間質性肺炎

「呼吸」は吸った空気(吸気)を、気道を介して、肺の奥にある「肺胞」と呼ばれる部屋に運び、肺胞の薄い壁の中を流れる毛細血管中の赤血球に酸素を与えると同時に二酸化炭素を取り出すガス交換をし、それをまた呼気として吐き出す運動で、生きていくために欠かせない作業です。間質性肺炎は、さまざまな原因からこの薄い肺胞壁に炎症をおこし、壁が厚く硬くなり(線維化)、呼吸をしてもガス交換ができにくくなる病気です。肺胞壁は保たれていても、肺の最小単位である小葉を囲んでいる小葉間隔壁や肺を包む胸膜が厚く線維化して肺が膨らむことができなくなる病態も知られるようになりました。線維化が進んで肺が硬く縮むと蜂巣病変といわれるような穴(嚢胞)ができて胸部CTで確認されます(図2)。通常、肺炎といった場合には気管支もしくは肺胞腔内に起こる炎症を指し、通常は細菌感染によるものを指しますが、間質性肺炎の場合は支持組織、特に肺胞隔壁に起こった炎症であり、肺胞性の肺炎とは異なった症状・経過を示します。肺コンプライアンスの低下 いわば「肺が硬くなる」、肺の支持組織が炎症を起こして肥厚することで、肺の膨張・収縮が妨げられます。肺活量が低下し、空気の交換速度も遅くなります。ガス交換能の低下 間質組織の肥厚により毛細血管と肺胞が引き離されその結果、血管と肺胞の間でのガス交換(拡散)効率が低下し、特に酸素の拡散が強く妨げられます。
 間質性肺炎(interstitial pneumonia (IP))は肺の間質組織を主座とした炎症を来す疾患の総称です。治療の困難な難病で、進行して炎症組織が線維化したものは肺線維症と呼ばれます。間質性肺炎の原因には、関節リウマチや多発性皮膚筋炎などの膠原病(自己免疫疾患)、職業上や生活上での粉塵(ほこり)やカビ・ペットの毛・羽毛などの慢性的な吸入、病院で処方される薬剤、漢方薬、放射線治療による副作用、サプリメントなどの健康食品、マイコプラズマ、ウイルスなど特殊な感染症など様々あることが知られていますが、原因を特定できない間質性肺炎を「特発性間質性肺炎」といいます。間質性肺炎のうち特発性間質性肺炎は日本の特定疾患に指定されています。間質性肺臓炎(interstitial pneumonitis)ともいわれます。1989年6月には、美空ひばりがこの病因により、52歳で死亡し注目されました。
 その病態から、症状としては呼吸困難や呼吸不全が主体となります(息を吸っても吸った感じがせず、常に息苦しい)。また、肺の持続的な刺激により咳がみられ、それは痰を伴わない乾性咳嗽です(痰は気管支や肺胞の炎症で分泌されるため)。肺線維症に進行すると咳などによって肺が破れて呼吸困難や呼吸不全となり、それを引きがねとして心不全を起こし、やがて死に至ることもあります。
間質性肺炎の治療では原因が判明した場合は、原因の除去が第一です。これに加えて、膠原病などの場合は、副腎皮質ホルモンや免疫抑制剤が、副作用に注意しながら慎重に使用されます。「特発性間質性肺炎」については、未だに治療法が確定していないのが現状です。一般に、安定期と急性増悪期とで治療が異なります。
1)安定期:
 本疾患は、慢性に経過し、活動性に乏しい時期が数年間続きます。この時期には、あまり激しい治療を行いません。選択肢として、 ①何もせず、経過観察のみ、②副腎皮質ホルモンの少量内服、③ムコフイリン(NAC)の吸入、などがあります。
2)急性増悪期:
 感冒、肺炎などの感染を契機に、突然急激に悪化することがあります。これを、急性増悪(きゅうせいぞうあく)と言います。このような場合、感染を十分にカバーする抗生物質を併用しながら、副腎皮質ホルモンの大量療法(ステロイドパルス療法)を行います。しかし、効果が一時的で、最終的には、亡くなられることが多いのが現状です
a. 薬物療法
 現在治療効果が認められている薬剤は、副腎皮質ステロイド剤と免疫抑制剤の2種類です。また特発性肺線維症に対しては、抗線維化剤(ピルフェニドン)が使用されます。これらの治療が効きやすい病型とそうでないものとがあるため、間質性肺炎のすべてにこれらの薬剤が有効である訳ではありません。またいずれの薬剤も副作用が多いため、病状の進行が緩やかな場合には、これらの薬剤による治療を行わず、経過をみた方が良い場合もあります。これらの薬剤の他に、咳や痰が多い場合に鎮咳剤や去痰剤を使うなどの対症療法が行われることがあります。
b. 酸素療法
 血液中の酸素が不足して日常生活に支障がでる場合などに行います。ご自宅に酸素濃縮器または液体酸素のタンクを設置して、鼻から酸素を吸入します。外出時には小型の酸素ボンベを携行します。血液中の酸素分圧などが基準値を満たせば、健康保険が適応されます。
 生活上の注意点としてタバコを吸っている方は直ちに禁煙してください。それ以外は、とくに生活面での注意はありません。ただ漢方薬などの薬剤や健康食品が原因で間質性肺炎が起きたり、悪化したりする事例が報告されています。他の医療機関からの処方も含めて、薬剤は最小限にし、服用されている薬剤、健康食品については、すべて医師に教えてください。
