞になると考えれていましたが、現在では図のように冠動脈の狭窄率が少ない病変でも心筋梗塞を高頻度に起こすことが知られるようになり、とにかくコレステロール値の低下、血圧の上昇抑制、糖尿病のコントロールなどが重要とされ、無症状の時から積極的にこうしたことへの治療が必要とされています