肺癌

肺癌とは気管支及び肺実質から発生した上皮性悪性腫瘍で多彩な組織像を示し、その発症部位や進展方式は組織型によって大きく異なります。肺癌はその生物学的特徴から小細胞癌と非小細胞癌に分けられ非小細胞癌は主に腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌に分類されます。
 肺癌の死亡者数は1955年以降男女とも一貫して増加しており、現在約5万人程度とされています。1993年には男性の癌死の第1位となり1998年には男女合わせた全体でも1位となりました。発症年齢は40歳代から増加し60~70歳代に発症のピークがあります。発生原因の第1位は喫煙で扁平上皮癌、小細胞癌の発生に大きく関与しているといわれてます。喫煙本数/日×喫煙期間(年)のsmoking indexが肺癌死亡率と密接な関係があり、特にsmoking indexが800以上で発症の危険率が高くなります。
a.肺癌の症状
 初発症状は咳(49.3%)、痰(23.7%)、血痰(19.0%)、胸痛(15.8%)、呼吸困難(6.3%)、やせ(5.8%)、発熱(4.8%)、嗄声(4.0%)(させい:声がかれる)などです。症状は原発巣の位置、場所によって差があり末梢型では無症状か胸膜に近いと胸痛を呈します。これに対し肺門型では咳、痰が早期からみられ血痰も早期にみられることがあります。また進展するにつれて喘鳴、呼吸困難をみることがあります。閉塞性の肺炎を起こすこともあり発熱、咳、痰などの肺炎症状を呈することもあります。上大静脈症候群(上大静脈から心臓への還流がとめられ、静脈圧が上がり、上半身の静脈の怒脹、顔面・頸部のうっ血、浮腫を生じて頭重感、顔面発赤、チアノーゼ、呼吸困難、意識障害などを生じます)、Pancoast症候群(肺尖にある癌が肺外へ連続浸潤性に進展して、肋間神経、上腕神経叢、交感神経に浸潤して肩部から尺骨側に掛けての疼痛、上肢筋の萎縮、Hornerホルナー症候群(縮瞳、眼瞼下垂)を示す)等を示すこともあります。胸膜や心嚢への浸潤では疼痛、液体貯留、呼吸困難などを示し、遠隔転移で脳へ転移すると頭痛、悪心・嘔吐、運動麻痺などの神経症状、骨転移では局所疼痛、肝転移では肝腫大、肝機能異常、黄疸などを生じます。
b.肺癌の発生部位
 肺癌は発生部位から肺門型(中枢型)と肺野型(末梢型)に分類されます。肺門とは肺に気管支が入るところであり心臓から肺動脈や肺静脈などの大血管が出入りしているところです。肺門型は太い気管支の部分に癌がありますので痰の検査で発見されることがあります。レントゲン検査では心臓の陰影に隠れて発見が遅れることが多いのと心臓に近いため治療が困難であることもしばしばあります。肺野型肺癌は細気管支や肺胞の部分の肺癌ですので痰の検査で発見されることは少なくCTやレントゲンで分かることが多くなります。
c.肺癌の分類
肺癌は一般的にその特徴から小細胞癌と非小細胞癌に分類されます。非小細胞癌は主に腺癌、扁平上皮癌、、大細胞癌からなります。その他肺の悪性疾患として腺扁平上皮癌、カルチノイド、腺様嚢胞癌、粘表皮癌、癌肉腫などがあります。
 c-1.腺癌(adenocarinoma)
 腺癌は肺癌全体の約40%を占め最も頻度の高い組織型です。女性の肺癌の80%を占め非喫煙者に多いのも特徴です。ほとんどの場合気管支肺胞の末梢に発生して孤立結節型の増殖を示し胸部エックス線写真では結節影を示します。
 c-2. 扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)
扁平上皮癌は腺癌に次いで多く肺癌の約35%を占めます。多くは喫煙者に多く男性に多く発症部位は肺門部の主気管支や葉気管支に多く発症します。気管支上皮を癌組織で置換しながら進展し、気管支腔の狭窄や閉塞をきたします。
 c-3. 大細胞癌(large cell carcinoma)
大型の腫瘍細胞の増殖を認め、腺癌、扁平上皮癌、及び小細胞癌の形態的特徴を示しません。一般に増殖が早く発見時には大きな腫瘍を形成していることが多いようです。発生部位は亜区域枝より末梢で気管支内にポリープ状に突出することが多く周囲に圧排増殖します。組織学的には粘液形成型、粘液非形成型、巨細胞型に分類されます。
 c-4.小細胞癌(small cell carcnioma)
原発性肺癌の約15%を占めきわめて悪性度が高いものです。発見時に遠隔臓器やリンパ節に転移していることが多く喫煙者で男性に多く発症します。多くは肺門型で区域枝から亜区域枝の上皮基底膜近辺に発症し気管支粘膜の下を長軸方向に浸潤します。転移が早いため外科手術は行われず化学療法や放射線療法が行われることが多いのですが、他の組織型と違い化学療法、放射線療法が非常に効きます。
d.肺癌の診断
 d-1.喀痰細胞診
 気管支、肺から喀出される痰を顕微鏡下で観察することによりガン細胞が含まれているかどうかを見るものです。ガン細胞の組織型が分かることがあり、また胸部X線検査で分からない(心臓の陰に隠れて見えない)太い気管支に発生したような扁平上皮癌などが早期に分かることがあります。