また間質性肺炎はかぜなどの感染症をきっかけとして、急性増悪することがあります。急性増悪の症状としては、発熱や急激に悪化する呼吸困難、咳、痰などがあります。かぜを引かないように冬場は人ごみを避けるなどの一般的な注意の他、該当する症状がある場合にはすぐに受診するようにしてください。
 間質性肺炎で労作時の息切れなどの自覚症状をともなって医療機関を受診される患者さんは10万人あたり10~20人といわれていますが、診断されるにいたっていない早期病変の患者さんはその10倍以上はいる可能性を指摘されています。線維化が進行すると治療が効きにくくなって難治化するために死亡率が高くなり、患者数が多くならないという側面もあります。このうち認定基準を満たして国内で新規登録された患者数の内訳は、特発性肺線維症の患者さんが80~90%と最も多く、次いで特発性非特異性間質性肺炎が5~10%、特発性器質化肺炎が1~2%ほどです。ただし症状が軽いために認定基準の重症度を満たさない多くの患者さんをいれるとこの比率も変わってくることが予想されます。症状としては呼吸困難(息切れ)や咳嗽(せき)が主な症状です。咳は多くの場合、痰を伴わない、乾いた咳(乾性咳嗽)が出ます。息切れは最初は階段や坂道を昇った時に感じる程度ですが、進行すると呼吸不全の状態となり、着替えなどの動作でも息切れが出て、日常生活が困難になることもあります。症状の進むスピードは間質性肺炎の種類によります。特殊な病型を除いて、息切れや咳などの症状が出はじめて、日常生活に支障を来たすようになるまで数年程度かかります。診察上特徴的なのは胸部聴診音で、パチパチという捻髪音 fine crackleが知られています。これはマジックテープをはがす音に似ているため、マジックテープのメーカー(ベルクロ社)にちなんでベルクロラ音とも呼ばれます。また、呼吸器障害を反映してばち指がみられることもあります。間質性肺炎の検査としては以下のようなものがあります。
a.胸部画像検査(単純X線およびCT); 肺の中での病変の広がりや肺の縮み具合を見ます。またCTでは間質性肺炎の中のどの病型かをある程度見分けることが可能です。胸部X線の場合、間質性肺炎の初期には肺の下の方または肺全体がぼやっと白っぽく見えるすりガラス様陰影(ground-glass opacity)が特徴的です。さらに線維化が進むと、縮んでつぶれてしまう肺胞がある一方、一部の肺胞が拡大し、嚢胞と呼ばれる空気の袋になります。肺の表面の嚢胞が並んでいると、ちょうどハチの巣のように見えるため、この状態を蜂巣肺(ほうそうはい)と呼びます。蜂巣肺は、単純X線で輪状の陰影、CTではまさにハチの巣のような輪状陰影の集合として見えます。 b.呼吸機能検査;肺のふくらみや酸素を取り込む能力を調べ、重症度を判定する際の目安にします。吸い込んで吐き出せる空気の量(肺活量)を測定します。体格や年齢から求めた平均値との比率を%肺活量といい、重症度の良い目安になります。また酸素を取り込む能力を評価する拡散能検査を行うこともあります。%肺活量、一秒率、一酸化炭素拡散能の低下がみられます。これは重症度判定の目安になります。c.血液検査;大きく分けて、炎症の強さを調べる検査と肺組織の破壊の程度を調べる検査に分けられます。炎症の程度を調べる検査としては、LDH、血沈、CRPなどがありますが、これらは間質性肺炎に特異的なものではなく、かぜや通常の細菌性肺炎でも上昇します。後者の肺組織の破壊の程度を調べる検査としてはSP-A、SP-D、KL-6といったものがあり、これらの上昇は間質性肺炎に特徴的で、間質性肺炎の勢いや治療効果の判定に信頼性が高い検査です。また特殊検査としては以下のものがあります。a.気管支鏡検査;口から内視鏡を気管支の中まで入れて、直接気管支や肺からサンプルを採り、炎症の状態や炎症に関わっている細胞の種類、線維化の程度などを調べる検査です。局所麻酔をしますので、原則として入院が必要です。気管支鏡検査では主に気管支肺胞洗浄(BAL)と経気管支肺生検(TBLB)という2つの手技を行います。BALは生理食塩水を使って肺の一部を洗う検査です。洗って吸引回収してきた液にどのような細胞がどのくらい含まれているかで、病型の判断の目安にする他、治療に反応しそうかの予測に役立てます。TBLBでは数ミリ大の肺組織を採取して、病理診断に役立てます。気管支鏡検査に伴う合併症として、呼吸状態の一時的な悪化や気胸、出血などが起きることがあります。b.外科的肺生検;呼吸器外科に依頼して行います。BALやTBLBで正確な病型の診断がつかず、かつ治療の必要性が高い場合に行います。胸腔鏡を使う方法と開胸する方法とがあり、数センチ大の肺組織を採取して、詳細な病理診断を行います。c.アイソトープ検査; ガリウム67という放射性物質で標識したクエン酸を注射し、2日後に撮影する検査です。炎症の強い部位にクエン酸が集積する性質を利用して、病変の強さや拡がりを調べます。