 d-2.胸部X線・CT検査
 肺癌の診断に最も大切な検査であり初期の肺癌では全く自覚症状がないため定期的検査が必要となります。胸部CTは心陰影の後ろの影も分かりその発生部位、大きさ、特徴を知るのに有用です。
 d-4.気管支鏡検査
 胸部X線検査やCT検査で肺癌を疑わせる所見があった場合その陰影の中にガン細胞がいるかどうか、また癌であればその組織型は何かを調べる必要があるため気管支に胃内視鏡よりもかなり細い気管支鏡を挿入して組織の一部を採取したり、気管支内を洗浄してその洗浄液を調べたりします。
 d-5.CTガイド下肺生検、胸腔鏡下肺生検
 気管支鏡による診断が困難で、陰影が胸壁から比較的近い場所にある場合には胸壁から肺に到達する方が容易です。CTガイド下肺生検はCTで場所を確認しながら外から針を刺して組織の一部を採取するものです。胸腔鏡下肺生検は全身麻酔下で胸壁に穴を2,3カ所開け器具を挿入して組織の一部を採取します。
 その他転移、病期の診断に.MRI検査、シンチグラフィー等が用いられます。腫瘍マーカーは血液検査で治療効果の判定、経過観察には用いられますが、これだけでは診断は出来ません。
e.病期分類
 肺癌の病期分類とは癌細胞の広がりの程度を示すもので肺癌の進行度を示します。この病期分類は治療法に大きく関わります。病期分類はTNM分類が一般に用いられ肺ガンが発症した部位での癌の広がり(T)、リンパ節への広がり(N)、遠隔転移の有無(M)があります。病期分類はⅠ期からⅣ期に分かれⅠ期;癌が発生部位にだけ限局し、近くのリンパ節にも及んでいないもの、Ⅱ期;癌が発生部位と最も近傍にあるリンパ節にしか及んでいないもの、Ⅲ期;左右の肺に挟まれた中心部にあるリンパ節にまで及んでいるもの、Ⅳ期;遠隔転移のあるものとされます。
所属リンパ節 (N:Regional lymph nodes)
・NX:所属リンパ節が評価できない ・N0:所属リンパ節に転移がない ・N1:同側気管支周囲リンパ節と同側肺門リンパ節転移の少なくとも一方、そして原発腫瘍(癌)の直接進展を含む肺内リンパ節転移 ・N2:同側縦隔リンパ節と気管分岐下リンパ節転移の少なくとも一方 ・N3:対側縦隔リンパ節、対側肺門リンパ節、同側または対側の斜角筋前リンパ節(scalene)、鎖骨上リンパ節転移
遠隔転移 (M:Distant metastasis)
MX:遠隔転移が評価できない。・M0:遠隔転移がない。・M1:遠隔転移がある。(注:M1は異なった肺葉の(同側あるいは対側)離れた腫瘍(癌)結節を含む)
f.治療
肺癌の治療法は外科療法、化学療法、放射線療法が主体となります。これらのうちどれを選択するかは癌の組織型、進展度、全身状態、肺肝心などの主要臓器の機能、合併症の程度によります。
d-1.小細胞癌
 小細胞癌は早期に転移することが多く、TNM分類(No.122参照)ではその予後との関係が不十分で、放射線治療の観点から1照射野かどうかの基準として限局型(LD;limited disease)、進展型(ED;extensive disease)分類が用いられることが多くなります。限局型小細胞癌では化学療法と放射線療法の併用が標準的治療となっています。最近ではシスプラチンとエトポシドという抗ガン剤と多分割照射の併用が有効とされています。進展型小細胞肺癌では化学療法を3~4コース施行後後有効か著効した場合に原発巣または縦隔などに放射線照射を追加することが検討されます。50%生存期間は10ヶ月ほどとされており患者さんの体力にも治療法は大きく左右されます。
d-2.非小細胞肺癌
 非小細胞肺癌は病気によって治療法が変わります。0期では手術療法が主体ですが、多発する例では内視鏡治療なども行われます。Ⅰ期、Ⅱ期は手術療法が第一適応です。手術後の補助療法(化学療法、放射線療法)は生存期間の延長に寄与しません。Ⅲ期のうちⅢA期は手術療法が選択されますが、N2症例には手術単独では予後不良であり、集学的治療の対象となります。
ⅢA期の手術単独療法の5年生存率は小細胞癌における病期分類(LD/ED分類)20%前後です。
 Ⅳ期の場合は積極的治療は行われず症状の緩和に治療の主体がおかれます。
胸部レントゲン(エックス線写真)の重要性
 上述したように肺癌の予後はあまり良くなく治療成績も満足できるものではありません。まずは早期発見が大切です。出来れば最低年3回の胸部レントゲン検査が大切です。我々は医療で受ける放射線の他に宇宙や大地、そして食物や大地などの自然界から様々な形で避けることのできない自然放射線を受けています。その合計線量は年間で約2.4mSv(ミリシーベルト)になります。自然放射線を受けても人体への影響は認められません。X線検査の放射線量は胸部写真で1回に約0.1mSVで自然放射線の1/20以下です。CTでも20mSv程度です。風邪を引いたりしたときに念のために胸部レントゲンを撮ることも必要なのです。